体育祭10〜お家デート〜
真悠にそのまま顎を振り向かせるよう動かされる。赤い顔の充希は真悠と目を合わせた。
真悠がクスリと笑った。真悠との顔の距離感に充希は「キスされる」と咄嗟に目を瞑った。
真悠の唇が充希に触れる。
ちゅ、と小さくリップ音を立てて真悠は離れた。
(なんで俺は真悠とキスをしているんだろう…)
恋人同士だから当たり前なのに充希はそう思った。目を開ければ、こちらを見ていた真悠と再度目が合い、真悠は親指の腹で充希の頬を撫でた。嬉しそうに目を細める。
「俺は充希のいちばんだよね?」
ニコニコと笑った真悠はそう言った。
充希は反応できず、小さく息を漏らしただけだった。真悠はそのまま親指で充希の下唇に触れて、充希の唇の感触を確かめている。
「恋人なんだから、充希の中の1番は俺だよね?友達よりも家族よりも上なものは恋人だもん」
「『1番』?」
「そう、1番。もちろん充希は俺にとって1番だよ」
「なにの中で…?」
なんの順番の話なのか、充希はわからない。恋人だから1番。その意味がわかるようでわからなかった。
「もちろん、『充希の全てで』だよ」
真悠にそれを言葉にさせてしまったこと。後の充希は深く後悔しただろう。


「俺は1番になりたいんだ。何事も1番にならなければ意味がないだろ?妥協して2番じゃこの世界では価値はない。だって、1番がいる限りずっと勝てないんだから。
だから、好きなものは俺の中で1番でいてほしいし、俺も好きなものの1番になりたい。1番じゃなきゃ意味がない。なによりも誰よりも特別なのは1番だけだ」
『充希は恋人の俺が1番だろ?』
充希は答えられなかった。
恋人が1番だという考えは世間的に正しいかもしれないが、充希としてはそれを他のものとは比較できなかった。自分にとっては陸上も勉強も大切だし、遼や母、亡き父と真悠を比較することはできなかった。全て大事だから、1番なんてなかった。
「わからない…」
充希は結局そう答えた。
真悠は眉をぴくりと動かした。
「じゃあ、充希の1番ってなに。陸上?勉強?母親?自分?」
「わからない、1番とかないよ。比較できない」
「いや、あるよ」
「な、ないよ」
「いや、ある。もしここにナイフがあって、充希と俺のどちらかが死ななければならないとする。そしたら充希はどうする?相手の代わりに死ぬ?それとも俺を刺し殺して自分が生き残る?その選択は自分の『1番』で決まる。充希にとって、俺と充希のどちらが1番かで選択は変わるんだ」
屁理屈だ。充希はそう思った。しかし、真悠は冗談の色のない目で充希を捉えて言う。
「もし俺がその立場だったら、俺は自分を刺すね。だって、充希が俺にとって『1番』だから」
充希はもうこんな話はしたくないと思った。
自分は1番なんて決められないし、真悠が求めている言葉なんて言えなかった。耐えられなくなって充希はボロボロと大粒の涙をこぼして泣き出してしまう。
男で高校生にもなって、泣いて逃げるなんてとんでもない恥だった。それでも真悠のいう答えにはたどり着けなかった。

真悠は充希のその様子に驚いて鋭い目つきを緩める。膝の上で泣き出してしまった充希を優しく抱きしめ、大丈夫かと頬を撫でた。
「わからない…。俺には、わからないよ…決められない……」
「充希、ごめん。答えを焦りすぎた…ごめん、ごめん…」
優しく髪を撫でられる。その優しく慎重な手つきに真悠も相当動揺していることがわかった。

充希は時間が経つと次第に溢れていた涙が落ち着く。落ち着いた充希を確認して真悠はごめんともう一度謝った。真悠は少し傲慢なところはあるが充希のことを1番に考えて行動する。すぐに謝った真悠に、充希は素直にそこは好きだと思った。

「充希、答えは急がないよ。でも、俺にとって充希はなによりも1番だということは忘れないで」
そう言って真悠はもう一度充希を深く抱きしめる。充希は真悠に抱きしめられながら、その言葉の意味は本当に重いと受け止めた。



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bkm


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