まったくもって未だに状況が飲み込めないままではあるのだが、
男をかばいながら、谷村が顔を上げると目の前には先ほどすれ違った中華料理店の女がいた。



「あなたもソレのお仲間なのかしら。」



先ほどと、まったく変わらない声色で首をかしげる女は、谷村に不穏を覚えさせた。

何と答えるべきが正解か。
少なくとも、肯定するつもりはないが否定するのもまた違う気がする。

谷村の迷いを振り払ってやろうという計らいか、女は躊躇なく、その手に持った拳銃を谷村に向けた。



どうする?

幸いにも、谷村と男の背後は数歩先は大通りに面している。
いくらなんでも、背を向けた途端に狙撃される可能性よりは早朝とはいえこの騒ぎだ、通りにさえ出れば何かしらの打開策はあるのではないか。


いやいや、待て。

この街が、こういった非日常を簡単に許す街であることは何年か前に谷村自身が体感したではないか。


そんな事を数秒のうちに考えて、相変わらずとりあえず何だかわからないが男の盾になるように立ち上がると、一度かぶりを大きく振った。

再び、谷村と女の視線が交差するのと、女の指がトリガーにかかるのは同時で。




やべぇ、俺、終わったかも。




拳銃相手に丸腰の日本の警察官の無防備さに自嘲した。



「ゲームオーバー、ね。」


ニッコリと微笑んだ女は、笑うと妙に幼かった。





突如、後頭部に鈍痛。
思わず、ぐらりと体が傾いて、何故か谷村の体を受け止めたのはその女の柔らかい体で。


「姉御ォ!突っ走りすぎでっせ!!」


受け止められた、と思ったのはとんでもない間違いだったらしい。

女の細腕に似合わない力強さで拘束された谷村が、首だけ何とか動かして見れば、
谷村の後頭部を攻撃したのであろうスパナを握りしめた赤いジャージにみるからに凶悪な顔をした男、確か、南とかいう真島組の構成員が、谷村が先ほどまでかばっていた男の腕を肩にかけているところだった。


「安心して。ご覧の通り、殺してないわ。」

「それやなくても派手に暴れすぎですわ。親父にどやされるのは姉御やのうて、ワシなんやからほんま堪忍して欲しいわ。」


ブツブツと言いながら、南は男を引きずっていく。
いつの間にか大通りと路地の間を塞ぐように横付けされた黒塗りの車の後部座席に押し込んだ。


「姉御、お帰りは?」

「結構よ。主には宜しく伝えておいて頂戴。」


南はその言葉を聞くと、自分も後部座席に乗り込むと、
車を発進させた。



路地に残された谷村は戒めを解放され、
まずはズキズキと痛む後頭部を撫でた。


聞きたいことは山ほどあるにはあるのだが、聞いたところで答えが返ってくるとは思わず、ただ女を睨みつけた。


「ね?ラッキーだって言ったでしょう。」


いつのまにか武器をしまった女が肩をすくめる。


「なにがだよ、どう考えたってアンラッキー続きだ。」

「そうかしら。でも、私はラッキーだったわ。あなたみたいな綺麗な人を抱きしめられて。」


痛みに顔を歪める谷村に、淑女のように膝を折って一礼する。


「主人の手前もあるので念の為お伝えしておくと、今日のことは他言無用でお願いするわ。」


人差し指を唇の前で立てる仕草をする芝居がかった印象の目の前の女の言葉を訝しむ。
南も言っていた通り、ここまで派手に騒ぎを起こして今更どういう意味でそんな事を言っているのか。

そんな谷村に少し困ったようなため息を漏らしてから、付け足した。


「どうせきっと、またすぐに会えるわよ。“神室町のダニ”さん。」


自分の事を知っているような口ぶりの得体の知れない女が、
大通りに向かって歩き出し、谷村の横を通り過ぎざまに握らせたのは彼の懐にあったはずの警察手帳だった。



ハッとして、谷村が振り返り、後を追って大通りに出た時には彼女の姿は雑踏に紛れたのか、もうどこにもなかった。


遠くの方から聴こえるパトカーのサイレンが、徐々に近づいてくるのを感じながら見上げた空は


どんよりと、重たかった。




【 One misty, moisty morning 】



When cloudy was the weather,
There I met in leather






2016/04/15



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