おきまりの、誰にも言わないでよ、という台詞のあとに出てきた名前は予想もしていない人物だった。



「…桐生先生」



言った前も後も恥ずかしそうに、目をそらし続ける透子に対して、
思わず絶句してしまう。


「お前…それ、マジで言ってんの?」

「なによ、悪い?前にね、遥と一緒に調理実習で作ったクッキーあげたの。
そしたら受け取ったときの桐生先生の笑顔がさ、
なんか初めて見たんだけどすごいよくて。」


その後も如何に桐生が彼女にとって素敵な男性であるかを語り続ける透子。

どうやら、幼馴染の初恋はまだ恋というよりも幼い憧れのようだ。

そういえば、人に彼女がいるかどうかとか聞いてくる前に
今まで透子に彼氏がいたことがあっただろうか。

それどころか、馬場の知る限り、ろくに恋愛はしてきてないような気さえする。



「…ねぇちょっと聞いてる?」



放心していた馬場の方へ身を乗り出して透子がむくれる。

瞬間、透子からフワリと甘い香りがして目が覚めたような感覚に陥る。

香水をつけている風ではないから、柔軟剤かシャンプーか、
はたまたこれがフェロモンというやつなのだろうか。



「悪い、聞いてる聞いてる。」


絶対聞いてなかったでしょ、と腰に手を当てて口を尖らしながらも
言うだけ言ってすっきりしたのか、透子は馬場のベッドに座り直すと枕を抱えてそのまま寝そべる。

ぼすっ、という透子が布団に沈み込む音を聞きながら、馬場はひとまず安堵のため息をついた。


「おい、寝るなら帰って寝ろよな」


透子に文句を言いながら、ベッドに横たわってる彼女を振り返る。

馬場が普段寝ているベッドの上で、体を丸めて、
枕に顔を押し付けてる格好は思春期の男子には少々刺激的で。


すくなくとも短い制服のスカートから伸びる白く健康的な太ももは反則だろう。

寝転がった拍子に少し裾が捲れてしまったのであろう
その様がさらに馬場を困らせる。


「私、馬場ちゃんのニオイ、好きかも。」


思わず目をそらしたくなるくらいの発言。

よく漫画やアニメで主人公の考えを悪魔と天使で表したりするけど、その気持ちが良くわかる。


暫しの激しい脳内戦のあと、先ほどとは違う思いのため息を
今度はこれ見よがしに大きくついて、無理やりにでも平常心を取り戻す。

どうやら馬場の脳内で勝利を収めたのは、天使のようだ。


「うるさい。お前さっきっからパンツ見えてるぞ」


ぎゅっと透子の頬をつまんでやりながら言うと
特に抵抗も、スカートの裾を直すこともせずに、透子は笑う。


「えっちー」


その一言と健康的な笑顔で邪な悪魔を払いのけ、
この片思いの気持ちを今しばらく大切に育てようと思った。




【 distance 】



もし俺が お前のこと好き って言ったら

どうする?








2016/02/27



prev next