透子の手に触れたまま、秋山は少しだけその身を乗り出して上目遣いに言う。


「ねえ、どう?今夜あたり食事でも。」


秋山の手が透子の手を離すより先に、
立ち上がるとようやく秋山の手が離れた。


「すみません、せっかくのお誘いですけど都合が悪いのでまたの機会で。
手当、ありがとうございました。」


久々の誘いに対しても透子はいつものように
特に断る理由を並べることもなく教科書通りの社交辞令で返し、
口先だけの礼をして踵を返す。


背後で、相変わらずつれないね、と言う秋山の小さな声が聞こえた気がしたので
振り返って自分の首筋を先ほど手当てしてもらった指先でトントン、と示す。


「ここ、グロスまだ付いてますよ。
それにシャツの襟のところ、ラメがいっぱい。」


女子生徒のマーキングはしっかり残っていて、
その痕跡はやはり、お取り込み中だっことを語っている。


透子の軽蔑したような視線を受けながらも秋山は特に悪びれた様子もなく、
両の掌を天井に向けて肩をすくめてみせる。


こういう、さながら洋画に登場する二枚目の演じる遊び人のような仕草が似合ってしまうのも彼の魅力なんだろうが、
透子はそれすらも受け入れ難い。


「でも、それは鈴木先生が悪いんだ。
俺のこと構ってくれないから。」

「私は生徒の心配をしています。彼女たちをあんまり弄ばないで。」


彼女達は彼女達なりに秋山との関係を軽んじているわけでないのだから、と
続けようとしたところで、いつのまにか距離を詰めてた秋山の人差し指で唇を捉えられた。



「大丈夫、安心して。俺は決して鈴木先生以外と一線を越えようなんて思ってないから。
それにね、どちらかと言えば彼女たちに弄ばれてるのは俺の方。」



何が大丈夫で何を安心すれば良いのか不明ではあるが、

そんな言葉よりも、秋山が一瞬だけ浮かべた寂しそうな表情が少し気になった。



「ね、だからさ、どうかな。」


今日はいやに食い下がる秋山に透子は何度目かもはやわからないため息をつく。


「だから、行かないです。私はいい加減な人好きじゃありません!」



思わず少し大きな声を出して否定してしまい、ハッとして顔を上げる。


「俺、透子先生のこといい加減な気持ちでは誘ってないですよ?」

「っ!とにかく、今日は行きません…!」


その一言を吐き捨てるように言うと、今度こそ踵を返して、保健室を出て行ってしまった。

パタン、と閉じたドアの向こうできっと彼女はへたり込むか、もしくは唇を噛み締めていることだろう。


あえて、名前で呼んでみると意外にも赤面した彼女が面白くてついつい苛めてしまった。


反省しつつも、秋山は胸ポケットから煙草を取り出すと窓際に移動し、煙草に火をつける。

校内で喫煙所以外の場所では禁煙、と決められていた気がするが秋山にとってはどうでもいいことだった。



「…今日は、か。」



煙と同時にようやく言わせた言葉を反芻する。

なかなか社交辞令以外の言葉を引き出すのに時間を要してしまった。







【 Black or White 】



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2016/02/20



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