パンで喧嘩する五+夏
スーパーで食パンコーナーを見ていると、夏油が手を伸ばしたのとは別に、隣に並ぶ五条の手も伸びてくる。
お互いに伸びた手の先を見つめていると、夏油は6枚切りに手を伸ばし、五条は4枚切りに手を伸ばしている。
「え?そんな分厚いの食べるの?」
「これにバター塗りたくって砂糖かけて、中はとろとろ表面カリカリにすんのが美味いの。やってみ?」
「遠慮するよ。口の中が1日中甘くなりそう。」
「そこまでじゃねぇし。」
勧めたものを拒否されたことが面白くなくて、五条がほんの少し不機嫌そうに顔を歪めて言いながら4枚切りの食パンを、夏油が持っている買い物籠へポイと投げ入れる。
しかし、夏油はそれをまた棚に戻して眉間に皺を寄せている。
「勝手に入れないでよ。私は6枚切りが良い。」
「はぁ?別に2つ買えばいいだろ。ケチんなよ。」
五条は、夏油が不機嫌そうに言うから自分も一緒に不機嫌そうに返して、どちらのパンも籠へ雑に入れる。
「だからっ、勝手に入れるのやめてくれないかな。」
「あ?何がイケナイのかマジでわかんね。」
「勢いで2つ買うのはやめてよ。私は2人で食べるの計算して買ってるけど、悟絶対考えてないよね?」
「食べたいときに食べりゃいいだろ。」
「そんなこと言って結局全部食べきれなくて冷凍庫圧迫しているだろう?」
「そんなもんあったっけ?傑食えば?」
「覚えてないんじゃないか・・・私は食べたくないもので腹を満たしたくないよ。4枚切りは却下。」
「は?じゃあもう冷凍庫買えば良くね?」
「何で冷凍庫入れる前提で考えているんだよ!」
人の目があるから夏油はなるべく理性的に五条に言って聞かせるが、一般人の感覚があまりない五条は、自分が食べたい分だけ食べ、残った分はどうするということを考えていないのだろう。
今4枚切りを食べたいだけで、明日には8枚切り、6枚切り、と気分が変わるはずだ。
それを阻止しようしているだけなのに、今度は冷凍庫を買うというスケールがぶっ飛んだ話になってしまった。
4枚切りを買うために何故冷凍庫を買う羽目になるのか、金がかかりすぎるが、きっと五条は業務用の冷凍庫の値段を見たって躊躇なく買うことだろう。
五条の感覚のズレに、目の前で夏油は溜め息を吐くと、明らかに五条は気分を害している。
「何だよ?言いたいことあるなら言えよ。」
「いや、悟って本当お坊ちゃんだな、と思って。」
「悪口に聞こえんだけど?」
「そのつもりだよ。良かったよ、話がやっと通じて。」
「あ゛あ゛?!」
夏油はなるべく周囲の人間に威圧を与えないように話していたのだが、五条が思い切り殺気を放つものだから、パンを物色しにやってきた人間は皆そそくさとそこから去って遠目に様子を窺っている。
「周りのお客さんに迷惑だからそのガラの悪さ少ししまってくれないか?」
「お前に言われたくねぇよ!弱ぇヤツのことなんか知らねぇし!」
表出ろ、そう言われたら、会計前だよ、と夏油は答えようと思っていたのだが、予想外の声かけに五条は思い切り気をそらした。
焼き立てのパンで〜す、とスーパーに併設された小さなパン屋の平台にやってきた店員は、焼き立てのパンに機嫌良さそうに一斤のパンを並べていく。
「傑!あれでいいじゃん!!」
「ちょっと引っ張んないでよ!」
焼き立てを我先にと求めて五条は夏油の手首を握って引っ張っていく。
あれこれどうやって持って帰んの?と不思議そうな五条に買い物籠を押し付けて、夏油は備え付けの大きな袋に1つそれを入れている。
「これなら好きなだけ切って食べられて良いじゃん!問題解決!ほら早く帰って焼き立て食おうぜ!!」
「会計がまだだよ、悟。」
夏油の背中を押して帰るように五条が促すから、夏油は足をレジの方へ向ける。
先程まで誰も寄せ付けない程の殺気を放っていたのに、わくわく、という言葉がしっくりくる程五条は機嫌がよさそうにしている。
機嫌がころころと変わる様についていくのは大変だが、夏油はそんな五条が可愛らしくて、思わず先程のことを忘れて喉の奥で楽しそうに笑ってしまう。
我の強い割りに、五条のこの切り替え早さのお陰で今までそう酷い喧嘩をしなくてもすんではいる。
その切り替えの早さを称えて、薄く切って悟のお勧めを少し食べてみるか、と溢すと五条は、やってみ、と嬉しそうに笑っている。
部屋に戻って五条に食パンを任せると、甘いパンが4枚切り程の分厚さで2枚作られていた。
薄く切ってと夏油は言ったのに。
私の話聞いてた?!と言う夏油の圧から始まり、また喧嘩になった。
(20210920)