ゆめしょ | ナノ 04


04



きっとアイツそういうの気にしてないよ、と家入に言われた通り、五条は名前が医務室にいると彼女の隣りに座ってくるのだが、全くと言っていいほど態度の変化がない。
名前が様子を窺っていると、どうしたの元気ないじゃん、と五条から言われる始末だ。
どうやら名前の態度など、五条を精神的に煩わせるようなことはないようだった。
名前は、五条の前で猫は被らなくなった。
彼にとっては名前が猫を被っていようがいまいが全くどうでもいいことなのだろう。
可愛らしく振る舞うことのない名前にも五条は常と変わらない態度をとってくれる。
名前がどう変わろうと気にならないことからわかるが、全く相手になどされていない。




「あれ、何してんの?」
「酒盛り。」

深夜、五条が家入と名前のいる医務室を尋ねれば、机の上には缶や瓶が並べられている。
五条が入って来たと同時に缶を呷っていた名前は返事が出来ず、家入が答えるのと一緒に親指を立てて同意を示している。

「いやーん、神聖な医務室で飲酒とか不良〜!」
「時間外だし、硝子ちゃんの予定合わなくて外出もままならないからしゃあなしです。文句言われたら医者増やせって抗議します!」

名前が片手に拳を作って抗議のポーズをとると、それを見た五条はケラケラと笑っている。
いつもの滲み出る名前の凪ぐような呪力が少し乱れていて、彼女が呷っていた缶以外を五条が数個適当にとって振ると、中身を飲み干して空になっている。
化粧のせいか名前の顔はあまり赤くないが、首がほんのりと赤く、目も充血していて大分酔っていそうな名前の頬に五条が手を添えて撫でると、彼女は気持ち良さそうに頬に擦り寄っている。

「目赤いけど大丈夫?」
「うふふ、五条さんの手冷たくて気持ちいいです。」

酔って幸せそうにふにゃふにゃに笑いながら名前がそう言うから、五条は両手を添えてうりうりと彼女の頬を揉んでやる。
されるがまま嫌がっていないところを見るに相当酔っているのだろう。

「面白いぐらい無抵抗だね。硝子、名前結構酔ってる?」
「酔ってないですぅ!」
「わかったわかった酔ってない。五条時間あったら切りの良いところで送ってくれない?私ここで仮眠とるから。」
「いいよ。あと帰るだけだし。酔っぱらってる名前面白いし。」
「酔ってないですぅ!」
「ああもうわかったわかった。」

五条と家入の会話に名前が絡むと、家入が面倒そうに合いの手を入れている。
名前が五条の手を外すと、今度は瓶の蓋を開けて中身を近くのグラスに注いでいる。
明らかに中身はワインだとわかるようなパッケージだ。
それに口をつける名前は機嫌が良さそうにして、家入と五条を交互に見ると楽しそうに笑っている。

「ねえねえ、同級生同士喋ってみて下さいよ。」

ほらほら、と煽ってくる酔っぱらいの名前に絡まれて、五条と家入は少し困惑する。
急に喋れと言われても何を喋ればいいのかわからない。

「急に喋れって無理あるでしょ?」
「えー?この間私と硝子ちゃんに女子トークしろって言った口で何言ってるんですか?」
「・・・言うようになったねえ。」
「むむむぅ。」

名前が五条を煽るように口の端を上げて笑ってやると、瞳を細めた五条が名前の頬を片手で掴んでぐにぐにと揉んでくる。

「そういや名前も僕と同じ年なんだし敬語やめない?」
「むいえう。」
「え?何言ってるかわかんないんだけど?ウケる。」

ウケてないで離せよ、と内心毒吐いて名前は五条の手をとって頬から離させる。
名前は軽く五条を睨んでいるつもりだが、目の赤く充血した目蓋が少し降りてとろんとした彼女の瞳を怖がるものは誰もいないだろう。

「無理です、って言ったんです。」
「何で?」
「だって”五条悟”ですよ?そんなん恐れ多いでしょう!ねぇ、硝子ちゃん!」
「私五条呼び捨ての上タメ口だけど。」
「聞く相手間違えましたー・・・」

名前がパチンと自分の両頬を軽く叩いてセルフでツッコミを入れている。
名前の味方はここにはいないように感じて考え込む。
名前は、呪術師の家系に生まれて育っているから、いかに”五条悟”が凄いのか、尊いのか、ということを嫌というほど聞かされている。
実家に帰って五条とのこの遣り取りを聞かせるだけでも家族を卒倒させるかもしれない。
しかし、当の本人は全くそんなことは気にしていなさそうだ。
こういったことは周囲が気にしているだけなのだ。
じっと名前をアイマスク越しに見詰めてくる五条は堅苦しいのを嫌っている。

「わかったよ。慣れるまでは敬語も混じると思うけど許して。」
「いや、許さない。ビンタする。」
「五条先生、教育的指導が激しすぎませんか?」

名前が不貞腐れたように返すと、五条は笑いながら彼女の頬を軽くペシペシと撫でるように叩いている。
そのコントのような遣り取りを家入は酒の肴に眺めていると、タメ口に附随した疑問を投げかける。

「敬語なしなのに”五条さん”て呼ぶの?」
「え?私に”五条”と呼べと?」

ふと感じた家入の疑問に、名前は怪訝そうに眉間に皺を寄せる。
敬語をやめるだけでもハードルが高いのに、と名前が目を逡巡させていると、家入が大したことでもなさそうに口を開く。

「下の名前でいいじゃん。」
「良くないよ?恐れ多いよ?」
「僕はいいよ、別に。」

家入と五条から許しが出るが、名前自身が許しがたい気がして唸っていると、五条の手が名前の頬に伸びてくるから思わず彼女は姿勢を正す。
ビンタする、と言った五条の言葉が頭の中を駆けていくからだ。

「ほぉら、呼んでみようか!」
「悟!」

自棄になって何かのコールでもするかのように名前が叫ぶと、家入と五条が声を上げて笑っている。
同級生2人に遊ばれているとわかって、名前は少し不貞腐れながらグラスを煽った。
名前寝たら中々起きないからそろそろ連れて帰って、と言う家入の声に、寝ないし、と名前は語尾を強めてグラスにワインを注いだ。




パチ、と名前は目を開ける。
先程まで目の前に家入がいた明るい医務室と違う光景に瞬いた。
いつの間にタクシーに乗り込んだのだろうか。
起きた、そろそろ名前の家着くよ、本当全然起きないんだもん、と隣りで笑っている五条に、また名前は瞬く。

「あれ?覚えてないの?」
「どうやって乗りましたかね?」

名前が言うと、忘れちゃった?と言いながら五条がペチペチと彼女の頬を撫でるように叩くから思わず姿勢を正す。
敬語を使ったからビンタ、だなんて勘弁願いたいところだ。
寝起きの酔っぱらいに考慮しているのか、五条は名前の頬を本気で叩くつもりはないようには見える。
自分で乗ってたよ、と答える五条に、えー、そう、だ、ったかも、と名前は歯切れ悪く答えている。
記憶は曖昧だが、少し寝たからか頭がすっきりと冴えてしまっている。
せっかく家入と気持ち良く酔っていたのに、酔いが醒めてしまったからまた家で呑み直すか、とそんなことを考えているうちに、タクシーがマンションに着いたから降りると、タクシーを待たせて五条も名前と一緒に降りてくる。

「ちゃんと送らないと硝子に怒られちゃうから。」
「あとエレベーター乗って部屋入るだけです、よ?!」
「はい駄目ー。」

名前が何もないところでこけそうになると、それを見て五条はケタケタと笑って部屋まで送ると言う。
本当に大丈夫なんだけど、と思いつつ何もないところでこけるという失態が今まさに起こったせいで拒否が出来ない。
名前は、カードキーでエントランスを開けて、エレベーターに乗り込んで自分の部屋の階を押す。
タクシー代を払っていないことを思い出して名前は慌てて鞄の中から財布を取り出した。

「あの、タクシー代。」
「そんなにかかってないからいいよ。」
「いや、そんなわけには、あ、じゃあ何か礼する!送ってもらってるし!」
「お茶でもどうぞ、って?」

全く部屋に上がる気がなさそうな五条の軽口に、名前は困ったように笑っている。
五条が名前をそういう対象に見ているとはどうしても思えないし、口調は冗談めかしている。

「残念ながらこっち出てくるとき父親に、男を上げるな、って言われてるから。」
「うわあ、父親出されたら男は何も言えないねぇ。」
「あとタクシー待たせてるし。」
「そう言えばそうだ。」

そう言う五条はやはり名前の部屋など上がるつもりもなさそうで、ここで名前が少しでも動揺したら笑われていたことだろう。
エレベーターを降りて部屋の前まで来ると名前は軽く頭を下げる。

「送ってもらってありがとう。」
「どういたしまして。入るとこまで見届けるよ。」
「うわあ、やることがイケメン。」
「そういうのもっと言って良いんだよ。」

名前が感嘆すると五条が誉められたことに得意気に返すものだから、何だか台無しになってしまう。
残念なイケメン、と名前が心の中で思っていたことは黙っていることにして、カードキーを翳して部屋の扉を開ける。

「おやすみなさい。」
「おやすみ。」

パタン、と五条の顔を見ながら名前は扉を閉めた。
ド、ド、ド、と閉めた途端に名前は掌まで動悸がして、握っているドアノブから外へ動悸が漏れてしまいそうだった。
五条悟に呼び捨てタメ口って本当にいいのか、と一人になって嬉しいやら恥ずかしいやら恐れ多いやらと色々なことが頭の中をぐるぐる回って、ソファまでゆっくり歩いて倒れ込む。
絶対に酔ってなかったら拒否してただろうな、五条悟に呼び捨てタメ口、と纏まらない思考に酔いがますます醒めていく。
スマホが軽く音を立てるから、こんな深夜に誰かと見れば家入だった。
これで五条と少しは距離縮まるんじゃないの、と素っ気ない文章の家入に、ああそういうことか名前呼びとかは硝子ちゃんのアシストだったのか、と気遣いに嬉しくなる。
ありがとう、と名前の中で最高に可愛いスタンプを送ればすぐに既読がついた。
恐れ多いが距離は確かに縮まったかもしれない。
もう少し視界に入るようにしたい、今日のお礼の品も吟味しないと、と思いながら名前は呑み直しに冷蔵庫から一つ缶を取り出した。

(20210801)





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