ゆめしょ | ナノ 02


02



名前が鼻歌交じりに高専の廊下を歩き、医務室の扉をノックすると、どうぞ、と許可の声が聞こえるが気のない返事が返ってくる。
休憩中、と入口にプレートがあったから入ったが、もしかして休憩の邪魔だろうかと、名前は逡巡する。
硝子ちゃんこんにちは、と控えめに入ってきた名前に、家入は少しだけ気を緩めると、軽くだけ笑って見せた。
家入の歓迎している様子に名前は、思い切り笑って彼女の側まで寄っていく。
今日は硝子ちゃんにお土産があるんだよ、と言いながら名前は機嫌良さそうに笑っている。

「随分嬉しそう。」
「いやあ、もう硝子ちゃんのおかげだよ。その節はお世話になりまして。」

名前が家入の正面のパイプ椅子に座って頭を下げながらお土産の紙袋を恭しく渡すと、満更でもなさそうに家入は受け取っている。
高級そうな紙袋から、高級そうな箱を取り出して開けると、チョコレートが入っている。
家入御所望のビタもビターな苦いチョコレートを、家入は一粒摘まむと口に放り込んでいる。

「で?この1ヶ月楽しかった?」
「それはもう!」

見て見て、とはしゃぐ名前は、スマホのアルバム機能を立ち上げて家入に見せてくる。
五条が補助監督についてから、任務が終われば二人で遊んでいたらしい。

「これは初日のアイス。見て!私がアイスの写真撮ってたら五条悟の指先が写り混んできた・・・!」

どこか感動している様子で話す名前のスマホには、真ん中にアイスがあるがそれに被るように指先が2本写っている。
写真を撮るのを邪魔したのだろう、小学生か、と名前にちょっかいをだしている五条が家入は容易に想像出来る。
あとめっちゃ距離感バグってるの凄くない、そう言いながら二人で撮った写真は顔が近く、なんなら五条はウインクなんかしてしまっている。
癇癪を起こすほど忙しかった五条のこと、おそらく久々にゆっくりしていて休暇を謳歌していたのだろう。
名前は、これはスイーツバイキング、これはあのショッピングモール、これはクレープ、と言いながら状況を説明しては楽しそうにしている。
2ヶ月前、家入の前に、五条悟の同級生のあなたに折入ってお願いがあります、と堅苦しく頭を下げてきた名前と打って変わった打ち解けように懐かしさすら感じてしまう。
なんとか五条悟の視界に入りたいのだ、と懇願してきた名前は必死そうで、色恋の面倒事なら引き受けはしないが、そんな素振りは一切なかった。
家入とて五条の人の好みは知らないが、ある程度会話を楽しく返すこと、なるべくノリは良く、とにかく五条は誉められるのが好き、など本当に合っているのかわからないアドバイスを、名前は余すことなく聞いて取り入れていた。
名前が頭を下げてきてから一ヶ月、彼女は信じられないと正に夢心地というような素振りで頬に手を当てて呆けていた。
聞いて硝子ちゃん五条悟が私の補助監督だって、とそう言って頬を抓ってくれと懇願してきたのは、家入の記憶に新しい。

「でも、まだ駄目。私は単に楽しく休暇中に遊んだ女止まりでまだ視界に入ってないと思うの。」
「・・・遊んだ?」

名前の言い方に家入が思わず聞き返すと、彼女はぶんぶんと片手を顔の前で振っている。

「違う違う。全然そういう関係にはなりたくないし。しかもいつもあの人違う場所で解散するから理由聞いたの。女の子のとこ行くから、って言うんだけど、毎回違う場所だよ?どんだけ女いるの?硝子ちゃんから聞いてたけどマジでヤバイね。あれはハマると相当痛い目見るよ。怖いよ。」

名前は、そう言いながら家入に買ってきた土産を一粒口に放る。
何これ苦っ癖になるう、と言いながら名前は笑っている。

「最初、名前は、五条が好きなのかと思ってた。」
「全然。てか格違い過ぎて恋愛対象じゃないから。」

まず相手にされない相手にそんな感情生まれないって、会いに行けるアイドルと同義、などと言いながら、やっぱ苦すぎるわ、と言ってチョコと家入が淹れてくれたコーヒーで苦くなった口内を、コーヒーに名前は砂糖とミルクを足して飲んでいる。

「記憶に残る一級呪術師になりたいんだよね。色仕掛けなんて、返り討ちにあって遊ばれて終わると思うからなんかもっと何か、記憶に残る何か欲しいんだけど。」

ただの一級呪術師なんてそこらかしこにいるのだ。
五条の記憶に残る何かを名前は探しているらしいが、中々どうやって良いのかわからないらしい。
とりあえず親しくなる、ということを名前は掲げているらしいが、どうも手応えらしきものがないようだ。
親しくなる為に、可愛らしく明るくちょっと隙のあるような、そんな女を演じているらしい。
五条が補助監督を務めていたときは、可愛らしい格好をしていたが、今はシンプルなカットソーにスキニージーンズだ。
ラフな格好を見るに、五条と会うときはそういう風を装っていたのだろう。
そう名前と家入が話していると、医務室の扉が開いて、無言で五条が入ってくる。
無言で入ってきた五条は、名前の隣にパイプ椅子を引っ張って来ると、それに優雅に足を組んで座っている。

「いやいや、急に何?」
「僕も混ぜてよ。女子トーク楽しそう。」

怪訝な顔の家入に、ほら喋って、と五条が煽ってくる意味がわからず、名前と家入が困惑しつつ、高専の同級生が喋っていることに名前は内心でだけ興奮する。
困惑した二人をよそに、五条が勝手にチョコレートに手を伸ばすと口に放り投げる。
なにこれ苦っ、と言いながら近くにあったミルク入りのコーヒーを、五条は口に流し込んでいる。
ああそれは私のコーヒーです、となくなったコーヒーを名前は残念そうに見つめている。
せっかく家入が用意してくれたそれは、一気に五条の胃の中に収まってしまった。

「今日名前格好普通じゃん。いつもの可愛い格好どうしちゃったの?」
「任務だけでどこも行かないので楽な格好にしたんです。終わったら家に引きこもります!」
「なんだ。医務室に名前いるから寄ってみたのに。これ行こうと思って。」

今日までなんだよね、と言いながらスイーツフェアの広告画面をスマホで見せてくる。
名前は、それを見て目を見開いている。

「ちょ、五条さん!何で!もっと早く教えてくれればちゃんとしてきたのに!着替え持ってない!」
「いいじゃんそれで。」
「五条さんの隣りでこんな格好でいたら浮く!超浮く!」

名前は、急に立ち上がると慌てて入口まで走って行き、あわあわと慌てている彼女は、一度入口で止まるとくるりと振り向いた。

「なるべく早く呪霊片付けて着替えてくるので、待っててくださいね!一人で行かないで下さいよ!」

五条が軽く手を振ったのを見て、名前はそれを了承と解釈して走って行ってしまった。
名前の気配がなくなるまで黙っていた五条と家入は、家入の方からその沈黙を破る。

「名前のこと案外気に入ってるんだな。」
「いや、普通。」

何でこのチョコこんな苦いの、とチョコレートの箱に一緒に入っていたリーフレットを読みながら五条は答える。

「普通ならいい。あれは真面目だから遊んでやるなよ。」
「真面目なのなんて初日から知ってるよ。真面目な子に本気になられたら面倒じゃん。遊ぶ相手は選ぶよ。」

五条と会ったその日の名前は、堅苦しくも綺麗に腰を折って御辞儀をしてきたし、同い年なのに五条に敬語を使って敬ってくるのだ。
一ヶ月の間あれやこれやと任務後に出掛けてみたものの、彼女の姿勢は変わらなかった。
地方とはいえ、名前も呪術師の家系だから御三家のことはよく言い聞かされているのだろうということは予測できる。

「普通だけど、癒されはするんだよね。」
「癒されるとか五条の口から聞くの吃驚なんだけど。」

家入のからかいに似た言い方に、まあまあ聞きなさいよ、と五条は話してくる。

「色恋の感じがないから気は楽だし、何より名前の纏ってる呪力は、緩やかで一緒にいると気が楽になる。わかる?」

五条が訪ねると、家入はわからなくて両肩を少しだけ上げてジェスチャーする。
五条の六眼があるからわかるのだろうその微妙な違いに家入が気付ける筈もない。

「凪いでるっていうか、漣みたいな、木漏れ日とか、そういう感じ。」
「抽象的でわからない。」
「だよね!」

これはやっぱ誰にも伝わらないか、と五条は頭を掻いている。

「まあ、名前のことはよくわかんないけど、何となく近くに置いときたいんだよね。近くにいてくれたら呪力の相性が良いのか楽でさ。」

名前本人のことはどうでもいいのだろうか、それはそれで名前に失礼だろ、やっぱ人として駄目だなコイツ、と家入はそんなことを考えつつも咎めるのことはしなかった。
言ったところで五条に響く筈もないとわかっているからだ。
五条は名前のことを理由はどうあれ気に入っているらしい。
視界に入りたい、と言う名前の願いは叶っているように感じるが、それは家入がそう思うだけで、名前が決めた程度とは違うだろうから家入は何も名前に言うことはなかった。

(20210710)





×
BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -