ゆめしょ | ナノ 01


01



五条は、夜蛾の言った言葉にあからさまに嫌な顔をした。
働き詰めで息の詰まった五条が軽く癇癪を起こせば、なんと1ヶ月休みをくれると、そう言ったのに、代わりに五条に補助監督の真似事をしろと言うのだ。
休みはどうした、と思うが特級呪術師が1ヶ月も休みを貰うことが異例中の異例だし、ここで本当に完全に休めば他の呪術師に示しがつかないだろうから何かしら仕事はさせなければいけないのだろう。
この1ヶ月の間、呪術師としての仕事は回さないから代わりに補助監督紛いのことをしなければならないようだ。
しかも補助につく相手を聞けば、一月前に地方から東京に移ったばかりの御上りさんだという。
ああアレか、と一月前に軽く挨拶をした、何となく印象を覚えている程度の女性を五条は思い出す。
確かいやに穏やかな呪力を纏っていたな、とそんな印象を持ったが、地方でのほほんと除霊をしていたからだろう。
東京の呪霊の多さや、質の悪さにそろそろ辟易して心身ともに駄目になっているかもしれない。
スマホに送られてきた『名字名前』の概要を読みながら、ああやっぱり彼女か、と五条は自分の中のぼやけた印象とプロフィール写真の些か固い表情の彼女を擦り合わせた。




五条が待ち合わせ場所へ向かうと、アーチ型の車止めポールに座り込んでいる名前を見付けた。
人の行き交っている場所で五条に気付いていないのか、名前は真剣にスマホと向き合っている。
白いヒラヒラとしたカットソーにパステルカラーのミニスカート、ヒールの高いミュール、およそ今から呪霊退治をしようという格好ではない彼女に、本当にこれは名字名前だろうか、デートの待ち合わせをしている一般人か、と五条は思ったが、滲み出ている彼女の呪力は確かに先日の穏やかなそれだ。
ナンパ待ちともとられそうな、明らかに暇です、と絵に描いたような名前の側まで寄り、ポールに手を掛けて屈んで五条が名前の顔を覗き込むと、やっと彼女と目が合う。

「お姉さん今暇?」
「暇じゃな、」

名前は、ムッとした顔をしていたかと思うと、すぐに目を見開いて仰け反った。
仰け反った拍子にポールからバランスを崩して後ろへ滑っていってしまうから、五条は軽く腰を抱いて支えてやる。

「ちょっとちょっと何してんの?」
「いや、こっちが聞きたいんですけど、え?五条さんですよね?」
「そうでーす。五条悟でーす。」

キャハ、と言いそうな五条のテンションについていけず、名前は体勢を戻されながら彼の服装を見る。
普段高専で遠くから眺めていた五条の服装とは違うラフなそれに、休日で通りかかったのだろうか、そもそも私のこと覚えてるのか、とそんなことを思っていると、ずれて、とジェスチャーしてくる彼に従って名前はポールを少しずれると、隣に五条が座る。

「で、今日の任務なんだけど、」
「あ、はい。」

名前は、急に真面目な声になった五条と一緒になって彼の手元にあるスマホを覗き込む。
そこまでしてから、はたと先程の疑問を思い出す。

「いや、そうじゃなくて!何で五条さんがいるんですか?!伊地知さんは?!」
「あれ?聞いてないの?僕が今日から1ヶ月君の補助監督だよ。」
「は?!五条悟の無駄遣いが凄い・・・!!」

名前が何処かに電話をかけ始めたが、おそらく夜蛾だろうと五条はのんびりと待っている。
一頻り夜蛾と話し終わった名前は、五条に向き直って頭を下げてくる。

「一ヵ月お世話になります。」
「堅っ!」

今からデートです、とでも言いそうな名前の格好からはおよそ想像もつかない堅苦しさに、五条は大口を開けて笑っている。

「気にしなくて良いよ。僕の都合でもあるし。」
「そうなんですか?」
「仕事が嫌んなって癇癪起こしたの。なんでもかんでもこっちに寄越して、地方だの海外だの、いくら僕でもストレス溜まるよ。」
「出来る男は大変ですね。」

隣りで、笑ったり不貞腐れたり、と忙しい五条に、名前は、ころころ表情変わる人だなあ、とまじまじと見てしまう。

「何?見とれちゃった?」
「はい。綺麗ですね、五条さん。」
「うわあ。素直だねえ。もっと言って。」

誉められることが好きな五条は、機嫌良さそうに名前に笑い掛けてくる。
ところで仕事の話、と五条が話を切り替えるから、名前も切り替えて一緒に五条のスマホを見る。
場所の確認と呪霊の概要を確認して、ポールから二人して立ち上がって歩き出した。

「ところでさ、その格好で呪霊祓うの?」
「え?ああ、伊地知さん格好問わないって言ってたし、この後用事あるので。」
「何?デート?」
「残念ながら観光です。せっかくの東京ですよ!ここにいられるうちに、目一杯お洒落して、美味しいもの食べて、好きなもの買うのが楽しみなんです!今日はコレ食べに行きます!」

さっき色々吟味してこれに決めました、と言う名前のスマホにはデコレーションたっぷりのアイスが写っている。
あ、呪霊の気配こっちですね、なんて言いながら名前が呪霊そっちのけでアイスにうきうきしながら歩いている。

「へえ、美味しそう。良いなあ。僕も行こうかな。」
「一緒に行きます?!実はカップル限定のヤツあるんですけど、五条さん嫌じゃなかったらフリしません?!」
「いいけど、今から行って閉店までに終わる?」

はしゃいでどこかふわふわした名前に、僕補助監督だし手伝わないけど本当に大丈夫かな、と五条がアイスの口になってしまって心配していると、名前は悪戯っ子の様に少し笑って、コンコンとヒールの先でコンクリートを叩いた。
地面から、するり、と現れた武器を手に持つと、にっこりと五条に笑い掛ける。
喋っているうちに目的地に着いていた。

「秒で戻ってくるので置いて行かないでくださいね!」

そう名前が言って、現場に入って行くとものの10分もせずに名前が出てくる。
呪霊の気配はもうしない。

「じゃあ、行きましょう!五条さん電車でも良いですか?私乗り換え楽しいから乗りたいんです!」

完全な御上りさんの名前に、ちょっと前まで呪霊とやりあってたくせに、それを微塵も感じさせない雰囲気に五条は笑ってしまう。
彼女も良い感じで狂ってるな、と五条は名前から滲み出る穏やかな呪力に、狂っていないとこうはならないか、とも思った。

(20210704)





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