ゆめしょ | ナノ 07


07



五条は、あーどうしたもんかな、と家入の休憩中に不貞腐れながら医務室へ入ってくる。
家入は、せっかくゆっくりしようと思っていたのに、面倒な客が訪れたことによって、眉間に皺が寄る。

「おい、名前のことなら本人と話せ。」
「名前と話したってまただんまりだよ。あ゛ーどうやって言わすかなー!」

煩いな、と家入が思いながら煙草に火を点けると、五条は、体に悪いよー、とさして心配もしてなさそうにそう言ってくるから、五条を見て思わず点けたそれを灰皿に押し付ける。
お前の甘党も相当体に悪いがな、と家入は返してやった。

「軟禁しても駄目、呪力で脅しても駄目、あと何すりゃいいかな。」

本気で考え込む五条に、あの手この手を使っていそうな癖に、一番やりそうな方法は口にしないから、何となく不思議に思った家入は、普段は言わないようなことを言ってしまう。

「そこまで考える割に、体に聞く、みたいなことやってないのがらしくないな。」

何言ってるんだお前、と信じられないものでも見るような五条に、いや私がイロモノみたいな顔で見てくんなよ、と家入が苛々してしまう。
そういう風に五条を見てしまうのは、彼の普段の軽薄で倫理の欠けた発言がそこらかしこで散見されるからだ。
自分の普段の行いでそう見られているということを理解してもらいたい。

「そんなのとっくの昔にヤリ尽くしたに決まってんだろ。何回ヤったと思ってんだ。」

五条の信じられないものを見る視線は、とっくにやってる手法だ、当たり前だろ、というものだったらしい。
知らねーよ、と家入は段々声を出すのも面倒になって心の中でだけ呟くに留める。
ヤリ尽くしたって何だ、と家入は名前が少し心配になってくる。

「イかせまくってぐっちゃぐちゃのどろっどろにして頭の中とろとろにしてやったのに全っ然言わない。好きってそんな難しい単語だったっけ?」

うーん、と考え込む五条の表情は、アイマスクで隠れてわからないが、相当真剣に悩んでいるように家入には見える。

「焦点合わない視線向けられてあうあう言ってる名前が可愛くてエロくてヤバかったな。今日久々に色々ヤってみようかな。どうせ言わないだろうけど。」

真剣に悩んでいるかと思えば、そんな営みの算段を語られて、どうとも反応出来ない家入は黙って勝手に話している五条をそのままに手元のコーヒーを啜っている。
だが同じ女性としては一応嗜めるべきところは嗜めるべきか、と面倒臭いが口を開く。

「そういうこと、他の人間の前で言うなよ。特に男。」
「あ゛?硝子以外に言うわけねえだろ。名前のエロいとこ他の男に想像されてオカズにされんの虫酸が走るんだけど。」
「いや私の前でも言うなよ。」

五条が目の前で苛々しているのを、家入も苛々として返した。
せっかく一息つこうと思ったのに、と五条のせいで苛々させられて、コイツ粗大ゴミに出したい、と家入は思いながら段々と温くなってきたコーヒーを啜った。




ごほ、と名前は家入の言葉に、喉に到達していたコーヒーを軽く噴き出した。
喉に到達したばかりのそれは、口先から吐き出しただけで、飛び散ってはいない。
え汚い、と嫌そうな顔をした家入に、小指の先だけでいいから心配して、と名前は懇願してしまう。
五条のスマホが鳴って話しながら出て行ったところへ、入れ違いに名前が入ってくる。
五条が長居するのは気分が良くないが、名前は違うから家入はちゃんとコーヒーを出して、先程五条がしていた話を聞かせてやっていたところ噴き出したのだ。

「ごめん、なんて?」
「何回かぐちゃぐちゃのどろどろに、」
「ごめんなさい、お願いだから忘れてください。」

棒読みの家入に、名前はパイプ椅子に座った姿勢を崩して机に突っ伏する。
人にそういうこと何で言うかな、と名前が苛々して頭を抱えて真っ赤になっている。
忙しい反応をする名前に、家入は特に何を思うこともなかった。
ただ、先程五条から勝手に聞かされた話を、知らない顔をして名前と話しているのも何となく秘密を知ってしまったようで、少しだけ、ほんの小指の端くらいの後ろめたさを感じたから話したのだ。
頭を抱える名前に対して、家入はスッキリしている。

「最悪・・・」
「私だから言ったらしいから、他には言わないだろ。」
「その硝子ちゃん特別枠何。」
「特別枠とかじゃない。よくあの人でなしについていけるな、と感心するよ。」
「そりゃ、苛々するし、次会ったら絶対殴る、とか色々思うんだけどね。」

突っ伏していた顔を上げて名前がパイプ椅子に寄りかかるように座り、何かを思い出すような仕草をすると、口元が緩み出す。

「次会ったときに、悟に笑いかけられるとなんかどうでもよくなっちゃうっていうか。」
「うわっ・・・」

名前の言葉に心底嫌なものを見たような家入に、何か傷付くからやめて、と名前はまた懇願している。

「呆れるかもしれないけど、なんだろう、あれ、惚れた弱み、というか。」
「頭大丈夫?」
「え?硝子ちゃん今日辛辣じゃない?」
「さっき五条で苛っとしたから。」
「八つ当たり感が半端ない。」

名前が不貞腐れてちびちびとコーヒーを飲んでいると、肩の辺りに暖かみを感じて思わず縮こまる。

「惚れた弱み、って何?」

いなかった筈の五条が突然名前の後ろにいて、彼女の肩をぎゅうと屈んで抱き締めている。
五条が電話を終えて戻って来たときの、惚れた弱み、はその前の会話の流れを聞き逃していて何のことかわからないが、十中八九自分のことだと彼は自負している。
名前が軽く振り返ると、アイマスクを外して悪戯っ子の様にニヤついている五条と目が合ってしまう。
そんな五条の表情が可愛いと思ってしまって、苛々も何処かへ行ってしまったし、殴る、なんて感情は最初からなかったように萎んでしまった。
五条から甘ったるく囁かれると、名前の体の何処かよくわからないところがソワソワとしてしまう。

「ね、惚れた弱みって何?」
「そんなこと言ってません。」
「いや、流石に言い逃れ出来ないでしょ。」
「首が腫れたって言ったの。」
「無理あるだろ。」

名前と五条の言い合いを家入が眺めていると、急に五条が名前の首に顔を埋めてくる。
かぷ、と甘噛みしているようだった。

「何処腫れてるって?」
「ちょ、硝子ちゃん見てるでしょう!」

名前にそう促されて、五条が視線だけ名前の正面の家入に向けると、家入と目が合った瞬間に五条は明らかに、閃いた、と言わんばかりに目を輝かせている。
高専の頃から付き合いのある家入だからわかる。
五条のそれは、良くないことを考えているときの表情だ。
近くのパイプ椅子を引っ張ってきて名前の隣へ五条が座ると、名前の手首を片手で一纏めにして彼女の腹の上で固定する。
一連の流れが良く見えなかった名前と家入は、なんだなんだ、とお互いに見合っている。
それを気にした様子もなく、五条は空いた片手でするすると膝丈辺りのスカートの裾から中へ手を滑らせていく。
え何してるのこの人、と名前が怪訝そうに見つめていると、五条がニヤニヤしている。

「硝子にエッチな声聞かれたくないでしょ?」

すす、と太股を撫でられて名前は思わず戦慄く。
家入を見詰めると、彼女は何の感情も見えない表情でこちらを見ている。
家入は、私そういうの見たくないんだけど、と名前と五条がじゃれていると小言を言うことはあっても、真剣に止めることはない。

「名前、好きは?」

五条がニヤニヤしながらそう囁いてくる。
太股の付根あたりに五条の指先が這うと、言いたくないのと、家入に見られていることに、瞳にしわしわと水分が溜まりそうになる。

「五条。」
「んだよ、今いいとこなんだけど、硝子邪魔すんな。」
「今すぐ名前から手を離さないと、私は金輪際名前の治療をしない。」

は?と名前と五条が揃って声を上げる。
急に何の話だ、と名前と五条が視線を送ると、家入が五条を睨んでいる。

「お前、名前を殺したいのか?」

家入の冷たい視線に五条が本気を感じてサッと手を退ける。
五条の手が離れて、助かったことに名前はじわりと瞳が潤んでいく。

「硝子ちゃん好き!」
「ああ?!何で硝子にはそんな簡単に言うんだよ!?」

機嫌悪そうな五条を放っておいて、名前は家入の手を握って、ありがたそうにしているが、その家入は渋い顔をしている。

「二人の痴話喧嘩に巻き込まれるの面白くない。」

名前はその家入のツンとした声に、私の心配してくれたわけじゃなかった、と少し寂しくなった。

(20210705)





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