01 そう言えばあれって何、と一通り訓練を終えて寮へ戻る途中に虎杖から問われて、釘崎はそちらに視線をやった。一緒にいた伏黒は、虎杖が何に気を取られたのか納得して、ああアレか、と小さく呟いた。 「なんか、五条先生の大切なものが保管されてるらしい。」 伏黒の抽象的な物言いに、ふぅん、と興味なさそうな返事をした虎杖は、釘崎と視線を合わせるとお互いに頷いて見せた。 どちらともなく歩きだした2人の後ろを伏黒は仕方なく付いていく。 あれ、と仮称されたこじんまりとした一軒家の壁には余すことなく護符が貼ってあり、夜の暗闇も相まっておどろおどろしい雰囲気を醸すその建物に、3人はゴクリと喉を鳴らす。 「伏黒、あんた一番ここ長いんだから何入ってるか知ってるんでしょ?」 「知らん。そういう話を先輩方から聞いただけだ。」 「何よ、見てないの?怖がり?よし、行け、虎杖!」 「何で俺?!」 「お前は宿儺があるからなんとかなるだろ。行け虎杖!」 虎杖は、伏黒と釘崎から煽られて仕方なく前に出る。 釘崎と互いに目配せして来たはずなのに、虎杖一人で割を食う羽目になってしまった。 二対一では分が悪く拒否が出来ない空気に、虎杖は決意してそのおどろおどろしい一軒家のドアノブに手をかけようとするが、それにすらしっかりと護符が巻かれていて、う、と詰まってしまう。 しかし、あの底の見えない五条の大切なものとは何が入っているのだろうか、どんなとんでもないものが入っているのだろうかと好奇心が勝って、ごくり、と一度喉を鳴らして虎杖は再び意を決して指に力をいれる。 「何してんの?」 ギャー!と、後ろから聞こえた静かな高い声に、虎杖達は驚いて散り散りに飛び退いた。 しかし、よくよく見ると声の主は家入で、何ら恐ろしげな雰囲気は出していない。 呪霊を相手にしている彼らは、所謂おばけというものは怖くはないが、人の秘密を暴く、という悪戯が見付かった気分になって慄いた。 悪いことをしているせいで、高い声は決して男のものではないのに、何となく五条に見付かった様な気分にさせられた。 そんな3人のことなど目の前の家入は咎める様子もなく、ただ手提げを持って立っている。 「驚きすぎじゃない?何?悪戯でもしてたの?」 にやと笑っている家入に図星をつかれて、虎杖達はギクリと体を引き攣らせる。 家入の普段と変わらない様子に、怒られはしないとふんで、虎杖達がゆっくりと家入の前に戻っていく。 「マジで悪戯しようとしてたわけ?うわ〜ガッツある〜五条の護符だよコレ。疚しい気持ちで入ろうとしてたら消し炭だよ絶対。」 にやりと笑みを深めた家入に悪寒が走った虎杖は、開けろと煽った伏黒と釘崎に顔を向けると、2人は顔を背けている。 お前らな!俺だけ危ない目に合わせようとしやがって!と喧嘩し始めている子供達をそのままに家入はインターホンを押した。 「硝子ちゃんいらっ、」 扉が内側から開いて、喧嘩をしていた3人がぴたりと止まる。 大切なものを、物、と認識していた3人は、人間が顔を見せたことに驚いている。 「あら、伏黒君こんばんは。隣の子達はお友達?」 「こんばんは・・・最近入った同級生です。名字さん、何してるんですか?」 「何ってここ私の住まい。高専て申請すれば敷地内に住めるでしょう?知らなかった?」 一級呪術師の名字名前さん、と伏黒が紹介すると、虎杖と釘崎も名乗って挨拶を返している。 大切なものって大切な人って意味か、と3人が色めき立って目配せしていると、その雰囲気を感じ取った名前と家入も目配せして笑っている。 「そりゃ、人格破綻者が護符貼ってんだもん。気になるよねぇ。」 「硝子ちゃん同級生でしょう?その言い方キツくない?」 「アレと同級生とか一緒にされんのマジ勘弁なんだけど。」 顔は笑っているのに心底嫌そうな顔で家入が五条の話をするものだから、名前はケタケタと笑っている。 「勘違いしないでね、私恋人じゃないから。」 名前が楽しそうに笑いながら否定してくるが、それに納得出来ず、じゃあ何なんだ、何で護符貼られてるんだ、大切なものって何だ、と子ども達がボソボソと話しているところへ家入が割って入る。 「ほらほら、ここからは大人の時間だよ。子どもは帰って寝な。」 しっしっ、と家入に手で払われて、虎杖達は腑に落ちなさそうに踵を返している。 どうして護符が貼られているのかと聞きたいのに、それを聞く前に家入に追い返されたものだから、彼らの足取りは重そうだった。 「多感なときだから気になるんでしょうね。」 「多感じゃなくても護符だらけは気になるけど。」 名前が家入と玄関を潜りながらそう話すと、それもそうかと彼女の返しに頷き、しかし、その話題を膨らませるつもりのない彼女らはリビングでグラスを出して家入の持ってきた酒を手当たり次第に開けている。 「そう言えば悟も来るって。」 「え、来なくていいよ、アイツ呑めないじゃん。素面がいると白ける。」 酒を呷って笑っているのに面倒そうに家入が名前の報告にそう返すと、勝手に玄関が開閉する音が聞こえるからそちらの方を2人で眺める。 誰が入ってくるのかと確認しているのではなく、勝手に入ることの出来る人間は、護符を貼っている五条しか考えられないからただそちらを眺めているだけだった。 「もう始めてんの?寂しいじゃん。待っててくれてもいいのにさ。」 「呑めないヤツは帰ればいいのに。」 勝手に入ってきた五条を、家入が特別拒否した様子もなく薄ら笑ってからかうようにそう言うと、酔いの回っている名前はケラケラと笑ってそれを見ている。 家入の悪態にあまりにケラケラと名前が笑うから、そちらの方に五条は気分を害して、名前の鼻先まで顔を近付けて胸倉を掴み、サングラスの隙間から微笑みながら睨んでやる。 「名前が口移ししてくれるなら呑んでもいいけど?」 どうせ出来ないだろう、そんな意味の籠った五条の言葉に名前が視線を反らさずにグラスを引っ掴むと一口中身を口に含んで、五条の後頭部を掴むと唇を押しつけてやる。 どうせ出来ないだろうなんてそんな視線が腹立たしい、お前こそどうせ呑めない癖にこの下戸が、と名前が心の中で罵っていると、五条は素直に唇を開いている。 あれ、本気で呑む気なの、と名前が一瞬困惑すると、その隙を逃さずに五条は名前の首の付け根辺りを掴んで舌を捩じ込んでくる。 虚を突かれて、五条に流し込んでやろうとしていた酒が名前の喉に引っ込んでしまい、呼吸が上手く出来ずに思わず呑み込んだ。 もう酒はないのに五条の舌に吸い付かれ、名前が降参の意味も含めて彼の胸を力一杯殴るのに全く彼が止める気配はない。 「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!!」 「ねぇ、私の前でそういうのやめてくんない?そういうの見たくないんだけど。」 抵抗したそうな名前のくぐもった声に、どうでもよさそうに家入が言うと、それが良い区切りになったらしく、五条が名前の舌を離してニタニタと笑っている。 名前は、少し口の端から垂れた酒を拭いながら息を整えて五条を睨んでやるのに、相変わらず彼はニヤニヤと笑っている。 「呑むんじゃなかったの?!」 「だって僕の口に移してくれなかったよね?名前が移してくれないと呑めないよ。」 「はっ、腹立つううう!!!」 五条が呆れたように笑いながら、椅子に座ったままの名前を上から立ったまま見下ろしている様は、彼女を完全に馬鹿にしている。 名前と五条の言い合いの中、家入の携帯が鳴るから2人ともピタリと言い合いを止める。 まだ敷地にいるから向かうわね、と仕事モードの受け答えをしている家入に、大人しくしていた2人が恐る恐る声をかけた。 「硝子ちゃん?何かあった?」 「男子が寮で自主練して怪我したって。なんか激しく怪我したらしいけど、虎杖が何言ってるのかわからないから直接見てくる。」 お酒呑んだけど大丈夫だろうか、と名前が声をかけようとしたが、家入がザルで全く酔わないことを思い出して口を噤む。 「続きは、どうぞ私が帰ってからごゆっくり。」 家入が意味ありげに笑って名前の家を出ると、名前と五条は家入が出ていった方向を暫し見詰めてからどちらともなくお互いに見つめ合っている。 「邪魔者は消えた。」 「それ、昔深夜番組でやってたコントだよね?」 五条が耳元で変に誇張した言い方で囁くそれが面白くて、名前が可笑しそうに笑っていると彼も楽しそうに名前を椅子に押し付けながらぎゅうと抱き締めた。 (20210613) → |