ゆめしょ | ナノ ふたりのあいだに横たわる鋭利


ふたりのあいだに横たわる鋭利



五条さんと付き合ってるんですか、そう運転中に問われて名前はバックミラー越しに、問うた少女を窺う。どうしてそんなことを思うのだろうか、名前は不思議な気持ちでいっぱいだった。少女に何故そう思うのかよくよく話を聞けば、名前と五条が一緒に車から降りてきて、ご飯の話だとか、海の話だとかを何度かしながら親密そうにしていたからだとそう言うではないか。
しかし、名前は少女を知らない。
名前はこの高専生ではない少女と顔を合わせたのは今日が初めてだった。擦れ違ったことも、会釈したことすらもないのだ。初見は、任務につく前の少女のデータ化された書類の上だけで、名前は彼女についてよく知らなかった。
名前は、そう五条と頻繁に任務に向かっているわけではない。五条から、たまの気晴らし、としてドライブや食事を所望されるが、それというのも任務の度ではない。少女の言う通り、何度か、なのである。五条君目立つからなあ、と名前は何度かが少女の目についてしまった原因が思い当たって頭を悩ませる。
五条君とは高専の先輩後輩で、別にそういうのではないし、先輩後輩だから気安い仲ではあるけどやっぱり先輩後輩ってだけで、と少女にどうにかわかってもらおうと声をかけるのだが、少女は、でも、とか、やっぱり、とか、名前の言葉を否定するのだ。
俯いた少女は何を考えているのかわからない。俯いて名前と五条の関係を疑り、名前の否定すらも拒絶する。一体どうしたらいいのか、名前は神経を磨り減らしながら、自分とそう年の端も変わらぬ少女に気を遣って一日を過ごす羽目になった。




その出来事は、五条のせいではない。わかっているのだが、身に覚えのないことにあらぬ疑いをかけられるとどうしても神経は磨り減ってしまう。五条には悪いが何度か気晴らしの申し出を断り、一ヶ月程、五条と接触するのは任務だけにした。一ヶ月、と決めていたわけではない。そのぐらい経つと、痺れを切らした五条から、不機嫌そうに詰め寄られたからだ。

「なんで避けるの」

暗い色の声で不機嫌そうに言う五条の口調は、疑問系ではない。それは名前が避けていることを断定しているものだった。車の中で問い詰められるのはいい気分がしない。完全な密室で、逃げ場がないからだ。窓を少し開けて外の音を拾えば、多少はこの緊張感から逃れられるだろうか、と開けてみれば、寒いんだけど、と寒さを微塵も感じられない五条から間髪入れずにぴしゃりと言われ、名前は窓を直ぐ様閉めることになってしまった。
車内が重苦しい空気に包まれる。
先の少女といい、五条といい、運転中で逃れられない名前を確実に追い詰めてくる。運転中であまり気を逸らせないから上手い言葉が出てこないのも彼らは織り込み済みなのかもしれない。酷い尋問だ。

「ごめんて、気晴らし出来なくて」
「僕の話聞いてた?なんで避けるのか聞いたんだけど」

凄い怒ってるな、と名前が助手席に座る五条をそろりと横目で窺うと、彼は腕組みをして、ム、と口を歪めている。え、可愛い、と名前は思わずその顔を見詰めそうになって慌てて前に視線を戻す。
五条の強い口調に暗い声色は、どう聞いても怒りに満ちているのに、横から見た五条の口元の歪め方は、どう見ても拗ねているものだった。横からだとよくわからないが、眉間には皺が寄っているだろうに、目尻は下がっている。拗ねてるの?拗ねてるのね五条君!と名前はちょっと気の置ける後輩が自分に甘えていることが嬉しくて、ニマニマしてしまいそうだ。しかし、そんな顔をしては五条の機嫌は益々悪くなるだろう。何とか名前は口元を引き締めて咳払いをする。

「実は、丁度一ヶ月前ぐらいに五条君と私が付き合ってるのかって疑いをかけられてね」
「へ〜・・・」
「その子の誤解を解こうと色々言ったんだけど、中々話聞いてくれなくて、骨が折れちゃって・・・やっぱ五条君目立つから、ちょっと接触減らせばその子も落ち着いてくれるかなぁ、と・・・いうわけなんですね」
「ふーん・・・」

ちらり、また名前が五条を窺うと、彼は片手で口元を覆って何かを考えているようだった。五条が拗ねているだけとわかった今、名前の緊張感は解けている。次に五条が何を言ってくるのか、それは、なんだそうだったの、と納得してくれるような言葉だ。

「あっそ」
「そんな興味なさそうな・・・」

五条から問われたことに答えたのに、あっそ、とどうでも良さそうに返される。先程まで針の筵に立たされていた名前の緊張感を抱えた時間を返して欲しい。まあダラダラ続ける話でもないし、と名前は話題を変える。一ヶ月名前が軽く避けていたせいで会話をあまりしていなかった。

「五条君はこの一ヶ月どうだったの?やっぱ忙しかった?」
「一ヶ月前に彼女出来た」
「おお!!」
「昨日別れた」
「・・・早くない?」

タイミングがタイミングなだけに、名前はあの少女を思い出して、思わず五条に特徴を聞いてみた。まさにその少女だったのだ。名前が否定し励まして、大変な思いをしたのに、すぐに付き合ったらしい。私のあの辟易した時間を返してくれ、と切に願った。あれのせいで名前は五条を避けてしまっていたというのに。そうとわかれば、名前は避けていたことが申し訳なくなった。

「別に。期間なんてどうでもいいんだろ。俺と付き合った、てマウントが欲しいんだよ」
「そんな子には見えなかったけど・・・」
「断るのもメンドイし付き合ったけど、何か違うとかなんとか言ってきたからそれもメンドくて別れた」
「一ヶ月前の重苦しい私との会話は何だったんだ・・・」

五条君も何か冷たい言い方するし、と名前は溜め息をついた。付き合うことを軽く言える五条に、やはりモテる人間はこうなのだろうか、と恋愛観に差があるようだ。もっと真面目に付き合いなよ、などと言うのは踏み込みすぎだろうか。名前はその件には口を出さないことにした。

「そういうの対応するの時間の無駄じゃない?そういうこと言うヤツいたら僕に言ってよ」
「え、でも、」
「女の子紹介すると思えばいいじゃん」

あ、そっち、と名前は肩透かしを食らう。名前に絡んできた人間に何かをするのか、と思ったが、なるほど女の子を紹介する仲介になるということか、と名前は納得する。忙しい五条のこと、意外と誰かと出会う機会もないのかもしれない。

「五条君がいいなら」

名前の遠慮気味な言葉に、五条はちゃんと言うように念を押す。
名前が避けていた理由を話したとき、中々誤解が解けなかったってことはつまり俺と名前さんが恋人としてみられたんだふーん、と五条はうっかりにやけてしまって、名前にそのうきうきとした気持ちがわからないようになんとか隠した。名前とは先輩後輩でいたいのだから気持ちがバレてはいけない。
そんなうきうきとした気分も、すぐに消え失せた。
名前を五条の諸々に巻き込むことが嫌で、五条は彼女に気持ちを明かさない。付き合ってしまえば、彼女に悪意が向けられるからだ。名前はそんな悪意にも気付かないかもしれない。気付かずにふりまわされて、小さな傷を幾つも作るのだ。
現に名前はその悪意に気付いていない。名前が彼女はではないなんて、見ていればわかるだろう。五条のことが好きだと言うのなら、よく見ればそんな関係ではないとわかるはず。それでも名前に彼女なのかと件の少女が突っかかるのは、名前と五条が二人きりの時間を持っていることが許せなかったのだ。だから五条と付き合う前に名前を牽制したのだ。
その、名前に対する明確な悪意に、彼女は気付いていない。恋する少女の可愛い悩み、だとでも思っているに違いない。その可愛い悩みに辟易し、五条と距離まで置いたというのに。そんなことになるぐらいなら、五条への好意を名前から紹介されてこちらで処理した方がましだ。
やっぱり傑は正しい、五条は目に見えた名前への悪意に、夏油からのアドバイスに改めて感謝する。名前が欲しくてつきまとって、彼女が手に入ったとして、彼女はその後どうなるのだろうか。名前はそのどこから来るかもわからない悪意を五条に打ち明けることはないだろう。今のように五条の知らぬところで悪意を向けられ、傷付いて、傷付いた先がどうなるのかわからない。
後輩でいるだけでも、今のように疲れさせて傷付けてしまうかもしれない。それはわかってはいる。しかし、このぐらいの距離感は許して欲しい。名前に気持ちを打ち明けることも、触れることも、全部諦めるから、この距離だけは保たせて欲しい。それを許してくれるぐらいには、世界は優しいはずだから。

「うーん、でも五条君に女の子紹介するのはちょっとなあ」
「なんでよ?」
「だって彼女出来たら私との気分転換の時間削られそう」
「避けた癖によく言う〜」

ほら、世界は少しだけは優しいのだ。名前からのちょっとした独占欲が嬉しくて、五条は彼女をからかって笑って見せた。

(20220604)
title:エナメル



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