ゆめしょ | ナノ 01


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高級マンション、世間からはそう認識されるだろうそこに、名前はエントランスの認証システムにカードを翳して入っていく。
芸能人が多く住むと界隈では有名なマンションだが、名前はブランドものを身に付けているわけでも、髪を必要以上に手入れしているわけでも、スタイルが殊更いいわけでもない。ジーンズに清潔感のあるカットソーを着て、買い物袋を下げた名前は、住人というよりは家事代行を生業にしているような出で立ちだ。
マンションに張っているパパラッチもその手を緩めた。
名前は、そんなパパラッチの動向も知るよしはなく、目的の階へエレベーターを使って昇り、当たり前に鍵のかかった扉を開閉させる。

「悟ー、いるんでしょう?」

スリッパを出してペタペタと廊下を歩いた先で名前が声をかけると、だだっ広いリビングの大きなソファの肘掛けに白いものが乗っかっている。返事はなかったが、名前は五条を見つけると、あとは静かに買ってきた食材で簡単なものを作っていく。
寝てるみたいだから掃除機はあとでにしよう、と名前が次の算段を考えていると、きゅう、と腰に自分の物より太い腕が巻き付いている。

「いつ着いた?」
「1時間半前ぐらい?」
「いい匂いする・・・」

すんすん、と五条が名前の耳元で鼻をならしている。作り置きの粗熱を取って丁度冷蔵庫に収納したところだったから、キッチンにまだ匂いが残っているのだろう。
すんすん、とまだ鼻をならしている五条に、ちょっと摘まむ?と聞いているが、彼は腕に力を入れて名前を持ち上げるとソファまで連れてこられた。
五条の膝の間に名前は座らされると、ぎゅうと隙間なく抱き締められる。

「今の名前の仕事は俺のこと癒すこと。」

そう言って五条は名前の首にちうとキスをするから、彼女は彼に顔だけ振り返る。

「バイト代は先払いになりマス。」

名前の目が金になっている。名前は祓ったれ本舗の公式家政婦である。五条と夏油の住むマンションの鍵を渡され、時間があるときに家事をして帰る。五条からの連絡はそうないが、今出てるから良かったら、と夏油からは良いタイミングで家政婦のお誘いが来る。家主の許しがなければ、鍵を預かっている名前とて勝手に入れない。放置気味の五条と違って夏油は連絡をくれるからありがたい。ただ、たいてい夏油が連絡をくれるときは五条は部屋にいて待ち構えているのだ。やれこれをしろ、あれをしろ、と注文をつけてくるから、名前はバイト代をもらうことにした。家事代行とは別料金だ。
五条は、名前の言葉にローテーブルに置いていた財布を手に取ると、決まった額を抜き取って彼女に渡してくる。まいどあり、と名前は受け取るが、少しいつもより額が多い。ん?と不思議に思っていると、五条は膝の間にいた名前を持ち上げると、五条の膝の上に彼女を座らせて向き合う形にさせる。

「ちゅうして。」
「はい?」
「癒してくれる約束じゃん。」

キスをするのはこれが初めてではない。唇をくっ付ける程度は何度かしている。だがしかし、彼らは付き合っているわけではない。幼馴染という枠を越えた行為はしていないが、子どもの頃にしたキスという遊びを、成人した今の今まで続けている。
海外でいうところの挨拶程度の認識だ。
はいはい、と名前は五条の唇に一つ触れてやる。果たしてこれは癒しになるのだろうか。
名前が唇をくっ付けると、五条は物足りなさそうに離れた唇をまたくっ付けてくる。その御遊戯のような戯れを何度か繰り返していると、ぼうとその行為を受け入れていた唇にぬるりと湿ったものが這うからびくりと身構える。
身構える頃にはもう五条の舌が名前の口内に侵入していて、ぬるり、と舐め回されている。
え、と名前が驚いている間もなく、それは舌に吸い付いて、彼女がよくわからない間に気持ちが良いという感覚を植えつけていく。こんな、理性を奪われかれないことをされるからたまったものではない。家事だって、五条を癒してやるのだって、名前は昔のよしみでいくらだってしてやれる。寧ろしてやりたい。しかし、これはない。性的に扱われて勘違いなんて目も当てられない。五条が名前を幼馴染以上として見ていない事なんてわかっている。
期待を持たせることを許容出来るわけがない。

「ん゛ッ、」

五条が名前の舌を吸ってくるから、それを彼女は痛いと認識出来る程度に噛んでやる。動きの止まった五条に、名前は唇を離した。後頭部に回る五条の掌は離れることを許していなさそうだが、名前には関係がない。舌を吸われながら、五条の掌が背中を這い回ってブラジャーのホックにかかっているのは余計に許容出来ない。

「もう!そういうのは数多いる女として!」
「・・・別にいいじゃん。彼氏いないし?」
「そういう問題じゃない!幼馴染とセフレになろうとするんじゃない!」

名前が五条から飛び退くと、彼の隣に座り直す。
ご飯作ってお掃除出来て洗濯出来るスーパー幼馴染はそういないだろう。こちとら日常ではしがない社畜なの、と名前が言うと、五条は、金払ってるんだから俺の社畜になれよ、と良くわからないことを言って来るから無視を決め込む。
パタン、とこの不毛な遣り取りをしていると外から人が入る気配がして、彼らは二人して音の方を振り向いた。

「お邪魔だったかな?」
「いや全く。」
「超邪魔だった。」

名前と五条がそれぞれ返すのを聞きながら、夏油は五条の隣に座る。名前の隣に座ることを五条から許されていないからだ。私洗濯もの終わったか見てくるね、と元気良く宣言してリビングから出て行く名前を見送って、夏油は五条に向き直る。

「セックスでもしていようものならまた出ようかと思ってたんだけどね。」
「そんな気配微塵もねぇわ。」

名前に俺の色気きかないんだけどなんで?と五条がソファの背凭れに体を預けて、やってらんね、といじけるものだから、夏油は軽く笑ってやる。

「幼馴染だからじゃないか。その壁を崩さないと何も始まらない。」
「知らねぇよ、幼馴染でも男と女だろ。」

幼馴染って難儀なもんだね、と夏油がからかうように笑うから、五条が夏油の弁慶の泣き所を蹴ってやる。そこから小突きあいが始まり、エスカレートした彼らのじゃれ合いを止まるのに、戻ってきた名前は四苦八苦した。

(20211211)





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