06 たまには差し入れにお弁当とか持って行こうかな、と名前は家入が軽く摘まめるものを考える。 買ったものでも良いが、最近どうも中々休めていない家入のこと、きっと自炊なんて手間のかかることはしていないだろう、とメニューを考え出すが、そういったものを食べたい気分ではないかもしれない。 お弁当作りたい気分なんだけど食べてくれる?と名前がメッセージを送ると、すぐに家入の既読がついて嬉しそうなスタンプが送られてくる。 名前が家入にどんなものが食べたいか確認すると、普通の、と返ってくる。 普通と言うなら、洋食よりも和食が良いだろうか。 おにぎり、卵焼き、唐揚げ、和え物、とオーソドックスなものを作って弁当箱に詰め、お昼に間に合うように高専へと名前は急ぐ。 どうしてこうも高専内は階段が多いのだろう、と疲れきった名前は、校内に入ってやっと息をつく。 「あれ?名前?」 探すといないのに、探していないときに会うのは世界の法則なのだろうか。 名前は、まさか五条に会うとは思っていなくて、髪も化粧も少し手を抜いてしまった。 アホ毛立ってるんじゃ、と名前は思わず手櫛で頭を整えると、彼女の方へ向かってくる五条にこちらからも近付く。 「悟は授業?」 「そう。今は昼休みだから何か食べに行こうかなって。」 「私は硝子ちゃんにお弁当作ったから届けに。」 「お弁当?」 硝子ちゃん忙しそうでちゃんと食べてないんじゃないかなって、と名前が話して紙袋に視線をやると、急に紙袋を持っていた手が軽くなって視線を彷徨わせると、五条の手元に移動し、彼はそれを覗いている。 あれ、それ私の紙袋、と名前が軽くなった手元を不思議に思って確認していると、予期せぬ言葉が五条から聞こえて戦慄する。 「僕も食べる。」 「えっ?!」 名前が顔を上げるとそこにもう五条はいなかった。 名前の反応を見て、断られると察知したらしい五条は逃げたのだ。 そんなだってあれ悟が食べるようなものじゃない、と名前は焦って医務室に向かう。 家入にと言ったのだからおそらくそこにいるだろう。 名前は、家入と食べようと少し多めに持ってきたから、五条が食べたとしても家入の分がなくなったり少なくなることはない。 問題は、味や盛り付け方だ。 ちょっと焦げちゃったな、とか、味濃かったかな薄かったかな、だとか、家入なら笑ってくれるだろうと甘えに甘えた味付けと盛り付けをして持ってきてしまったのだ。 悟の口に私の作ったものが合うわけがない、と名前は青くなりながらバタバタと足が縺れるぐらいに慌てて走るが、慌てているせいで上手く前に進めない。 医務室に着く頃には息も絶え絶えという有り様だった。 「硝子ちゃん・・・!」 「ん?」 短く返事をした家入は、両手で持ったおにぎりを頬を膨らませて咀嚼している。 美味しそうに食べてくれてありがとう、名前は作った甲斐があってほっこりしているが、問題は家入の目の前の五条だ。 何かを食べたらしく五条は頬を膨らませてもごもごと口を動かしている。 「きゃあああ!悟は食べちゃ駄目!!」 「え?毒でも入ってんの?」 五条が冗談交じりにそう言うと、家入はほんの少し眉間に皺を寄せる。 悲しそうに潤んだ瞳で名前を見つめる家入は、五条の冗談に乗ったのだろうが、当の名前は家入の悲しげな瞳に、そうじゃなくて、とあたふたとしている。 家入に毒を盛るわけがないだろうことは誰もがわかっている。 「そうじゃなくて!悟の口に合うわけないでしょ!」 「そんなことないけど。普通に美味しいし。」 「普通!普通なものを五条悟に食べさせるなんて・・・!」 名前は、絶望に似た表情を作ると、え僕君の中で何なの、と五条は無表情に問いながらまた口の中に弁当の中身を放り投げるから、名前は絶叫している。 「だからああああ五条悟に食べてもらうようなものじゃないんだってええええ!!!」 「硝子は良いのに?」 「硝子ちゃんは私と同じ一般人。悟は雲の上の人なの。」 「何それ僕は枠が違うって言いたいの?失礼しちゃう!」 言いながら五条は、ぱく、と唐揚げを一つ口に頬張る。 きゃあああ、やめてえええ、と五条の止め方もわからずに名前は絶叫し続けている。 「名前、大丈夫だよ。五条はマックもカップ麺も食べるよ。」 「・・・なんだって?」 名前が吃驚して呆けていると、家入が名前の口に卵焼きを入れてやる。 もごもごと名前がそれを食べて受け入れていると、僕もやる、と五条はきんぴらごぼうを入れてくる。 食べてもらうために作ったのだから、味は勿論悪くはない。 だけど、食材が、と名前が唸っていると、じゃあさ、と五条が提案してくる。 「普段何食べてるかわかるように、一緒に買い物してご飯でも作る?今日の夜はどう?硝子も今日の夜空いてるよね?」 「おあいにくさま。と言いたいところだが、空いてる。決めつけるなよ。たまには私だって用事はあるんだよ。」 そんなこと言って用事断ってこっち来ちゃう癖に、五条が買う食材高過ぎて名前が引かないといいね、と楽しそうに五条が笑うと、家入は満更でもなさそうにからかって笑っている。 高専の同級生が楽しそうに笑ってるの尊い、と名前が更に惚けていると、五条はそんな彼女の鼻を摘まんで現実に引き戻した。 摘ままれた鼻に、痛い、と名前が顔を歪めていると、五条はケラケラと笑っている。 「名前のためのご飯作る会なんだから強制参加だからね。」 「夕方一件任務があってだね、」 「夜、間に合うようにさっさと任務片付けてきなよ。」 柔らかい口調なのに、是非を問わない絶対的な五条の物言いに、名前は思わず姿勢を正す。 夕方からなんだけど、と思いながらも名前は慌てて医務室から飛び出した。 お昼ご飯まだなんだけどどっかで買わなきゃ、と名前が思っていると、ひゃひゃひゃ、と五条の楽しそうな悪魔のような笑い声が医務室から聞こえてくる。 名前の反応が面白かったらしいが、昼ご飯を奪われ、任務を急かされ、更には笑われたのに、名前は夜の予定が楽しみで不快感はなく、口元が緩んでいた。 名字さんが、怪我、子ども、病院、と伊地知からかかってきた電話は、五条の応答を待たずに切れてしまった。 電波が相当悪いらしい。 夜になっても名前からの連絡はなく、電話をかけても繋がらず、代わりに繋がった伊地知は要領の得ない途切れ途切れな内容しか伝えてこない。 怪我?名前が?と五条は彼女が任務をこなす姿を間近で見ていたから不思議な気分だった。 私強いので、とそう前に言っていた名前が怪我をするだろうか。 何か問題があったなら報告が入っているだろうと、他の補助監督に確認するが、伊地知が事故処理で現場や現場近くの病院にいるということしか伝わっていないようだ。 名前のことを聞いても報告が上がってこない。 病院の位置を調べると、そう遠くもないから五条はそこへ向かう。 何も報告がないということは何も報告することがないということだ。 いつもならそれで片付けるのに、伊地知があまりにも不快な単語を残して音信不通になるから気になって仕方がない。 名前は怪我をしない。 そんなことはわかっている。 電話が繋がらないのも電波が悪いだけ、もしくはスマホが任務中に壊れたからと予想出来る。 もしかして病院になんていなくて、丁度帰路についているかもしれない。 「悟?何してるの?」 夜の病院へ入ると、名前はすぐに見つかった。 待合室で椅子に座っていた名前は、五条が入ってくると慌てて立ち上がって駆け寄ってくる。 伊地知さんに用でもあったの、とそう言いながら名前は寄ってくるが全く違う。 五条は名前の顎を掴むと、ぐいぐいと顔を左右に無理矢理振らせてから上に向かせて首を見てみる。 「痛い!首がめっちゃ痛い!」 「え?本当に怪我してるの?」 「悟の扱いが雑で痛い!」 「あっそう。」 「え?嘘でしょ?何その塩対応?」 名前の腕を五条は掴んでくるりと一度回らせてみる。 どこも痛そうな動きを見せないから怪我はしていないようだ。 「伊地知が変な電話寄越すから気になって来てみたんだよ。名前は電話出ないし。」 「あ、予定繰り上げて任務きたから、後で充電しようとしてたの忘れてて充電なくなっちゃって。」 「名前、怪我、子ども、病院、て単語しか伊地知言わないから、何があったのかと思ってさ。」 「私が怪我した子どもと病院に来てて遅くなる、って伝えてくれたんだよ。この辺電波悪かったのかな?」 現場に子どもがいてね、怪我したんだけど親御さん中々現場まで近付けないみたいで私が代わりに付き添い、伊地知さんは事故処理してて、と名前が説明してくる言葉はただの音として五条の頭の中に処理される。 「ねぇ、本当にどこも怪我ないの?」 「うん。私強いから。埃一つついてないよ。前も言ったでしょう?」 ム、と難しい顔をしている五条に、名前は首を傾げている。 「もしかして心配してくれたの?」 「するよ。君の中で僕どういう人間なわけ?食事すら硝子と差別するし。」 「悟はだって特別枠だよ。」 そっか、心配してくれたんだ、と名前は嬉しそうに頬が緩んでいる。 五条は心配したというのに、名前は笑っているだなんて苛々としてしまうが、怪我をしていないならまあいいか、と気を落ち着けていると今度は彼女の口からとんでもないことが吐き出される。 「悟、私が死んだら少しは悲しんでくれそう。」 パチン、と五条は無意識に彼女の両頬を両手で包むように叩いていた。 怪我がなくて良かったと、ほっとしている人間の前で言うことではない。 「死ぬことを簡単に受け入れるな。もっと貪欲に生きろよ。」 こんな職業だから、死とは隣り合わせだ。 そんなことは術師は誰もが覚悟している。 覚悟していたとしても、そうなることを前提に話されるのは気に入らない。 今心配して病院に来た五条の目の前で、死を語るなんてもってのほかだ。 五条はなんだかんだと誤魔化したが、認めたっていい。 名前が気になるし、心配だから、ここまで来てしまったこと。 前に名前が上京したてに現場で何かあったのかと、好奇心で見に出向いたのも心配だったからだと。 その頃には少し気持ちが芽吹いていたこと。 その気持ちを認めたっていい。 名前が五条の気も知らずに、軽々しく言った死の話は腹が立つし嫌いになったっておかしくないのに、彼女が本当に死んでしまうのでは、とそんなことを考えて今後を心配してしまうのはもう末期なのだ。 「ごめん、なさい。」 「うん。」 無理矢理上を向かせた名前は吃驚とした顔をしている。 何その顔ちょっと怒ったからって怖くなったとか、と五条がソワソワしていると、名前は表情を変えてヘラヘラと笑い出した。 「へへ、悟に心配されるの嬉しいなぁ。」 「僕怒ってるんだよ。」 「ひょめんなしゃい。」 あまりにも名前がヘラヘラと笑うから、五条が彼女の頬をムニムニと摘まんで伸ばしていると、痛い、と漏らす割に彼女は尚も嬉しそうにしている。 怖がられたりしていないことに安堵するなんて、なんだか変な気分だ。 五条はもにもにと名前の頬を弄びながらその変な気分と格闘していた。 (20220212) ← : → |