12 では現地で合流しましょう、七海は補助監督との通話を切ると、車の運転席に乗り込んでシートベルトを締めた。 高専に集合し、一緒に乗り合わせるはずだった補助監督は、前の現場でトラブルが起きてしまい、高専に戻っては来れないと言うのだから現地集合にする。 頭の中で現地に着いたときのシュミレーションを無意識に行って注意力散漫になっていると、助手席が勝手に開いて黒ずくめの男が乗り込んで来た。 「七海、ついでに乗せてってよ。」 相手に了承を得る言葉はなく、この方面ね、と決定した物言いをしてくる五条に、七海は問答をする時間と多少の回り道する時間を秤にかけて後者を選んだ。 断っても断っても、堂々巡りな会話になること間違いなしである。 五条は人の話を聞かない。 自分の話を好きなだけしてからやっと相手の話に耳を傾ける節があった。 高専時代の先輩と言えど、そんな相手に礼を尽くす理由もなく、五条が話しかけてくるどうでもいい話を、はあ、そうですか、そうですね、好きにして下さい、といなしては会話を進めていく。 ふと会話が途切れて、チラリと七海が運転に支障のない程度に五条を見遣ると、アイマスクのせいで彼が何故急に黙りこくったのかは窺えなかった。 心地の良い気温、陽も柔らかく差し込むような気分の良い日に何故五条の機嫌を窺ってしまうのか。 普段底抜けに明るい五条が黙ると何かあるのではないかと変に勘ぐってしまう。 どうしてそんな話をしてしまったのか、七海は口を開いてから後悔した。 「名字さんですか?」 「何が?」 「何かを考えているようだったので。」 「え?お昼何食べようかなって。」 アイマスクをしていても声でわかる。 五条はきょとんとしている。 七海は余計なことを言った気がした。 「え?何?七海、名前のこと気になっちゃう感じですか?」 「いえ、全く。」 「またまたぁ。気になんない相手のこと話題に出さないでしょ、七海は。あげないよ?」 「いりませんよ。」 「あ?いらない、とか人の女のこと下げた言い方すんなよ。」 「あげない、って言ったのはそっちでしょう。どっちなんですか。あと名字さんは貴方の女じゃないでしょう。」 「僕のだし。」 貴方のじゃない、に反応した五条は、口を尖らせて正面を向いている。 面倒な遣り取りのせいで、七海は運転に向ける意識が少しそれたらしい。 あれそこ右じゃなかった、と言われて七海は舌打ちをする。 やだぁ怖いよ七海ぃ、と可愛い子ぶって怖がるフリをしながらからかってくる五条を、七海は助手席の扉を開けて振り下ろしてやりたい。 「貴方の、じゃないでしょう。」 「僕のだし。」 「自分の、と言うなら名字さんが逃げられないような何かをするわけがないと思いますが。」 「あれ?気になっちゃう感じですか?」 「いえ別に。」 「またまたぁ。気になんないこと話題に出さないでしょ、七海は。」 堂々巡りする会話が面倒臭い。 否定するより乗った方がいいのか、それとも無視を決め込むか。 「まあ、彼女にどんな縛りを強いているのか、気にはなりますね。」 「えー、じゃあ交換条件!七海が名前と何話したのか教えてね!」 「貴方が勝手に何か話したって勘違いしてるだけです。」 「じゃあ僕も教えなーい。」 「名字さんが逃げられないようにしてる、と勝手に話したのは五条さんですよ。勝手に勘違いしている五条さんと、五条さんから直接聞いた話を気にしている私とでは、話す土台が違うでしょう。」 七海は、確かに名前から五条に関する本音を聞いた。 しかし、それは七海と名前の秘密であって、本当にその話をしたと確信が持てるのはこの二人のみだ。 話したかどうかも確信が持てないのに、勝手に決めつけてくる五条の話に、七海が答える必要はない。 「非人道的なものですか?」 「そんなに怖いものじゃないよ。縛ってるわけじゃないし。名前は僕のことが好きだから逃げられないってだけで。」 「好きじゃないなら逃げられる、と聞こえますが。」 「そりゃあね。僕だって鬼じゃないから。名前が僕のこと好きじゃないなら見逃してあげないこともないよ?」 好きなのに逃げようとするからさあ、と拗ねた口調の五条が、あ僕ここでいいや、じゃあねぇ!と信号待ちで停車している間に助手席から降り、七海がそちらを向く頃には彼の姿はなかった。 会話に乗って正解だったようだ。 下手に拒否してとぐろを巻かれるかもしれないと思ったが、乗ったことが功を奏したのか、あっさりと車から降りて勝手に何処ぞへと行ってくれた。 五条は名前とのことをあやふやに話して去ってしまったが、七海はそう聞きたいわけでもない。 気にはなるが、教えてくれると言うのなら聞きはするものの、どうしても聞きたいわけでもない。 聞いてしまった手前、気にはなるが七海は興味本位で根掘り葉掘り聞く人間ではなかった。 五条がソファで名前にちょっかいを出していると、彼女は始めは笑っていたものの、どんどんエスカレートする五条に、容赦なく拳をお見舞いするが、無下限のせいで全く当たらない。 当たりマセーン、と煽ってくる五条が名前は兎に角恨めしい。 バシバシと名前が意地になって拳や平手をお見舞いしていると、五条は楽しそうに笑いながらソファに寝そべって、名前を腹より少し下に跨がらせてくる。 名前にマウントをわざわざとらせて、その彼女が頑張っている姿を五条は眺めるつもりなのだ。 なんだコイツ性格が悪すぎる、これをイチャイチャと勘違いしてないか、無駄なことしてるとか思ってしまいには可愛いとか言い出すな、と名前は考えて疲れてきた手を止める。 「あれ、疲れちゃったの?無駄に意地張ってるの可愛かったのに・・・」 やっぱり、と名前はがっくりと肩を落としながら五条の上にぱったりと寝転がった。 拳や平手をお見舞いしていたときには全く五条に触れられなかったのに、今は五条の胸にぴったりとくっついている。 「なんか悟といると疲れる。」 「えー、僕は名前といると癒されるのに。今日も七海が口を割らないからさあ、疲れちゃったよ。名前が癒してくれなきゃ疲れとれないなあ。」 わざとらしい口調の五条は、まだ名前と七海の秘密の会話が気になるらしい。 だから何も話してないってば、と名前がうんざりした顔をすると、その表情すら可愛く見えるらしい五条は、顔を上げた彼女の額にキスをしてくる。 それが名前の五条に対するうんざりした気持ちや疲れも吹き飛ばす威力があって、あーやっぱ好きだなあ、なんて思って頬を赤くしていると、五条は嬉しそうに名前の頬を撫でている。 「僕も癒されたいなあ。名前にキスしてもらえたら僕も元気になるかも。」 五条から艶っぽく見つめられると、どうしてもそうしなければいけない、いや、そうしてやりたいと思ってしまう。 自分からキスをするのが恥ずかしいわけではないのに、五条の醸す雰囲気に当てられたのか、名前はどくどくと心臓が鳴ってゆっくりと彼の唇にキスをする。 名前が物足りなさそうにゆっくりと唇を離すと、五条は離れる彼女の首に腕を回して引き寄せてくる。 「足りない、もっとしよ。」 うっとりするほど綺麗な艶っぽい表情に、名前は恥ずかしいなんてものはその辺へ捨てて五条の唇に一つまたキスをすると、もっと、と五条が強請ってくる。 何度か唇をくっ付けて、ゆっくりと唇を開いていくと、どちらともなく舌を絡ませて、名前が終わりを見付けて舌を引っ込めようとすると、五条は物足りなさそうに吸い付いてくる。 そうやって夢中になっていると、何だか名前は妙に気分が高揚してくるから、やっとの思いで五条の胸を押して起き上がって気分を静めようとするが、五条はそれを読んだように名前の体勢を変えて彼の下に転がしていた。 全然変えられたのわかんなかった、と名前は五条が上になったのを見て初めて自分が転がされていることに気付く。 当たり前な五条との力の差に落胆してみるが、五条の下腹部を見て、そんな考えは吹っ飛んでしまう。 「ちょっと、私そんな気ないのに!」 「何言ってんの、あんなに濃厚なチュウしといて今さら逃げるなんて詐欺だよ!アタシのこと玩んだの・・・?さとこ泣いちゃうから!」 「泣かないで、その、ソレどうにかして・・・」 「どうにかするのは名前の仕事だよ。」 五条が固くなったモノを名前に押し当てながら彼女の首筋に口付けて、かぷりと軽く噛むと、彼女は体を震わすわりに拒絶した風がない。 本当には嫌がっていない名前は、逡巡しながらも、せめてベッド行こ、と甘ったるく五条に囁いてくる。 これが僕のものじゃないなんて有りえない、と五条は赤くなった名前の頬を撫でて、労るようにまた額に口付けると、唇にそれが降ってくると思っていた名前は軽く唇を突き出している。 思ったところに降ってこなかったことに、恥ずかしそうにしている名前が、五条はどうにも愛しくて仕方がない。 ああ可愛い絶対好きって言わせてやるからな、と名前からの愛の言葉はきっと極上だと想像しながら、五条は優しく彼女の望む唇に一つキスを落としてやった。 (20220112) ← : → |