傍観者



サウンドウェーブは自らと主君が同等であるとは思ったことなどない。剣闘士時代の互いに顔を合わせる前ならいざ知らず、仕えると決めた日からは常に上下関係を意識してきたしメガトロンに歯向かう危険因子を秘密裏に粛清したことも多々ある。改造を施した機体の耐久力は以前のものに比べれば随分と脆弱なものになってしまったが、そんなスペックの差を考慮したところで軍内において絶対的な我らが破壊大帝に盾突こうなどと考える愚か者共を叩きのめすのにそれほど苦労はなかった。そうして無様に地に伏す機体を見下ろす度、サウンドウェーブは何ともいえぬ感情に耽りバイザーに覆われた素顔を歪めるのだ。

あぁ、こんな、馬鹿馬鹿しい策略すら目に余る程になるまで傍観する彼の破壊大帝の器の広さも分からぬような、ただただ己が力を誇示することにしか興味のないような、一介の情報参謀相手にあっけなく敗北するような輩が身の程知らずに謀反を企てるなんて!


激情に突き動かされるままかろうじて脚部だと判断できる部分をぐしゃりと踏み付ければ、苦悶を滲ませる呻きを漏らすばかりで抵抗らしい抵抗も見せない相手に対しほんの一瞬、侮蔑とは別の思考が働く。もし気まぐれな主君自らが直に手を下そうものなら、この機体はこれほどまでに苦しさや痛みなどを味わう間もなく容易く事切れていたことだろう(もっともその気まぐれ自体かなり希少なので当て嵌まる機体は航空参謀くらいなのだが)。本人たちにとってはその方がむしろ幸せだったに違いない。メガトロンの折檻は例えるなら通り名そのものであり、対象に余程の利用価値があると判断しないかぎりは一思いにオールスパークの膝元へ送ってしまうはずだ。だからこそ、そんな生易しい最期など夢想できないくらいめちゃくちゃに痛めつけることこそ自らの役目であるとサウンドウェーブは自負している。

ふと、何気なく青く光るオイルに濡れた機体を見下ろせば、脚を破壊されただけでは失神できなかったらしい相手は絶えず全身に広がる痛みに身を捩ろうとして失敗していた。残念なことに軸となる両腕と下半身の一部はすでにサウンドウェーブの攻撃により大破してしまったので上手くいかないようだ。少しばかりその様子を眺めていたが、やがて呻き続ける煩わしい頭部を容赦なく踏み潰す。圧力によりブレインサーキットを弾き飛ばしながらただの金属の塊へと成り下がった姿をじっくりと観察してから身を翻したサウンドウェーブの思考はすぐさま次の作戦と敵陣の動きへと切り替っていった。


****


荒廃した空間を裂くように佇む広大な平地に、くすんだ色をした風が吹いている。空は青みがかった錆色をしていて、周囲に燻ぶる硝煙と事切れて横たわる数多の死屍から絶えず響く電子音がより一層銀色の地面を汚していくようだ。


そこに三機は佇んでいた。

サウンドウェーブは煙火に薄汚れたバイザーが映しだした景色に僅かに身じろぐ。感情の表現が乏しいので分かりづらくはあるが、付き合いの長い者ならばそれが息を呑んだ動作であると気づいただろう。ぴんと張られた糸のように、呼吸すら憚れるような空気の中で対峙する二機にサウンドウェーブの視線は注がれ続ける。赤と青の対照的なオプティックが捉えるのは両者とも互いのみであり、そこには他者が介入する余地などない。そんなことは随分と昔から知っている、とサウンドウェーブはあえてこの思考を放棄することにした。いつだって本当の意味で”特別”なのは揺るぎない瞳で主君を見据える司令官だけだ。サウンドウェーブ自身、どれほど忠義を尽くしたところでメガトロンにとって都合のいい駒でしかないのだから。


ふと、不意に響く、地を震わせるような咆哮。
それが主君の叫びであると認識する頃にはすでに両者は走り出していた。土砂を抉り、岩を砕き、ひたすら雄叫びを上げ、叫ぶ。声の限り叫ぶ。殺気立った二機が機体同士をぶつけ合う際の衝撃音はまるで命と命そのものを削り合っているようで、わざわざ遠巻きに見ているよう命令されずともサウンドウェーブに傍観する以外の選択肢は存在しなかった。見惚れる、という言葉は適当ではないかもしれないが、異常なほど高ぶった機体と目の前で繰り広げられる戦闘にセンサー類を集中させているサウンドウェーブには他に当て嵌まる言葉は導き出せない。ので、おそらくこの表現が正しいのだと了承した。

視界に入る位置にオートボット勢の姿はない。スタースクリーム率いる航空部隊が包囲網を敷いて足止めを行っているからだろう。メガトロンとオプティマスは過去、ダークエネルゴンの噴出時に決闘のような戦いを繰り広げている。密かにレーザービークに偵察を命令していたサウンドウェーブには目の前の二機が戦闘中は互いのことしか見えなくなるということも理解できていた。だからこそ事前に個人回線を通してスタースクリームに作戦の旨を告げておいたのだが、その際に散々文句を言っていたことを考慮してブレインの演算予想では彼らのうち誰か一人くらいはここに辿り着くかと思っていたサウンドウェーブの思考を裏切り今の今まで誰も駆けつける気配はない。どうやら高スペックの航空参謀は何を思ったのかやる気を出してくれたらしかった。それはそれで情報参謀自ら迎撃する手間が省けるので好都合である。


未だ鳴り止まぬ命の潰し合いと戦火に満ちた空間を蹂躙する鬨の声に耳を澄ませ、サウンドウェーブは何かに急かされるように瞳に殺意を込め躍る主君を見つめ続けた。




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