音のない空は、今この瞬間だけは、彼のものである。 大きく旋回しながら機体全体で風を裂き、上昇気流を見つけ流れにのる。地上ではただただ遥か彼方に浮かんでいた雲を眺めていたアイセンサーが、今、この瞬間、焦がれた雲を突き抜け地上を見下ろしているのだ。 ビークルモードのままではあるが、それでもスタースクリームにとっての音速の世界とは彼だけの庭であった。 ――――――"スタースクリーム" 録音されたもの特有の少し劣化した音声が、唐突に通信回路を流れてくる。一瞬びくり、と機体を跳ねさせたスタースクリームだったが、発信元を確認して小さく排気をもらした。雲の中を横切り、空中で大きく機体を翻す。発信者はサウンドウェーブからであった。普段ならば素直にどういった用件なのかを聞くのだが、今回ばかりは「…何だぁ?」とぶっきらぼうな言い方をしてしまう。 しかしそれも仕方のないことだった。せっかく気持ちよく空を飛んでいたところで、何の前触れもなく嫌いな破壊大帝の怒りに満ちた声で話しかけられて気分がいい奴などいるだろうか。(まぁサウンドウェーブにとっては、今日はあまり機嫌がよくないな、という程度にしか思われていないのだが) "今" "どこにいるんですか?" 「ん? 高度10000m地点にいる」 "なんだって!" "ずるいじゃないの!" 「な、…はぁ? 何のことだよ!?」 "私が幽閉されて" "るうちに" "一人きりで楽しんでたんだろ!" 「…悪い。お前ここんところ徹夜続きだったもんなぁ、」 だからこそ徹夜明けで倒れるようにスリープモードに移行してしまったサウンドウェーブ相手に”暇だから散歩に付き合え”などと無遠慮な真似はできないとスタースクリームは考えたのだが、どうやら逆効果だったらしい。そういえば二機で仕事を終わらせた時はよく一緒に飛んでた頃もあったな、と少しばかりブレインサーキットに懐かしい記憶が蘇った。思い返せばまだ戦闘が激化していなかったあの頃以来、サウンドウェーブとまともに空を飛んでいないことに気づく。 「なぁサウンドウェーブ」 " " 「実は俺様、ネメシスの真上にいたりするんだが…出てこれるか」 " " 「おぅ。…しばらくは待っててやるよ、っと!」 ぐるん、と急上昇した機体が次の瞬間には重力に引き寄せられるように急下降する最中、気圧をものともせず一瞬でトランスフォームしてみせたスタースクリームは、そのまま無抵抗に青と白と太陽の光の中を落ちていく。センサー類のほとんどが鋭い風音と機体にかかる圧を感知する間も、爛々とした赤いオプティックだけは頭上の眩しさと作り物のような白い雲の群れを見つめていた。 スタースクリームにとって、自由の溢れる空は庭と同じである。けれどもし恋仲である相手と同じ空間を共有することができるのならば、それは、居心地のいい庭が別の何かへと変わることを意味しているのではないか、と思うのだ。 そうしてネメシスの甲板が視界に入った瞬間、(いやむしろ特徴的な構造の細身の機体を認識した瞬間というべきだろうか) 甲板の床に激突する寸前で再びビークルモードへとトランスフォームしてみせた。華麗、の一言に尽きる。 「そんなに急がなくても待っててやったのに、」 「"早く" "君と一緒に羽ばたきたかったの"」 「…そうかよ。まぁ、無理だけはすんなよな」 くるくると互いに螺旋を描きながら交互に飛行していく二機が果たしてこれを"デート"の一種であると認識しているかは、多分だれもしらないだろう。そう、本人たちですら。 ![]() |