One word more.



戦いの舞台が地球へと移り変わってから、ラチェットのブレインサーキットには取り留めのない思考に耽る癖がついてしまったように思う。決して、それだけの精神的余裕があるという意味ではない。むしろサイバトロン星にいた頃よりも人員も機材もない状況で戦闘を強いられる日々は精神的にも肉体的にもオートボット側の負担となっているのだ。戦場は常に一触即発の緊張した空気に包まれている。

だが、そんな状況下であってもなおラチェットに物思いに耽る癖がついたのは、現在オメガワンの留守を頻繁に任される身となったことが大きな原因であった。



そして、いつからか分からないほど昔から自分のブレインの片隅を陣取っていた馬鹿げた感情に気づき、あまつさえそんな一時的なバグをずっと削除できずにいることも、要因の一つではないか、と、ラチェットは思っている。



******



異変に気づいたのは、ミコだった。


「ねぇねぇ大丈夫?」

「……何のことだ」

「ほらそれ!…さっきから何かぼーっとしてない?」

「…、あぁ、実験途中の薬品について考えていたからだろう」


ラチェットの言葉に半信半疑で相槌をうつミコは相変わらず不服そうな表情を崩さない。嘘ではないのだ。合成エネルゴンは化学式から見直している最中だし、基地に常駐していることが多い分だけサポート面での対策も考えている。ラチェットは嘘はついていない。ついていない、が、同時に、それだけが全てではないのも事実であった。

そして納得した素振りを見せていたはずの相手は、落下防止用の柵から身を乗りだしては揺れる細い体に内心"あぁそんな不安定な場所で不安定な姿勢をとるんじゃない人間の体は衝撃に弱いんだぞ落下したらどうする!!"などと焦燥しきっているラチェットに気づいているのか気づいていないのか。(この笑顔から察するに、おそらくこちらの動揺を知った上でからかわれているに違いない)


「……扱い方を聞いておくべきだったな」


疲労感を滲ませながら排気し、策が設置された壁を背に座りこんだラチェットは、何ともいえない表情で目を瞬かせるミコに首を傾げた。何か変な言動をしただろうか。いや、危うい動作をやめてくれたところ見るかぎり間違ってはいないはずだ。どうした、と問えば「もっと渋るかと思ってたのになぁ…」とつまらなさそうな視線を向けられる。どうやら予想通り反応を楽しまれていたらしい。バルクヘッドがどうやってこの掴みどころのない少女と上手く付き合っているのか、きっと教えてもらったところで自分には完全に理解することはできないだろうし理解したくもないな、とラチェットは思った。


「だってさ、ほら、モニター見てたじゃん。もういいの?」

「あぁ、…」

「…ラチェット?」

「ん?」

「やっぱりおかしいよ…どうしたの? 具合悪いとか?」


ただ、ミコという人間がただ好き勝手に騒ぐだけで何も考えていないかというと、そうでもない、ということだけは分かるのだ。感情が先走ることが多いだけで、年相応以上の優しさも勇気も持ち合わせている。あえてラチェットの手に余る理由を挙げるなら、こうして時に妙に鋭い言葉を突きつけてくるところだろうか。


「だから言ってるだろう、何もない」

「嘘」

「…本当に何でもないんだ。調べてみたがどこにも異常はなかったし、」

「調べてみたって…今日が初めてじゃないの?」


しまった、と口を噤んでももう遅い。不安げだった眼差しは真剣味をおびてこちらを見据え、「手だして」と言われて渋々ながらも差しだした掌に飛び乗ったミコの態度は"白状するまで退かない"と物語っていた。こうなった場合のミコは頑固として意思を変えない。バルクヘッドとの押し問答を間近で眺めていたラチェットにはそのことがよく分かっている。

あまつさえ、今の自分はミコと二人でオメガワンの留守を任されているという奇妙な状況に立たされているのだ。普段のように大騒ぎする相手がいないだけ静かではあるが、こうも至近距離で目が合っているのだからラチェットに逃げ場なんてものはない。

(ちなみにジャックとラフの二人組は互いのパートナーを含めた4人で遠出してしまっており、ではなぜミコだけが取り残されたのかと言えば、今回の偵察の巡回当番が運悪くオプティマスとバルクヘッドに当てられていたからである。バルクヘッドは彼らしくもなく必死に謝っていた。だからだろうか、ミコが長い暇を持て余すのを承知で「しっかたないなぁ…じゃあここで待っててあげる」と微笑んでいたのは)


「今から話すことは誰にも…そう、オプティマスにも秘密だ。約束できるか?」

「ジャックやバルクヘッドにも?」

「あぁ。彼らにもだ」

「…分かった約束する」


目を泳がせながらもしっかりと頷いたミコをしばらく見下ろして、こちらからも小さく頷き返した。そうすれば素直に強張っていた表情から力が抜け、年相応の幼さを取り戻す姿にラチェットの方も何だか毒気を抜かれてしまう。こんなに執拗に約束させてしまったことに一種の罪悪感すら抱いたが、誰にもいわないようにと用心深く釘を刺したのは決してミコを信頼していないからではないのだ。本来ならばミコにすら話すべきではないことなのだろうな、とブレインが冷静な演算結果を導きだす。たしかに軍医としては誰にも言わずに抱えこんだままでいることが最善だろう。


「……」

「…ミコ。落ち着いて聞いてくれ、」


しかし、それが"ラチェット個人"としてであるなら、はたして同じ意見が当て嵌まるのかどうか自身では判断のしようがなかったことも事実である。


「私のブレインサーキットは、このままだと46時間後に機能停止してしまう」




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