猫と若者と不可視の面



今と同様、もしくはそれ以上に生真面目で頑なな姿勢を崩さなかったウルトラマグナスは地球に降り立った当初から高圧的な態度で振舞っていた。

それまでオプティマスの下でチームとして動いていた面々は当然のこと、途中から合流したスモークスクリーンだって言い様のないもどかしさを感じたことが何度もある。もし自分たちを率いてくれていた彼だったならば。ウルトラマグナス同様に冷静さを欠かないながらも際限ない優しさや情を持ち合わせている彼の人ならば、きっともっと自分のことを分かってくれるのではないだろうかと。そんな気持ちはオプティマスの鮮やかな復活で歓喜する仲間たちも少なからず抱いていたようで、各々のモチベーションにも目に見えて変化が生じた。

もちろん希望の象徴である司令官が戻ったのだ。ある意味で当然といえば当然である。目の前で失う絶望を、一つの偉大な命が消えようとする瞬間をまざまざと目にしたスモークスクリーンだってそれはもうオプティマスの復活を盛大に喜んだ。仲間から言葉少なに自身の行動を讃えられた時は言いようのない嬉しさに胸が弾んだ。

ただ、ウルトラマグナスだけはどこまでも不変だった。相変わらず規律を一番に重んじる真面目一辺倒な態度は司令官が戻ってきたことによってより硬派にすら感じられ、正直なところスモークスクリーンも内心辟易としていた。かと言ってその不満を口に出すほどの勇気もホイルジャックのように真正面から突っかかれるほどの度胸もなく。たまに話しかけられる機会があるかと思えば自身の言動への叱咤ばかり。元より関わることの少なかった相手ということもあって自主的にウルトラマグナスに接しようという意欲は失せていった。彼にとってはきっと自分たちの感情の機微など汲み取る価値すらない取るに足らないものなのだろう、と。



「…猫?」


だから基地の隅で彼が猫を見ている姿を発見した時にスモークスクリーンが抱いた感情は、他でもない焦りだった。柔らかな日差しの中で心地よさそうに地に寝そべる有機生命体を青い機体が無造作に摘まみ上げ基地の外に放り出す光景が容易に想像できたからだ。その予想を肯定するように立ち尽くしていたウルトラマグナスが屈み込む。大きな手が伸ばされる。首輪がないので野良猫だろうと思うのだが、人慣れしているのか差し向けられる金属の指を見上げるばかりで身を起こそうともしない。アーシーやバルクヘッドはバンブルビーと共に偵察へ向かってしまったし、ホイルジャックはスターハンマーの整備に行ってしまった。奥の方でモニターと向かい合いながらオプティマスと話し込んでいるラチェットにわざわざ声をかけるのも憚られてしまう。にゃぁお、と呑気に欠伸をする猫の柔らかそうな赤毛にウルトラマグナスの指が触れた瞬間、とうとうスモークスクリーンは意を決して歩を進めた。何か上手い言い訳を探さないと。野良猫のことは俺にでも任せてくださいよとでも言えば容認してもらえるかななどとブレインを働かせながら声をかけようと動かしたフェイスパーツは、しかし猫の頭を一撫でし床に座り込んだ青い機体によって中途半端な状態のまま固まってしまった。

ぽかぽかと眩しい太陽の下で寝転がる猫の隣で、それをじぃっと見下ろす一機の堅物。何とも違和感のある光景を呑み込みながら立ち尽くしていたスモークスクリーンはふと、このままここで彼らを眺めていていいものか悩んだ。幸いにもウルトラマグナスの意識は猫に向けられているようでこちらには目もくれていない。自分は何も見なかったと立ち去るならばこんなに絶好の機会はないというのに、それを理解していながらもスモークスクリーンの脚部はまるで地に固定されているかのようにぴくりとも動かなかった。


「…こんなところで何をしている」


そうこうしているうち、独り言のように落とされた声に意図せず機体が強張る。ある程度距離があるとはいえ自分が彼を眺めていたことが知られてしまったのではないだろうかと。どんな説教をされるだろうかと陰鬱な気分に浸りかけたスモークスクリーンの両目はすぐさまそれが杞憂であったと理解した。ウルトラマグナスが眼下の猫の顔を覗き込むように身を屈めていたからである。

無骨な指が無警戒に晒されている猫の腹を撫でていく。にゃーと甘えた声をだして硬い金属の指に頭を擦りつける猫の赤い毛並みはよく見れば薄汚れていたけれど、日の光に透けたその色の美しさに思わずこちらも目を奪われた。元は綺麗な毛色をしていたんだろうなぁと思いつつぼんやりと一機と一匹の戯れを眺める。


「貴様はよくここにくるのか」

「ぅにゃ…」

「…ここは危ないぞ」

「んにゃーぉ?」


有機生命体に似つかわしくない作り物めいて見える猫の両目が不思議そうに頭上のウルトラマグナスを捉え、それを見返す青いオプティックがわずかに細められていく。心なしか常よりも柔らかく響いている声音も傷がつかないように考慮してか微動だにせず猫の好きにさせている指先もどれもが戦いの日々の中では決して晒されることのないだろうウルトラマグナスの本質のような気がして、スモークスクリーンは初めて、自分ももっと彼と話をしてみたいという衝動に駆られた。


かしゃん、と無意識に踏み出した脚部が鳴らした音にそれまで温厚だった青が鋭い空気を纏ってこちらを見据えてくる。

気の抜けた鳴き声をあげ続け尾を揺らす有機生命体から指を離し立ち上がった相手はスモークスクリーンを見下ろし、何かを口にしようとフェイスパーツを動かしたが、一瞬躊躇うような素振りを見せた後に再び口元を引き結んだ。それを見て目の前の相手に伴い硬くなっていたスモークスクリーンの表情が、ふと緩む。こちらのそんな変化に訝しげな視線を送ってきた相手の疑問に答えることなくその脇をすり抜ければ、青い大型機は露骨に制止の声を上げた。今までの自分だったならばそれに応える義務を意識しすぎていて躊躇してしまっていただろう。


だが、焦燥感の滲む視線が照れの裏返しなのだと、今のスモークスクリーンにははっきりと理解できたから。


だからあえてウルトラマグナスなど眼中にない態度をとることにした。そっと傾けた上半身に何事かと顔をあげた猫の頭に指先で触れる。実際に近づいてみて分かったのだが、この猫は同種の中でもある程度大きい個体のようで自分たちトランスフォーマーが触れても特に小さいと感じることはなかった。ウルトラマグナスの時と違ってかすかに逆立てられている毛に思わず苦笑が溢れる。

こいつは貴方の方が好きみたいですよと笑いながら振り返れば驚愕の色を滲ませたまま立ち尽くしていた相手がわずかに首を傾げて近づいてきた。猫の頭上に座り込んでいるスモークスクリーンの隣にしゃがみ込み、不思議そうに顔を覗かせる。


「…この生き物の機嫌が分かるのか」

「分かるというか、まぁ、何となくっすけど…俺が触ると不満そうなんで」

「不満?」


大きく平たい手指がゆっくりと赤い毛並みの背から頭までの曲線をなぞるように撫でていく。先程まで遠目に眺めていたその光景が眼前で繰り広げられている事実にスモークスクリーンは妙な心地良さを感じた。思わず緩んでしまう口元を誤魔化すよう上官に伴って触れた猫の耳先は今まで触れた記憶のないほど柔らかくて酷く興味をそそられたけれど、それまで気持ちよさそうに閉ざされていた猫目が抗議するように見上げてきたものだから、やっぱり俺は嫌われてるのかなぁと何とも言えない気持ちになりながら大人しく手を引いた。

その一連の流れを横で見ていた相手も流石に理解したのか、どこか戸惑った様子でこちらを見てくるのでとりあえず笑って頷いて見せる。その仕草に特に深い意味はなかったのだけれど、それをどう受け取ったのか納得したように頷き返してきた相手がそのまま床で胡座をかいて本格的に猫を撫でる姿勢をとり始めたので、スモークスクリーンも何となく膝を抱えて隣に座ることにした。




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