つまるところ所有物



ほぅ、と吐き出された排気が頬を叩く感触を敏感に感じ取ったセンサー類に導かれるよう、色の失せたオプティックにおもむろに赤い光が灯る。

無事にスリープモードからの移行を完了した旨を表示する文章を視界から追い出せば、覚醒直後の妙に気怠い感覚がサンダークラッカーを支配した。んん、と顔を顰めつつ肘をつき身を起こしてみる。真っ暗な室内で何となく自分以外の気配を感じ視界を暗視モードに切り替えてみると、一人分の毛布を申し訳程度に占領したスカイワープが隣に寝転がっているのが見えた。なるほど通りで妙に温かいわけである。


「…スカイワープ、」


無防備に晒されている目元には光が灯っておらず、相手が完全に眠っているのだと理解した。起こさないよう、そぅっと腕を持ちあげ、震えそうになる指先の腹で白い頬に触れる。輪郭をなぞるように滑らせた指に伝わるスカイワープの体温の名残が愛おしくて仕方ない。可愛いなぁとサンダークラッカーが頬を緩ませればそれに同調するかのよう、へらりと相好を崩したスカイワープの手がもぞもぞと毛布を引き上げた。

翼に負担をかけないように仰向けか俯せでしか眠ることのできないジェットロンにとって、一つの寝台で狭苦しく身を寄せ合うのはあまり得策とはいえない。それでも自分の部屋へきたということは余程スカイワープは寒かったのだろうか。それとも、いつもの”あれ”だろうか。まぁそんなのはどっちだっていいさと早々に思考を切り捨て、共有していた毛布の残り半分で相手の機体を包んだサンダークラッカーは一度だけ毛布越しに温かな体を抱きしめると、さて今は何時だろうかという疑問に思い至った。ゆっくりと身を起こす。


確認してみれば時刻は地球でいう午前2時半。まだまだ日が昇る時刻にも及ばない。かと言ってすっかり頭が冴えてしまったサンダークラッカーは再び惰眠を貪る気にもなれず、ぼんやりと寝台の背もたれに寄りかかったままスカイワープの寝顔を眺めていた。スリープ中の長く浅い排気を繰り返すスカイワープとは違った速度で排気し上下する自身の機体が何となく気に食わなくて、特に意味もなく隣の兄弟機と同じ周期で排気してみる。心地いい。


「気持ちよさそうな顔してんなぁ…」


けれどやはり一人きり静かな空間で過ごす時間というのは思いの外退屈なもので、すぐに飽きて眼下に晒された寝顔へと手が伸び始める。むにっ、と片手で頬を掴むと唇を突き出した間抜けな顔になった兄弟機にサンダークラッカーは小さく笑いを漏らした。かわいい。僅かに上体を傾けて横から覗き込んだスカイワープの頬を両手で包めばむにゃむにゃと不明瞭な言葉をもらす口からクラッカー、と自身を指す愛称が紡がれて何とも言えず幸せな気持ちになる。

あまりに長く付き合ってきたものだからもうそれがいつからだなんて正確なことは覚えちゃあいないが、スカイワープには昔から気まぐれにクラッカーのベッドに潜りこんでくる癖があった。その場面に何度か遭遇したスタースクリームには「帰巣本能かよ」と呆れ顔で息を吐かれてしまったが、むしろサンダークラッカーにとっては嬉しいことだ。たしかに時と場所を選ばず繰り返される悪癖に可愛さよりも鬱陶しさの方が上回ったことがないと言えば嘘になる。寒いと言っては徹夜明けのこちらを一切考慮せずシーツを機体中に巻きつけて部屋の戸を叩かれたこともあるし、酔っ払ったまま侵入してきては安眠にまどろむ最中に寝台から蹴り飛ばされたこともある。あぁ一番心に刺さったのは寝惚けて機体にしがみついてきた相手をそのままにしていたらメガトロン様の名前をずっと連呼しだした時だったか、と手の内のフェイスパーツを悪戯に揉みしだきながら思考していたサンダークラッカーは不意に手をとめ、機体を捻った不安定な姿勢のまま顔を近づけていき、安らかな寝息をたてている無防備な唇に自身のそれを重ねた。


「ん……、」


ふっ、と角度を変えて触れ合わせる際、無意識にスカイワープが吐き出した排気に思わず目を細める。そうだ、たしか、あの時も執拗に破壊大帝の名を呼ぶばかりの口を耐え切れずに塞いだんだった、とようやっと記憶メモリーの底から発掘した情報に小さく笑った。結局その後は違和感に目覚めた兄弟機の困惑も甘えた声も何もかもを無視して雪崩こむように接続したのだ。

突き出した舌で薄く開かれたスカイワープの唇を舐める。そぅっと差し込んだ舌先は相手の口内の熱さと柔らかさを認識した途端に理性を失い、ぐ、と無意識に顔を大きく傾け押し付けてしまった。堪えきれず奥に隠れていたスカイワープの舌を絡めとって吸いあげてやるとほんの少し顔を顰めた相手が低い唸り声を上げる。


「ふ、ぅ…ん――…ッ、ぁ、…」


上顎をくすぐったり歯列をなぞったりと一通り相手の口内を味わった後、何となく名残惜しい気持ちのまま隙間なく触れ合っていた口付けを解く。つぅ、とサンダークラッカーの腔内オイルが紡いだ銀色の糸が途切れる瞬間、急激に内部に取り込まれた酸素にむせて喉を震わせたスカイワープの口の端を数筋のオイルが伝い落ちた。それが自分が相手の中に流し込んだものであるかもしれないという事実と眼下に横たわる機体が僅かに頬を赤らめている光景に興奮したサンダークラッカーが思わず肩を掴んで相手の名を呼べば、ぼんやりと灯されるだけだったオプティックの赤がやがてはっきりとした色を浮かべていく。


おはよう、ワープ。二人きりの時だけ囁く愛称を紡いで鼻先に口付けると、数度だけ明滅した赤いオプティックで絞り出したような頼りない声音で律儀にもおはようと言葉を返してくれた紫の兄弟機は、酷く億劫そうな様子で首を傾げてみせた。


「…ンぁ……くら、…かー…?」

「ん?」

「ここ…お…ま……へや…かぁ?」


あぁそうだと大きく頷いてみせれば途端、ふにゃりとやたら嬉しそうに笑うスカイワープに意味もなくスパークが跳ねた気がした。ふふふ、と機嫌よさげに漏らされる吐息が無意識に傾けていた頬に触れてどことなくくすぐったい。寝台に押し付けていたはずの腕はいつしか相手から甘えるような仕草で背中に伸ばされていて、その事実にサンダークラッカーは歓喜した。

スカイワープが好意を寄せているのは自分ではなくアストロトレインなのだろうということは知っている。百歩譲って自分たちが心おきなく甘えられる間柄であったとしても、おそらく自分とあの口の悪いトリプルチェンジャーは決して同じ程度の好意を向けられてはいないのだろう。そもそも比べる基準が違うのだから当然とも言えるのだが。相手がスカイワープと同等の感情や態度を彼に返していないことだけがまだ救いの種である。


ただ、それでもサンダークラッカーはこうしてスカイワープがふらりと自分の元にやってくる瞬間が好きだった。彼の帰る場所は自分の元しかないのだと思わせる悪癖が結局のところただの都合のいい勘違いだろうと思い込みだろうと、そんなことはささかな問題でしかないのだ。スカイワープが完全にアストロトレインのものではない、という事実こそがサンダークラッカーの欲するものなのだから。


「………いっそ閉じ込めちまえばいいのかな」


すぐそこで繰り返される排気音に耳を澄ましながら零れた願望。殊更小さく吐き出したそれは幸か不幸か相手の聴覚センサーには引っかからなかったようで、警戒心を削ぎ落とした猫のように甘えた表情を晒すスカイワープは向けられた言葉の不穏さを感じることもなくサンダークラッカーの胸元に擦り寄った。ねみぃなぁと欠伸混じりに囁かれた声にそうだなと相槌を落としてやれば不安定に揺れていた赤い光が再び色をなくしていくのが分かる。

どうやら二度寝を決め込んでしまったらしい相手の隣に腕をついて寝転がりながら目を細め笑みを浮かべ、あぁやっぱり俺のスカイワープは可愛いなぁ、とサンダークラッカーはそれが当たり前の事実であるかのように心中ひとりごちた。



戻る

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -