よるのはなし



いつからか、サイクロナスの聴覚センサーは時々声を拾うことがあった。
それは低く呻くような苦しげなものであったり、か細く啜り泣くような頼りないものであったりする。ロストライト号の船員たちが寝付く夜にこちらの意識を刺激してくるそれは酷い時には絶叫や慟哭にまでなるのだ。二人きりの室内で声の主が誰かなど愚問であった。が、仮にそれが誰であってもサイクロナスは夜間のルームメイトの言動について言及する気など毛頭ない。相手が何も言ってこない以上自分が関わるべきではないだろうと思っていたし、何よりテイルゲイト自身が隠したがっていることをサイクロナスは知っていたからだ。

だから、何も言わなかった。
今、この瞬間も、何も言えなかった。


「…―…――ぅ、」


眠りの淵を彷徨いながら聞こえてくる嗚咽によって意識が鮮明になるにつれ、スリープモードを解除したブレインサーキットは嫌でも途切れがちだった音声をクリアに処理してしまう。またか、とぼんやりと状況を把握したサイクロナスはオプティックの出力を切ったままもぞもぞと控えめに機体を動かした。こういった場合、大抵サイクロナスは寝返りをうってテイルゲイトの声に背を向けることにしていた。そして、彼の発する音がぴたりと途絶え、隣から聞こえる穏やかな稼動音で完全に眠ったのを確認してから自身もまたスリープモードへと移行する、というのがサイクロナスにとっての常である(ここで聴覚を切り早々に眠るという選択肢を持ち合わせていないことに本人は何の不思議も感じていない)。

もちろん下手な芝居であることは自覚していたが、当の本人はこちらに気をかける余裕もないようで気づかれている気配はないのだからまぁ良いだろう。

しばらく放っておけばいつものように泣き疲れ眠るはずだと踏んで寝返ったままの姿勢で耳を澄ましていたサイクロナスは、ふと、ガリガリと聞き慣れない音が聞こえたことに違和感を覚えた。そして相次ぐ、痛みを堪えるような声。普段とは違うそれに妙な焦りを覚え慌てて身を起こせば、暗がりに馴染んだオプティックは気だるげに身を起こしているルームメイトの姿をはっきりと捉えた。また、彼が寝台の上で何をしていたのかも。

え、サイクロナス、と驚いた声音で機体を震わせる相手を無視し片腕を掴む。わぁああぁ、と間抜けな声を発しながらもしきりに腕を奪い返そうとするテイルゲイトの手を制しながら掴んだ腕を引き寄せれば、小さな白い指先には青い塗料がこびりついていた。思わず眉を顰める。そうしておもむろに互いの寝台のそばに設置された簡易ランプの明かりを灯すと、光源を得た視界はより鮮明にテイルゲイトの白と青の装甲を照らしだした。線の細い機体が居心地悪げに身をよじる姿をただ無言で眺める。


「…ぁ…ぅ、…ええっと、あの、サイクロナス、」

「……」

「そのっ……手、を「何をしていた」

「へ…」

「何をしていたのかと聞いている」


平坦な声で淡々と話すサイクロナスは怯えたように身を竦ませるテイルゲイトに訝しそうな視線を送った。それをどう勘違いしたのか、慌てて言葉を紡ごうとする機体の動揺を吟味するように細い腕を握っている手を緩める。


「…ぁ、大したことじゃないよ! ちょっと気になる所があって、えと、それで…」

「……」

「すこ…し、装甲を弄ってただけなんだ。本当だよ」


バイザーとマスクを装備しているくせに何故こいつはこれほど分かりやすいのだろうか。


ならばこれはどう説明するのだ、と胸元の引っ掻き傷とその指についた塗料を突きつけて先程のテイルゲイトの行いを正すこともできたが、サイクロナスはそうしなかった。そうか、と静かに相槌を打っただけだった。じっと小さな白い機体を見つめ、まるであやすように握っていた腕を自身の掌で撫でる。鋭い爪で装甲に傷がつかぬように接する姿は出会った当初からは考えられないもので、サイクロナスの気遣いの片鱗をみせるそれにテイルゲイトが内心喜んでいたことなど不器用な武人には気づけるはずもなかった。


「……」

「……」

「……」

「ねぇサイクロナス」

「……」

「ぼくね、誰かに心配してもらった記憶がないんだ」


もしかしたらあったのかもしれないけど、たぶん、ずぅっと昔だったから忘れちゃったのかなぁ。


サイクロナスが撫でていた手を解くと、そのあとを追うように手を掴んできたテイルゲイトの小さく先の丸い指が鋭く尖った指の間に差し込まれた。感触を確かめるかのように絡まる指の温かさに、知らず目を細めたサイクロナスの硬い表情を見上げる青いバイザーにはぼんやりと簡易ランプの光が反射している。サイクロナスは知っていた。忘れてしまったのだと紡がれた言葉が卑屈ゆえの虚勢などではなく自身を気遣うためのものだと、そう、知っていた。

でもね、とわずかに首を傾けたテイルゲイトが寝台の隙間を越えて身を乗り出してくる。落ちるかと身構え反射的に腰を浮かしたサイクロナスの心配を他所に、繋いだ手を軸にあっさりと自分よりも大きな機体の膝に収まった白い機体はそれはそれは居心地良さそうにサイクロナスの胸へ頬を擦り寄せた。


「でも、僕はすごく幸せ者で、だからちっとも寂しくないのかもしれない」


それは貴様が本当の幸せを知らないだけではないのか。


「…サイクロナス、」

「何だ」


視線を向ける。と、途端に胸元から頬を離し手を解き、大きく両手を広げたテイルゲイトの仕草の意味を十分に心得ているサイクロナスは特に何か言うわけでもなく、それがさも当たり前のことのように小さな白い機体を抱き上げた。近距離に迫った真っ直ぐな青から目を逸らせば肩口に顔を埋められる。首元に回された腕の強さが少しだけ苦しかった。


「死ぬのって、こわいかなぁ…」


あぁきっとこいつにとっては誰かの記憶に残らない自身など何の価値もないのだろう。
こびりついた夢に悶え自傷を繰り返す日々に居場所を再認識するだけでは、サイクロナスがこうして隣にいるだけでは決定的に補えない何かがテイルゲイトには欠けている、と、サイクロナスは思う。言葉は返さない。縋り付いてくる体を抱え続けるだけでそれ以上の動作を返すこともない。テイルゲイトが何を思い、何の夢を見て、サイクロナスに何を求めているかになど興味もないのだ。

えへへ、と妙に嬉しそうな声音で笑う老齢のルームメイトにもう寝ろと囁けばそうするよとふわふわした声音が投げられる。すでに眠りの海に片足を突っこんでいるのだろう、わずかにこくりこくりと船を漕いでいる頭部に手を添えたサイクロナスはそのまま自身の寝台に横になった。腕の中のテイルゲイトを圧迫しないようもぞもぞと収まりのいい位置を探し、完全に力の抜けた状態の機体を腕で囲う形で抱き寄せる。


「…さ……く、…なす、」

「……どうした」


何となく言葉をかけてみるが相手からの返答はない。ただの寝言だったのだろうと早々に結論付け視界を閉ざせば妙に生温い機体熱に居心地の悪さと違和感と一抹の安堵を抱えつつ、「Good night, TAILGATE.」と穏やかな声がほんの少しだけ緩んだ口元から転がり落ちた。夜明けまで、まだ遠い。


(沈まない太陽などないように、明けない夜もありはしない)



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