silent understanding



コン、と天井裏から響いた物音にラングは作業の手を止めた。
しばらく頭上を仰ぎ見てはみるが特に何の音も聞こえない。やがて首を傾げた精神科医は気のせいですかね、と考え再び模型の細かなパーツを弄る手に意識を集中させた。すると再びカコン、と物音がするものだから、とうとうラングは呆れを隠そうともせず一つ排気を漏らした。完成途中の模型をデスクに置く。この作業はまた時間を見つけてやろうと心に決めた彼は「いい加減に出てきたらどうですか」とこっそり苦笑をこぼした。


「スキッズ」


途端、天井の蓋を外しひょっこり顔をだした青い機体は「よぉ眉毛!」と快活な笑みを浮かべる。それに片手を上げてみせることで応えた精神科医は、ふと、器用に体勢を入れ替え診察室の床に着地した青い背中に妙な違和感を覚えた。目を凝らす。細かな傷や塗装剥げが見られる青い機体の後背部分、背中の装甲の一部に一際大きな傷がついていた。違和感の正体はこれだったらしい。引っ掻き傷のように見えるそれはラングの目から見ても痛々しげだったが、はて、果たしてこんなに目立つ傷跡が前からあっただろうかと顎に手を当て考えてみるが記憶にないのだ。仮に前からあったものだとするならロディマスやウルトラマグナス、もしくはラチェット自らがリペアを勧めそうなものだが。


「ん? どうした眉毛」

「あぁ、いえ…背中の傷が気になりまして」

「傷?」


そんなものどこにあるんだと必死に首を傾ける姿に思わず苦笑した。ここですよ、と背中の装甲やタイヤの隙間から覗く傷跡に触れる。痛みを感じないよう配慮したつもりだったがやはりそこそこ傷が深いのだろう、少しばかり顔を顰め無意識に自身の手から逃げようとする機体に大人しく身を引いたラングは「手当てしましょうか、」と何とはなしに損傷部位を眺めた。縦に走る傷口の形は何かに抉られたようにも見える。

それにしても装甲などが複雑にせめぎあった背面部分に怪我をするなんて、と普段の彼の言動とそれに伴う損傷確率について真剣に考えていた精神科医は、ふとあることに気づき、


「……ぁ」


そして、赤面した。


機体熱の急激な上昇とともにフェイスパーツまでもがほんのりと赤みを帯びていく。まずい、と慌ててスキッズから距離をおこうと動いた機体の腕を掴んだのはそれまで大人しく背を向けていたスキッズ自身だった。不思議そうな表情で首を傾げている。突然どうしたんだ、と。もしかしてどこか具合でも悪いのかと詰め寄ってきた相手に無意識に後退するも呆気なく壁際へと追い詰められてしまった。腕を掴んでいた手が頬に触れ、額へと伸ばされる。


「んー…」

「え、ぇ、ぁぁあああのスキッズ…っ! 」

「熱はなさそうだが…」

「何ていうか、その…、ですね、私は別に具合が悪いわけではなくて、」

「お。そうなのか?」


でもそれにしちゃあ顔が赤いぞ大丈夫かあんた。
コツン、と額同士が触れ合う感触に身震いする。触れ合ったところから波紋のように機体全体へ刺激が伝わっていくような感覚に思わず肩をすくめる。ラングは混乱した。何故自分が今スキッズと至近距離で視線を交わらせているのだろうかと本気で考えた。思考の渦に混沌とした意識の中でも自分のブレインサーキットがけたたましい稼動音を響かせているのが分かる。と、どうしたものかと慌てるラングを眺めつつ何とも言えぬ表情を浮かべていたスキッズがおもむろに目を閉じたのが見えた。何かに聴覚センサーを集中させているのだろうかとどうでもいいことに意識を逸らしてみたが無駄な努力である。どうしたって至近距離に晒された口元と触れるか触れないかの位置にあるフェイスパーツに目がいってしまう。


「眉毛」

ゆっくりと言葉を吐きだす口の動きをじっと目で追っていたラングの視線がスキッズの目に移ると同時、返事をする間もなく自身の唇に重ねられたそれに忙しなく音をたてていたブレインがぴたりと音を失った。頭が真っ白になる。ゼロ距離の視界にはオプティックを閉じた相手の端正な顔がこれまでにないほど迫っていて、震える排気がこぼれる口元に押し当てられている感触と一定間隔で軟金属の表面を伝っていく他者の排気熱だけがやたら生々しく感じられた。

あぁ自分は今キスをされているのだ、と妙に冷静な思考が働く。驚いたものの不思議と嫌悪感はなかった。見開かれていたオプティックが自然と閉じられていく。


静寂。


と、不意に触れるだけだった口付けが音をたて離れた。はふ、と少しばかり落ち着いた機体熱を持て余しながら目を開けたラングはゆっくりと自身の口元を拭っていく指に無意識に唇を引き結ぶ。頬から額を辿っていく優しげなキスに気恥かしさが増していく心地だった。


「ひゃ…! ぅ、ッ…」


すきっず。思わず相手の名を呼べば、そっと口角をつり上げた笑みのまま掴まれた腕を背中へと導かれる。まともな思考が働かない状態で衝動的に自分よりも大きな相手に縋りつくと目の前の青い機体がカリカリと摩擦音をたてた。強ばったままの機体の奥に灯る熱だけが一人歩きしているような感覚に言いようのないもどかしさばかりが蓄積していく。指先にこもってしまう力を何とか抜こうと努力してみたものの上手くいかないまま肩を押してきた手によって完全に壁に押し付けられる姿勢となったラングに対し、スキッズはどこまでも容赦なかった。戯れのように鼻先に触れていた唇がふと油断した隙に再び重ねられる。あつい。

ぬる、と表面を這うふりをして無理やり口内に侵入してきた軟金属の舌の縦横無尽な動きに非力な精神科医はただ甘えるような呻きをもらしながら顔を顰めるしかなかった。




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