ふれる



ほんの、些細なことだ。また互いが互いの言動に不満を抱き、少しばかり言い争っただけのこと。嫌いだ、そもそも貴殿がお前が、などという押し問答はすでに日常茶飯事のもので、売り言葉に買い言葉。特に気にしてもいなかった。だから、だから、

「…ホイル…ジャッ、ク」

もう何も言うことはないと背を向けた直後、珍しく副官殿の口から零れた自分の名前にいたく驚いた。思わず足が止まる。振り返ってみれば常と同じように見える無表情が立ち尽くしていて。少しばかり細められたオプティックも、感情の読めないフェイスパーツも、いつも通り。いつも通り、のはずだが、ホイルジャックにはそれに違和感を感じずにはいられなかった。心なしか眉が下がっているような気がしなくもない。

「ウルトラマグナス」

気づけば慌てて歩み寄っていた。先程呼ばれた名に応えるように呼びかけた声は完全に無意識で、それにようやっと我に返ったようにこちらを見た相手の驚愕の表情と同じような顔を自分が相手へ向けていることは考えずとも分かる。非常に、気まずい。そもそも向かい合ったはいいがどうすればいいというのだろうか。先程は拙者が悪かったとでも謝れと? 原因も分かっていないというのに? それこそ拙者の言葉を待つように静かに見下ろしてくる副官殿に対し不誠実ではないか。


言葉が、でないの、ならば。


「…少し屈んではくれぬか」

「なぜだ」

「いいから」

「…あぁ」

不思議そうな声を漏らし、こちらの態度に何か思う所でもあったのか珍しく素直に腰を屈めてくれた相手と、拙者の視線が、ほぼ等しい高さで交差する。そのことに何ともいえぬ気分になりながら(この時のホイルジャックにはそれが歓喜と呼ばれる類の感情だとは正しく認識できなかった)一歩踏み出した先、すぐ目と鼻の先にある青い機体を腕に囲む。体格差といい、完全に背中を包むことができない腕といい、いろいろと悔しいところはあるのだが。

びくりと大きく震えた機体をそっと掌で撫ぜながら相手の様子を窺えば少しずつ肩の力が抜けていく機体に合わせゆっくりと閉ざされていく瞼が垣間見えた。あぁこれで正解だったようだ、と小さな安堵と共に副官殿の真似をするように目を閉じる。視界を覆う闇の向こうに佇む温度と感触がただただ愛おしかった。



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