Cupboard Love



衝撃。


機体の背部から痛覚回路を伝わりブレインサーキットに痛みとして認識されたそれにホイルジャックは少しばかり顔を歪め、しかし次の瞬間すぐ目と鼻の先に迫ってきた端正なフェイスパーツに思わず顎を引いた。かつん、と後頭部のパーツが岩と摩擦する軽快な音。そこで自らが岩場に押さえつけられていることを認識したホイルジャックは、しかし体格差のある機体に覆い被さられている今の状況下で逃げることなど不可能だろうと判断し大人しく力を抜いた。

相変わらず両肩を掴む手の感触が強い。
僅かな痛みさえ伴うそれはこちらを逃がさぬとばかりにホイルジャックの装甲に爪をたてていて、何故かそのことに酷く温かな気持ちになった。普段は感情の片鱗を覗かせぬほど冷静に物事を見極め指示をだすウルトラマグナスが余裕なさげに自分に縋っているような錯覚を覚えたからである。(これが獲物を捕えるための動作の類と分かっていても一度そう勘違いしそうになれば感情もまた思考に引き摺られていく。愛おしさ、相手を慕わしく思う気持ちが溢れそうになる)


「…っ…、……くくっ、」


そうしてとうとう意図せず吐息のような笑い声を漏らしてしまったホイルジャックは、その様子をずっと眺めていた青いオプティックが不機嫌そうに細められていく光景に気づくことができなかった。


「…ソルジャー」

「ははッ……すまな―――」


い、と綴りかけた声が不自然に止む。笑みの形で無防備に晒されていたホイルジャックの口をウルトラマグナスのそれが何の前触れもなく塞いだのだ。軽く重なった軟金属が一度離れ、そこにウルトラマグナスの排気がかかると同時に再び触れ合わされる。逃れる隙すら与えられない。そうして触れるだけだった柔いそれが何度も角度を変え繰り返されるうち、ふと感じた、ぬめる、舌の感触。反射的に唇を噛みしめたホイルジャックの口の表面を這う舌先は生々しい温かさと動きで責めてくるくせに決して無理矢理入りこもうとはしない。もどかしい感覚のまま少しばかり震える機体を誤魔化すように身を捩る。

そうすれば無意識に逃げようとした機体はそのままずるずると岩壁を伝い落ち、後を追うように自然と前屈みになったウルトラマグナスはホイルジャックの肩に置いていた片手を腰へと移動した。腰の可動部を押さえこまれればそれ以上動くこともできず、そして啄ばむように落とされる口付けは止まない。これではまるで生殺しだ。けれどそれを自己申告することは躊躇われた。こんな、誰に見られるかも分からない野外での口付けなど、とホイルジャックの脳内で一種の不安が頭をもたげる。


最初はただの戯れ、もしくは単に甘えられているのだろうかと思ったのだ。お前も一緒に来いと指名され半強制的に偵察に付き合わされたが故に何か話でもあるのかと予想していたし、何より"そういう雰囲気"など欠片も存在しなかった。しなかったから、こそ、チームの誰かが自分たちの偵察への所要時間がやけに長いことを訝しんでグランドブリッジを起動させないという保証などない。いつ誰がどのように敵の襲撃に遭ってもおかしくはないというのが戦時での当然の認識であり、今はまさにそういった状況なのだ。だから尚更、一度気にしだすとどうにも無視することはできなかった。


「副官殿…ッ! ちょ…っと、待つで候、!」


せめて場所を変えろ、と進言しようとしたホイルジャックの声を「…待てるのならこんな場所でこんな行為はしていない」と苦々しい表情で切り捨てたウルトラマグナスの呼気の熱さに無意識に背筋が震える。と同時、わざわざ進言するまでもなく相手はこのように無防備な地で触れ合うことの危険性を承知の上で自分に迫っているのだと気づいてホイルジャックは今度こそ何も言えなくなってしまった。口を噤んだ姿に何を思ったのか含みをもった笑みを浮かべたウルトラマグナスに思わず顔を顰めてみせれば、肩に這わされていた手が自然な動作でこちらの顎を掬い、再び口付け、あろうことか舌まで捻じ込まれてしまう。


んぐ、と呻いて反射的に押し返そうとするがそれよりも先に奥に逃げていた舌先を吸われ相手の胸に置いた掌からふにゃりと力が抜ける。無遠慮に咥内を蹂躙する相手の舌は戯れに歯列や上顎をなぞっては逃げようとするホイルジャックをじわじわと追い詰めていった。あつい。熱くて仕方ない。口付けによって排気のこもった機体の内部温度が上昇していくにつれ生理的に浮かんだ冷却水がオプティックのふちを伝う。苦しさのあまり無意識に口付けを解こうと首を振ったホイルジャックの後頭部を引き寄せながら更に顔を傾けより深く舌を絡めようとするウルトラマグナスに思わずscrap、と内心で吐き捨てたが何の抵抗にもならなかった。


「…っ、…うぅ…!」


絶対に声など漏らしてたまるかと半ば意地になりながら意識を誤魔化すように目を閉じると途端、より五感すべてで鮮明に相手を感じとってしまい自身が墓穴を掘ったことに気づいた。が、後の祭りである。まるでそれを察したかのように腰や後頭部から手を離したウルトラマグナスは片膝で白い機体に乗り上げ押さえこみつつ、空いた両手でホイルジャックの頬を包んで固定した。

再び降ってくる口付け。最初から舌先を差し込まれ深く重ねられたそれに頭が白く塗り潰されていく。思考力の低下した脳内では漏れる声を押し殺そうという先程のホイルジャックの意思は上手く形を保てず霧散するほかなかった。ぴちゃぴちゃとわざとらしく鳴らされる音にばたつかせていた手足の動きも緩慢となり、次第に理性も削られていく。


「ふ、ぁ……ッぐ…ぅ」

「……は、」

「ッあ……んんん、ん、…! ふぅ、ぅ…!」


あぁくそ、好きだ。好きなのだ。好きだからこそ求められれば応えたいと思うし、貼り付けられている余裕を剥がすことのできる要因が自分にあるのならば嬉しくないはずがない。しかもこの優秀な副官殿の性質の悪いところは、相手が真に望まぬ行為を強要するような男ではないということだ。だからこの行為を無意識に受け入れた自分もまた、共犯、ということになる。

悔しい。悔しくて堪らない。なのに、憎たらしくて、何よりも愛しい。我ながら馬鹿だとは思うが他にこの気持ちを言い表しようがなかった。


「…はぁ、は…んっ…! ぐ、ぁ……ふ、」


そうして。お互いの排気が同じような温度で互いの機体へ呑みこまれていくのを感じたホイルジャックは自らの火照っているだろう顔を自覚し、ようやっと拙者の負けで候、と心中で白旗を上げた。それに伴って抵抗しようとしていた手足が大人しくなる気配に様子を窺うように薄らと目を開けたウルトラマグナスと至近距離で視線が交わる。

常より鋭く、切羽詰まったような色で輝くオプティックの眩しさに目を細めつつ、ホイルジャックは一度だけ小さく瞬くと、そのまま自身に覆い被さる青い機体の熱に身を任せるように自ら顔を傾け応え始めた。




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