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きみのくちびるが恋しい


あれっ?君、精神科医だったの?てっきり外科医かと思ってた。てことは、問診はいつも君なわけだ。ふうん。
あのさ、ぼく思うんだけど。こんな閉鎖されたところに何週間も閉じ込められるって言われたら精神鑑定する前に精神おかしくなっちゃうよ。毎日ご飯食べて、ケンサして、ご飯食べて、ケンサして、ご飯食べて、寝る、これ繰り返してんの。まだ3日目だけどさ、既に発狂しそうだ。留置所の中にいた方がまだマシかなって思うよ。
ねえ、申し訳ないんだけど、カーテンを閉めてくれるかい?君の影に入ればいいんだけど、やっぱりちょっと眩しくて…ありがとう。やっぱり君は優しいね。

で、何を話せばいい?
アイツとの関係?うーん、君が知ってることしかないと思うんだけど。でもこれって、ぼくの口から喋った方がいいんだよね。
ディエゴとは、セックスフレンドだった。お互い、ヤりたくなったら連絡して、ヤることヤったらバイバイ。ジャパニーズのご飯よりもあっさりしてる――君、本場のジャパニーズフード食べたことある?スシを食べたんだけど、あれめちゃくちゃ美味いぜ。スーパーマーケットに売ってるアレなんかとは全然比べものにならないんだ。
ごめん、脱線したな。
まあとりあえず、ディエゴとの関係はセックスフレンドってだけさ。それ以上でもそれ以下でもない…なかった、と言うべきかな。うん?いや、あの日迄はただのセックスフレンドだったよ。
経緯ねえ。話してなかったっけ?特に深い話はないよ。ぼく、一昨年にお酒の勢いで友達とヤっちゃったんだ。男とね。意外にキモチヨくてさ、それから同性のセックスフレンドを探してたワケ。同じ頃にディエゴも同性のセックスフレンドを探してて、彼はケツ穴でイくのが好きだったから、利害の一致でそういう関係になったんだよ。アイツ、顔だけはいいだろ?ふふ、ディエゴもそう言ったんだ…君のことはいけ好かないが、顔だけはタイプだからって。それからすぐ、ぼくは腰を撃たれて下半身付随になった訳だけど、それでもディエゴとの関係は続けてた。半年くらいブランクはあったけど。悔しいことにお互いヤってるときはキモチヨかったからね。ていうか、ねえ、これ取り調べみたいなんだけど…。まあいいさ、君がこういうことも必要だって言うなら。
あの日のことを?うーん、じゃあ、順を追って話した方がいいかな。少し長くなるかも。

あの日はね、妙に夕焼けが赤かった。血の色だった。朝からお昼過ぎまで雨が降ってたけど、夕焼けは綺麗だったよ。君も知ってるだろ、ぼくの部屋、何回か来たことあるし。西側の角だから夕陽がよく見えるんだよね。
ぼくさ、自分でもあの時どうかしてたと思うんだ。いや、別に薬キメてた訳じゃあないよ?ぼくの家にはそういうの置いてないし…だけど変にハイだった。で、急にぼくはセックスしたくなって、ディエゴを呼んだ。彼もその気だったのか知らないけど、電話をかけたらほんの2コール目で出たよ。ぼくはいつも通り、今から家に来てって言ってすぐ切った。アイツの予定なんか知ったこっちゃない、それに30分以内に来なかったら無理だって暗黙の了解みたいなものもあったしね。
ディエゴはすぐに来た。ぼくの住んでるアパートメントから徒歩で15分とかからないところに住んでたらしいけど、多分5分くらいで来たんじゃないかな?一旦彼をバスルームに通してから、ぼくは手持ち無沙汰になって窓の外を眺めてたんだ…本当に綺麗で気持ちの悪い色の夕焼けだった。何て言えばいいんだろう、例えば自分の腕を切ったとするだろ、そうすると血が出てくる。それは普通なら痛いし、他の人のそういうの見てても痛い。だけど、それは全然痛くないんだ。そうだな、太陽を切ったら血が出てきて、それが空に広がった感じだ。紅茶みたいな味がするんだろうなって思った――ぼくらの血みたいに鉄臭くないんだ。うん、しっくりくるな。
で、ぼくは考えたんだ。きっと夕陽に魔法をかけられたのかもしれない。
彼を殺したら、ずっとぼくのものだって。
あのキモチイイケツ穴も、綺麗な顔も。しかも死んでたら喋らないんだ。サイコーだろ?ていうか、その時ぼくサイコーだって思ったんだ――そんな目で見るなよ。
だからぼくは、ディエゴを殺すことにした。でもきっと、気取られたら帰られちゃうから、そんな素振りは見せちゃいけない。ぼくはつとめていつも通りに振舞った。あの時、アイツは何も気付いてなかったと思うよ。わかンないけど。
それで、いつもみたいにセックスをして―――あ、ぼく動けないからディエゴが上に乗るんだけど。騎乗位ってヤツね。彼が一度射精をして、ベッドに横になった後、ぼくは彼に馬乗りになった。アイツはびっくりした顔をして、こう言ったんだ。
「もう一度するのか?珍しいな」
って。ぼく、思わず笑っちゃった。アホなこと言うな、ってさ!
それから迷わず、ぼくはディエゴの首に手をかけた。あったかくて、動いてたよ。ホントに生きてた。
そうしても彼はまだ分からないみたいだった。今日はそういうプレイなのか、って。とんだアホだよ…ぼくのこと信じてるんだもん。いや、普通はこいつに殺されるかもなんて考えて生活しないか。
ぼくはディエゴの首を絞めた。手で、こんな風に…。苦しがってた。血管と気道を堰き止められて、彼の顔はだんだん紫になっていった。口の端から唾液が垂れて、ぼくのベッドにしみをつくった。喉からはヒュウヒュウ音がして、彼の生存本能が正常に働いてるんだろうなって、不謹慎だけど興奮しちゃった。ディエゴは白目を剥いて、だけど抵抗はしなかったよ。気絶程度で終わるって思ってたんだろうね。ほんと、バカなヤツだよ。だから嫌いだったんだ。
ぼくにとっては30分か1時間くらい経った気がしたんだけど、本当は多分3分も経ってなかっただろう。ディエゴが動きを止めた。ぼくは手に力を込めたまま、彼の胸に耳を当てて、心臓の音を確認した。ちゃんと死んでいるかどうか。鼓動の音はしなかったけど、取り敢えずまた目を覚ましたら怖いからしばらく首を絞めたままにしてた。まだその時は彼の体、あったかかったよ。生きてるみたいだった。
手を離すと彼の頭は力なくゴロンと横を向いた。ふふふ、あの時の興奮ったらなかったよ!やっとディエゴがぼくの手に入ったんだ。夕陽が沈みきって、真っ暗な部屋でぼくはガッツポーズをした。今考えるとすごくシュールな光景だけど。

それからディエゴのケツ穴に突っ込んだ。そこでぼくは、あれって思った。いつもみたいに締めつけないんだ。普通に考えたら当たり前だけど、あの時のぼくはだいぶ…なんていうか、頭がイってたからね。ぼくは戸惑ったよ!折角手に入ったと思ったのに、実は違ったんだもの。少し揺すると、ディエゴの萎えたチンコからおしっこが出た。死んだからあらゆる場所の筋肉が働かなくなって、膀胱に溜まってたものが出てきてた。不思議と汚なくなかった。それどころか、ちょうど雲の切れ間から覗いた月明かりに反射したそれを綺麗だって思ったよ。
ぼくは暫く彼の中で抜き挿ししてたんだけど、全然気持ち良くなくて、結局ディエゴのこと見ながら手で抜いた。ぼくの精子がディエゴの腹に散って、そしたらぼく、泣いてしまった。分かってしまったんだ。
ぼくは、死体のディエゴがほしいんじゃなかった。喋って動く、個人の、生きた人間としてのディエゴが欲しかったんだ。セックスしてるときに煩わしかった声も、うねる体も、普段嫌味しか言わない唇がキスをすると甘いのも、ぼくを見つめるエメラルドグリーンの瞳も、ぜんぶ生きてないとダメだった。
さっき散々、ディエゴがアホに見えたとかバカだったとか言ったけど、ぼくの方が数倍、何万倍もアホでバカだったよ!だってありえないだろ、そいつを殺してから、生きてた方が好きだったって気付くんだぜ。そんなことってあると思うかよ?
それからはよく覚えてない。ホット・パンツに電話をして、全てを打ち明けた。ぼく、ディエゴを殺しちゃった、って。なんで君じゃなかったのかって?だってその日、君は提出期限の迫ったレポートに追われてるって言ってたんだもの。ホット・パンツがなんて答えたか、覚えてない。気付いたら部屋の中に警察がいて、死体になったディエゴが連れて行かれるところだった。ぼくはみっともなく泣いて、やめてくれって頼んだ。だってぼく、彼の唇にキスしたこと、一度だってなかったんだ。でも足が不自由なぼくは取り押さえられて、ディエゴはどこかに連れて行かれた。どこかへ行ってしまった…。2度も失ってしまった気分だった。彼を殺した時に一度、そして警察の人に連れて行かれるディエゴを見たときにもう一度。自分でしたことなのに、涙が溢れて仕方なかった…


さあ、これであの日の話はおしまいだ。どうってことなかったろ?
ねえ、君の手をかしてくれないか。変なことはしないよ。ぼく、君の手が好きなんだ。もう触れられないと思ってたから、またこうして君と居られて嬉しい。
ありがとう。君の手は、柔らかくてフワフワだね。人殺しのぼくの手とは全然違うや。…ディエゴの手は、もっとゴツゴツしてた。懐かしいな。彼は今、どこにいるんだろう。



なあジャイロ。君の手でぼくを殺してくれ。首を思いっきり絞めてくれ。
やっぱり、無理?うん、そう言うだろうなって思ってた。ぼくのこと殺しちゃあ、君も殺人犯になってしまうものね。
けれど、ディエゴならぼくを殺してくれたろう。
ごめんねジャイロ。君の友達でいるには、ぼくは相応しくなかった。

じゃあ、また次の問診で会おうね。




240614(090714 加筆修正) こまち






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