小説 | ナノ

僕には君をしあわせにするシステムが掲載されてないみたいです。


※ジョニィが普通に歩いてます

ディエゴ・ブランドーは夏でも構わずタートルネック姿であるというのは大学の中では割と有名だった。彼が人目を惹く、整った容姿であることも影響して、春に入学したばかりの大学でそこそこの有名人になりつつある。おまけにこのクソ暑いのに長袖のタートルネックTシャツに汗のしみ一つつけないという、ある意味超人的な技まで披露しているので、汗臭い男子からは羨望の目を、女子からはより一層の熱烈な視線を送られることになっていた。そんな視線に構わず誰とも付き合わないディエゴに、裏ではひっそりと噂が囁かれるようになる。
あの人、そう、金髪のタートルネックの人…実はゲイなんだって…なんでも、男の人同士でセックスすると発汗しにくくなるらしくて………――でも、相手がヒドイDV男なんだって…身体中のキズを隠すために長袖のタートルネックだって噂――イヤーンカワイソウ、諸々。中には彼は実は吸血鬼で、顔以外の肌が日光に当たると焼けて死んでしまうというトンデモな噂まであった。

さて、事の真相を知るジャイロ・ツェペリは大学構内のカフェテリアで女性向けファッション雑誌を片手に、薄い珈琲を時折顔をしかめながら飲んでいた。さんさんと太陽の光が降り注ぎ、なんて言えば聞こえは良いが、その太陽様の光が当たるところはどこもかしこも暑くてかなわないので、彼はカフェテリアの奥の、日陰になった席を陣取っている。いくら店内がクーラーで冷やされていると言えど窓際の席は眩しいし暑い。こんな日差しでも構わずテラス席に座る女子大生達は暑さなど気にならないのだろうか。
「そんな顔をするなら飲まなければいいのに」
雑誌を眺めながら、ぼんやりと考え事をしていたジャイロの頭上から降ってきた声。その声の持ち主はジャイロの三歳下の、今年春にこの大学に入学したジョニィ・ジョースターだ。年の割に幼い声と容姿は一見すると天使のように見えなくもないが、ディエゴ・ブランドーの、影でまことしやかに囁かれる噂を真実にしているのは正にこの男なのである。
「おう、ジョニィ。今日は早かったな?」
「うん。実はさっきの講義、休講だったんだよね」
ジョニィはバッグを椅子に起きながらそう言って、一口頂戴、とおもむろにジャイロの手から珈琲を奪ってストローに口をつける。ちゅーちゅーとストローから珈琲を吸い上げながら椅子を引いて腰を下ろした。暑くて喉渇いちゃった、と言ってこくりと汗の伝う喉仏を上下させる。
「あー、生き返る。それで、だから、もうちょっと早く来てもよかったんだけど。ディエゴに捕まっちゃって」
ありがと、と彼は殆ど空になった珈琲のカップをジャイロに返した。
「お前コレ、もう殆ど無いじゃねーか…ま、いいけどよォ。それよりジョニィ」
ジャイロが軽くなった珈琲のカップを左右に少し揺らしてから、机の上に置く。コン、と小気味好い音がした。
「ディエゴで思い出したが…」
声のトーンを落としたジャイロの言葉を、ジョニィが遮った。
「あ、待って。君、もうお昼食べたの?まだだよね?何か買ってくるよ。何がいい?」
バッグから財布を取り出しながら聞くジョニィにジャイロは嘆息する。自分に都合の悪そうな話だと思うと話を逸らそうとするのはジョニィの悪い癖だ。
「オレはおたくと同じのでいい…でも、いいか、買ってきたら話の続きはするからな」
「はいはい、分かったよ」
後ろ手にヒラヒラと片手を振りながらジョニィはカウンターへ向かっていく。ジャイロはその姿を見ながら、三日前に同じ席でジョニィを待ちながら、偶然ディエゴと会ったことを思い出した。


三日前、それは今日と同じく暑い日だった。その日の晩にはニュースで今年の最高気温を記録しました、なんて放送していたくらいだから、それはもうめちゃくちゃに暑かった。
ジャイロはやっぱり、一番奥の日陰の席でジョニィを待っていて、今日の昼はタマゴのサンドイッチにしようかとか、こんなに暑いと部屋のくまちゃんも洗って干したらすぐ乾きそうだなとか、くだらない(本人からしてみればくだる)ことを考えていた。その時、ディエゴが声をかけてきたのだ。多分彼からしてみればただ偶然会ったジョニィの友達、くらいにしか思っていなかっただろうしジャイロからしてみれば親友のジョニィの恋人でしかなかったが、まあ座れよとジョニィが来るまでの話し相手にと席をすすめた。聞きたいこともあったのだ。ジョニィから色々聞かされているし、真実の入り混じった噂のこともある。
「調子はどうだい?」
「まァそこそこって感じだ。おたくは…」
「オレもそこそこさ。それより君はここで何を?ああ、聞くまでもなかった…そうだ、ジョースターくんと一緒にご飯を食べるんだよな」
気怠げに頬杖をついて喋る彼は羨ましいと呟いた。いつもは高慢ちきな尖った鼻をつんと上に上げて見下すような喋り方をするのに、ジョニィのことになると途端にその姿はなりを潜める。本人は気づいていないだろうが(何しろジャイロも初めの頃はその変化が分からなかった)、他の人と比べれば――ジョニィを除いて、だが――ディエゴと話すことが多いと嫌でもその変化に気付く。一番分かりやすいのは目だ。青い瞳が雲がかかったように翳る。
「あー…すまねーな、おたくのコイビトをとっちまって」
基本的に人のいいジャイロは、だから、そういう様子を見ると(例えタートルネックTシャツに纏わる噂の他にドス黒い噂が流れている人物であっても)狼狽してしまう。
「いや、別に、いいんだ。この間、ずっと一緒にいてくれたから」
ディエゴは綺麗に笑った。暑苦しいタートルネックTシャツと同じ色の、緑色の唇が弧を描く。口の端の絆創膏が歪にゆがんだ。
彼は思い出すように、頬杖をついていた手でゆっくりと髪を手櫛ですいた。その拍子に、Tシャツの襟からちらりと、青紫の痛々しい痣が見えた。
「…なあ」
ジャイロは堪らず、痣から目を逸らす。
「おたく、いいの?」
何が、とは、言わなくても伝わる。
その痣は、ジョニィにつけられたものだ。口の端の絆創膏だってそうだ。春に入学してすぐに付き合いはじめた二人は、一見ただの知人程度に見える。それもその筈、ジョニィはディエゴのことが嫌いだからだ。と言うよりも、ジョニィはそう言うのだ、ジャイロに、僕はディエゴのことが嫌いなんだよ、と。付き合いだしてから程なくして口の端に絆創膏を貼ったディエゴは、それから今まで、絆創膏をはがして学校に来たことがない。治らないからだ。いつも、ジョニィはディエゴにキスをする代わりに口の端を噛む。跡が残るように、強く。タートルネックTシャツだってそうだ。学生の間で囁かれる噂は本当なのだ。ジョニィはディエゴが嫌いだと言う。だから、ディエゴを殴る。蹴る。傷つける。
ディエゴ、お前はそれでいいのか?あいつはヒドイだろう。お前はそれでいいのか?ジャイロは問う。
「いいんだ。ジョースター君はオレのことが嫌いなんだから」
彼はまた、笑った。
ジャイロはバカだと思った。別にディエゴがどうなったって知ったこっちゃないし、他人の恋事情に口を出すなんて野暮だと分かってはいるが、それでもこいつらはバカだと思った。
「そーかよ」
だから、ジャイロはそう答えるしかできなかった。



「ハイ、ジャイロ、君ポテトサラダ食べれるよね?」
ジョニィの声でジャイロは現実に引き戻された。
「ん?ああ、サンキュ…ってジョニィ…これだけ?」
コト、と音を立てて目の前に置かれたのはポテトサラダ一皿のみ。目を剥くジャイロにジョニィは平然と答えた。
「うん、だって僕、お腹空いてないんだもの」
こんなに暑いとまいっちゃうよ、と一言付け加えて、ジョニィは食べる気も無さそうにフォークでサラダをつついた。
オイオイそりゃねーだろーよォ、とジャイロは内心愚痴をこぼすが、ジョニィに聞かれた時にこうなることを予想しなかったのは自分だ。できるだけ時間をかけて食べようと決めてフォークを手に取った。
「そんでディエゴのことだけどよー…」
ジャイロがそう切り出すと、ジョニィのフォークを持つ手がぴくりと動いた。
「なあ、ジャイロ。一応言っておきたいんだけど、僕、ディエゴのことは嫌いなんだからね」
そうら来た、とジャイロはため息をつきそうになる。ジョニィはディエゴを嫌いだと言う。それならば、と、ジャイロは友人として提言した。
「うーん、ディエゴのこと嫌いだって言うんならジョニィ、別れたらいいんじゃねぇの?」
「ハァ?」
ジョニィはその意見に、バッカじゃないの、とでも言いたげに顔をしかめた。
「別れ話なんか切り出したらあいつめんどくせーもん。それにさ、あいつが僕の手から離れると思うとなんかムカつくんだよね」
今度こそジャイロは、大きくため息をついた。バッカじゃないの、と言いたいのはこっちだ、馬鹿野郎。自分の手から離れるのが嫌だってのは、そりゃなんでなんでしょうね、ジョニィさん。
胸の内で毒つく。全く、頭が痛くなってくる。と言っても、この話題を振ったのはジャイロだ。
「へーへー。でも別れるまではいかなくともよォ、あんまし傷つけるのはよくねーと思うぜ」
ジョニィはしかめ面をして、「善処するよ」とだけ言った。
ポテトサラダを頬張りながら、ジャイロは、二人の関係は歪だと思った。ディエゴの口の端の絆創膏みたいに。夏の長袖のタートルネックTシャツみたいに、ジョニィの容姿と内面みたいに、ちぐはぐだ。味気のないこのポテトサラダみたいに、ぐちゃぐちゃのドロドロだ。
「ねえジャイロ、もう僕これいらないからあげるよ。さっきの珈琲のお詫びだと思って」
ジョニィは全く手をつけていないポテトサラダをジャイロに押し付けてきた。全く勝手な奴である。
「おめー、もうちょっとキチンと食わねーと夏バテで死ぬぞ」
「だって食欲ないし」
多分、二人はこのままずるずると引きずっていくのだろう。これからも。その先に何があるのかは知らない。少なくとも世間的にはあまり幸せでないように見えるだろう。でも、ジャイロは二人を厳しく叱って、強引に別れさせることはしない。二人は子供じゃないし、ジャイロの友人だからだ。
それに、それでいいと思うのだ。ジョニィがディエゴを離したくないと言ったから、それでいいと思った。ずるずると引きずる関係でも、何かしら変化はあるだろう。それが少しでも二人の幸せになるならいいと思う。
ジャイロは一皿目のポテトサラダを完食すると、ジョニィの分だったサラダにフォークをつけた。





070614 こまち
U子さんへ
(男同士のセックスで発汗しにくくなるというのはウソです)
お題は告別さんから






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