きみは罪人だね ※ジョナエリ前提? ジョナサンが自分の部屋に帰ると、先客―つまり、義弟のディオがいる。よくあることだった。最初こそ不審に思ったものの、そのうちジョナサンも慣れっこになってしまっていた。 その日も、ジョナサンがダニーと外で転げ回って遊び、エリナと和やかに談笑した後部屋に帰ってみると、まるで部屋の主の様な顔をしてソファにゆったりと凭れているディオの姿があった。ジョナサンの机の上に置いてあったペンを器用に指でくるくると回しながら、視線は所在無さ気に宙をゆっくりと旅している。組まれた足はぶらぶらと揺れていた。 ジョナサンは後ろ手に部屋の扉を閉めながらため息をついた。 「また君は…」 そう言ってジョナサンは口を噤む。何を言ったって彼は自分の部屋に無断で入ることをやめないのだ。それに、とジョナサンは自分に言い訳をする。前に父親に言われた通りに考えてみることにした。つまり、部屋に無断で入られてしまってもいいさ、と。いつ自分の部屋に隠しておいたものが暴かれるか分からない、そんな緊張感を――と、そこまで考えてジョナサンの思考は一旦ストップする。自分の部屋って、そもそも一番寛げる場所なんじゃあないのかな…。 しかしジョナサン自身、あまり強く自分を主張することが得意ではなかった。むしろ他人を受容することの方が得意であったので、結局は義弟の行動を黙認してしまっているのだった。 ジョナサンは止めた言葉の代わりに、違う台詞を言った。 「ディオ、どうしたの?」 ジョナサンだって、彼が自分に何かを求めて部屋に来ているのではないことくらい分かっている。ただ、なんとなく家族との会話として、そう聞いてみる。 それまでフラフラと宙を泳いでいたディオの視線が、ピタリとジョナサンに留まる。空色の瞳に見つめられて、ジョナサンは少したじろいだ。ディオが自分の義弟としてこの家にやってきてから随分と経つのに、彼の視線は苦手だった。彼の空色は、イギリスでは珍しい晴天の空の色だ。なんとなく落ち着かない。ジョナサンは視線をずらした。誤魔化すように袖ボタンを弄ってみる。 「さあ、特に君に用という訳でもないのだけど」 ディオは長い指で弄んでいたペンをソファの横の小机に置き、足を組み替えた。 ジョナサンは自分の部屋なのに当たり前のように高圧的なディオの仕草を見て、少し足をもぞもぞと動かした。ほんの少し、居心地が悪い。ずっと扉の前に突っ立っているのもなんだかおかしいので、ディオの座るソファへ向かう。 そんなジョナサンをディオは空色で追いかけながら、もう一度口を開いた。 「用がなければ来てはいけないかい?それとも、迷惑かな」 ジョナサンはディオの隣に腰を下ろした。柔らかいソファの筈なのに、少し固く感じた。それでもソファは、優しくジョナサンの体を受け止める。 迷惑というかね、とジョナサンは胸の内で返答した。迷惑というか、普通は人の部屋に無断で入らないものなんじゃあないかなあ…それも、部屋の主がいない間に。 いくら慣れっこになってしまったと言えど、いい気はしない。ジョナサンは横目でチラリとディオを見てすぐに視線を膝に落とした。 「別に、迷惑ではないよ」 無難な返答を選んで、視線を合わせないままジョナサンは答えた。ディオの空色はじっとジョナサンの方に注がれていて、片時も離れることはない。目をディオの方に向けなくても分かる、彼といる時はいつだってそうなのだ。 「それ、」 ふと、ディオの真っ白な手がジョナサンの視界の中に入ってきた。すい、と伸ばされた指の先が指すのは、ジョナサンの胸ポケット。 「どうしたんだい。君が花なんて―赤い薔薇なんて珍しいじゃあないか」 ジョナサンは、ああ、と答えて思わず頬を綻ばせた。彼の胸ポケットに収まっている、一輪の赤い薔薇。それは先程、外でエリナと会った時に貰ったものだ。 「これはね、さっきエリナに貰ったんだ。彼女ったら、これが僕に似合うって言うんだ―そんなことないって、僕だって分かっているけれど!」 ジョナサンは頬を桃色に染め、嬉しそうに語った。先程まで何かが緊張していたのに、エリナのことを思い出してすっかり緩んでいる。 ディオの手がぼとりと音を立ててソファに落ちた。彼の空色は無表情にジョナサンを見つめる。 そんな様子に気付く筈もなく、ジョナサンは手にとった薔薇を目を細めて見つめながら話を続けた。 「それで彼女は、僕に近寄ってきて、これを胸にさしてくれたんだよ。彼女、すごくいい匂いして…あっ、変な意味じゃないよ!?」 ジョナサンは一人で喋り続け、自分の言葉に慌てて付け加える。エリナとの会話を思い出しているのか、薔薇の方に向いた視線は、薔薇を通り越して何処か遠くを見つめていた。ディオはそんなジョナサンをつまらなそうに見つめた。彼の話を右から左へと聞き流し、それでも、桜色の唇は無意識に尖っていく。 「あ、そうだ!」 突然、ジョナサンが薔薇から視線を外してディオの方に向き直った。グリーンの瞳がキラキラと輝いて、ディオの空色の瞳を撃ち抜いた。 「この間の誕生日に君から貰った、ガラスの花瓶!あれにこの薔薇を活けよう」 ディオは片眉を釣り上げた。花瓶のことを覚えていないのではない。勿論、覚えている。確かに、ディオがジョナサンにあげた透明な細いガラスの花瓶は、真っ赤な薔薇を一輪活けると映えるだろう。ディオはしかし、映えるかどうかなんてどうでもよかった。ジョナサンが、あの女から―エリナ・ペンドルトンから貰ったという花を活けるのが問題なのだ。 ディオは唇を噛み締めた。唇が切れて、口内に鉄の味が広がる。 しかしジョナサンはそんなディオに気づかないのか、嬉々として机の上に置いてあった花瓶を取りに行った。切れた唇から出る血をべろりと舌で舐めるディオとは対照的に、ジョナサンは酷く楽しそうだ。 ディオは小さく、フン、と鼻を鳴らして立ち上がった。 「僕はもう部屋に戻るよ」 「え?」 突然そう言われて戸惑うジョナサンに一瞥もくれずに、ディオは足早に扉へ向かう。 「ちょ、ちょっと、ねえ僕なにか――」 言いかけるジョナサンの言葉を、扉を閉めて遮った。今度こそ、フン、と大きく鼻を鳴らした。 自室への廊下を歩きながら、首元に手をやって乱れてもいないネクタイを直す。 「クソッ」 たった今までのジョナサンの部屋での会話を思い出して、ディオはイライラと悪態をついた。本当は知っている限りの汚い言葉を吐きたいくらいだったが、代わりに口内の肉を歯で強く噛んだ。唇からの血は止まったのに、またディオの口内に鉄の味が広がった。 ディオは自分の部屋に戻ると、ベッドに身を放り投げて目を閉じた。瞼の裏には、キラキラと光り輝くグリーンと、真っ赤な薔薇が焼き付いて離れなかった。 後日。 ディオはいつものようにジョナサンの部屋に無断で入っていた。あの後、ディオは何もなかったかのように振舞った。ジョナサンは違和感を覚えたようだったが、結局はディオに流されていつものように行動した。ただ、なんとなしにジョナサンの視線がディオを追っている気がした。ディオはそれに気づかないふりをして、影で少し口角を上げた。 何か変わったものでもあるかとディオがジョナサンの部屋を見回すと、机の上に目が留まった。 「ッ、このッ…」 ディオはそれを壊してしまいたい衝動にかられ、拳を握りしめた。ああ、クソッタレ、こんなことなら花瓶なぞやらなければよかった! ディオはそれを壊す代わりに、ジョナサンの部屋から飛び出た。自分の感情が何であるのか、最早混ざり過ぎてわからなかった。ただひとつ言えるのは、それが底のないカップに入れられた、真っ黒なドロドロとしたようなものだということ…。しかしそれはどんなにディオが飛んだり跳ねたり、はたまた逆立ちしてみてもこぼれることなどなく、時間が経てば経つほどかさが増えていく気がした。 ディオは自分の部屋に駆け込んで、扉に背をもたれかけて俯いた。あの薔薇と、花瓶が脳裏に焼き付いて離れない。珍しく空から照らす太陽の光にあてられて、花瓶それ自体と水面が光っていた。加えて真っ赤な薔薇はこちらを射抜くように真っ直ぐに見つめていた…ああ、その厭わしいこと!まるで反射した光がジョナサンの部屋を穢しているように思えて仕方なかった。 ふと、握りしめた手を見ると爪が食い込んで切れていた。真っ赤な血が少しだけ滲んでいる。ディオはそれをぐいと拭って、窓の方に目をやった。窓の外の空は、薄く雲がかかっていた。 090414 こまち U子さんへ、捻挫早く良くなってね。 |