だが、その祈りはある意味予想通りに、そして残酷に裏切られた。
「嘘だろ…………アーロン……。」
扉を開けた瞬間に目に飛び込んで来たのは、ここ数日で見馴れてしまった光景、耳に届いたのは筋肉や内臓が噛み千切られ咀嚼される聞き慣れてしまった不快な音。
何度も見た、何処にだって転がっていた光景だ。
だが、ケビンは認めたく無いとばかりに首を横に振る。
侵入してきたゾンビ二体に噛み裂かれ、その面影を破壊されていっているのは……アーロンだった。
生きていた時に頸動脈を噛み千切られたのか、辺りには吹き出た血が撒き散らされたかの様に飛び散っている。
だが、もうアーロンの首の傷口から血は流れない。
心臓が止まってしまった………つまりは死んでしまっているからだ。
ケビンの視界の中でゾンビ達は新たな獲物を見つけ、ゆらりと立ち上がる。
だが、それを視覚的に受容しているにも関わらずケビンは動かない。
(アーロン……そんな………)
ついさっき……ほんの数十分前までは生きていたのだ。
言葉だって交わした。
なのに何故アーロンは倒れているのだ?
動かないのは何故だ?
悪ふざけにも程が、
「ケビンっ!!」
一発の銃声と呼び声でケビンは現実に引き戻された。
ケビンの目の前にいたゾンビは頭を撃たれて後ろ向きに傾ぎ、そのまま重力に引かれて仰向けに倒れ伏す。
振り返ると、ヨーコが手にしたハンドガンから硝煙を立ち上らせていた。
ハンドガンを握り締めた手は微かに震えているが、ヨーコの目は確りと前を見据えている。
「ケビンっ!前だっ!!」
マークに言われて咄嗟にオート45を抜いてケビンが再び前を向くと、もう一体のゾンビが迫っていた。
ケビンは慣れた動作で額を狙い、引き金を引く。
銃弾はゾンビの額に穴を開け中身の脳をぐちゃぐちゃに破壊し、ゾンビを完全に屠った。
「アーロン……。」
アーロンは完全に死んでいる。
脊髄まで壊されているから………ゾンビとなる事も無いだろう。
つまりは、何があろうともアーロンが再び動く事は無い。
生きながらにして身を喰われてゆく苦痛と恐怖から苦悶に歪んだ顔と、恐怖を浮かべながら見開き既に濁り始めた目。
せめてもの弔いに、見開かれた瞳だけでも閉じさせた。
「………。」
ケビンの心にただただ後悔ばかりが降り積もる。
何故もっと早くに助けに来てやれなかったのか、と。
アーロンは、ケビン達がプレートを集めている最中に、侵入してきたゾンビに殺られたのだろう。
あの時はプレートを集める事で手一杯だった…、………一刻も早く外部から救援を呼んで来なければ……皆が死んでしまうから。
だが、………。
「……ケビン……。」
ヨーコが控えめな声で、気遣わし気にケビンを呼ぶ。
「………心配すんな……。……俺は、大丈夫、だ。
…………屋上に行くぞ……。…フレッドが待っている。」
これ以上アーロンの無惨な姿を直視したくない………。
アーロンの形見として彼のハンドガンとその弾薬を持って、ケビンは屋上に向かった。
屋上でケビンを待っていたのは、フレッドの物言わぬ死体へと変わり果てた姿だった。
フレッドはゾンビと化したカラス達にたかられて、露出していた腕や顔を啄まれている。
肉片がこびりつき変色した血が滴る嘴を大きく開けて、ガァァッとひび割れた様に鳴くカラスは、立ち尽くすケビンを嘲笑っているかの様だった。
不意に、ケビンの中で何かが切れる。
眼前にいる存在達を、原形を止めなくなるまでに破壊してやりたいと、凶暴な怒りがケビンを支配し、視界が憤怒の色に染まった。