ケビンが無理をしているのは、他人の機微には疎い方であるヨーコにも見てとれた。


ヨーコが訊ねるまでもなく、ケビンが辛いのなんて当たり前だ。

ここはケビンの職場、ここのゾンビ達は大半が彼の同僚達だったのだ。

そんな人達の変わり果てた姿を直視し、あまつさえ自らの手で殺さねばならないなんて………。
ヨーコにはその辛さを想像する事すら出来ない。

きっと容易に理解をする事なんて出来ないし、出来るなどと決して言ったりしてはいけないのだと思う。

でも、ヨーコにはケビンが苦しんでいる事から目を逸らすなんて出来ない。

なのに…………ヨーコにはそれ以上踏み込む事は出来なかった。








J's Barからここまでずっと、ケビンには助けて貰ってばかりだった。

幾度彼に命を救われた事だろうか。
どんなに苦しい時でもケビンはヨーコ達を安心させる為だけに暖かな明るい笑顔を浮かべてくれて、その笑顔に何度ヨーコは救われてきたのか分からない。


警官と言えどケビンだって人間だ。
ゾンビ達と戦い続ける事が、辛くない筈なんて無い、苦しくない訳なんて無いのだ。

それでもケビンは、ヨーコ達を守る為にゾンビ達に立ち向かって行く。
それは、警官としての義務感からでもあるのだろう。




ケビンが遅刻や欠勤が多く、あまり仕事に真面目な人では無いのは知っている。
借金癖があるのは、J's Barにあったツケ伝票が証拠となっている。

ケビンの欠点とか好ましくない所なんて、挙げようと思ったり探そうと思えばきっと沢山ある事だろう。




でも、ヨーコは知っている。

ケビンは誰よりも優しく、他人を気遣える人だという事を。

不真面目そうに見えるけど、本当はとても真面目な人間だという事を。

ケビンが持つ欠点なんて些細な物だと思える程の、ケビンにしか無い輝く様な魅力がある事を。


以前から知っていた。





ヨーコはケビンとこうなる前に、かつてたった一度だけ………出会った事がある。

そう昔の話ではない。
ケビンはその事を忘れてしまっている様だけれど………。




街を歩いていた時にヨーコは些細な不注意で、怪我をしてしまった。
そう酷い怪我では無かったが、神経が集中している手を怪我してしまったので、かなり痛かった。
一人で手を押さえて止血しようとしていると、偶々付近をパトロール中だったケビンがやって来た。


初めてケビンを見た時は、軽薄そうであまり好きにはなれそうにない人だな、と感じた。

でも、ケビンはヨーコの怪我をまるで我が身の事の様に心配して、消毒をしてくれた上に止血用にと、自分のハンカチまでくれたのだ。
ちょっとくたびれてはいるものの大切に扱っている事が見て取れるハンカチを、何の躊躇も惜しみもなくケビンはヨーコの手に巻いた。

最初に感じた印象なんて、直ぐ様塗り替えられてしまった。


その時以来ケビンに会う事は無かったが、ヨーコは決してケビンの事を忘れなかった。



思えばあの時からずっと、ヨーコはケビンに惹かれていたのかもしれない。

記憶を無くしてしまっても、ケビンと出会った事だけは覚えていた。

自分自身すら分からない虫食いだらけの記憶の中で、ケビンの事だけは闇夜に輝く月の様にはっきりと残っていた。

ケビンがくれたハンカチを御守り代わりに、彼との縁として………大切に持っていたのだ。

J's Barでゾンビに襲われていた時に、ケビンが助けに来てくれた時に感じた涙が溢れそうな程の喜びを、何があっても忘れる事など出来ない。

ケビンが………そしてマークがいてくれたから、ヨーコは今まで生き残ってこれたのだ。




何でもいい。

ケビンの力になりたい。

ケビンから貰ってきた沢山の物を、少しでもいいから彼に返したい。



(でも…………どうすればいいの?)



ケビンの苦しみをどうすれば取り除いてあげられるのだろう。
自分に何が出来るのだろう。


分からない………。

考えれば考える程に思考の迷路に迷いこんでしまう。
ケビンの力になれていない自分を考える度に、胸に針が刺さったかの様な痛みが走る。






「ヨーコ……何か悩んでいるのか…?」


その時、後ろからマークが声をかけてきた。

逃げてくる時に負傷してしまった右肩に巻かれた包帯が痛々しいが、その足取りは確りとしている。



「マーク………。」

「………ケビンの事か?」


ヨーコはコクりと頷いた。

マークはヨーコよりも遥かに他人の機微には鋭いみたいだから、ヨーコが何について悩んでいるのかなんてお見通しなのだろう。


「ケビンが辛そうで………私……。」

「アイツも……辛いだろうな。……辛くない筈が無い……。
アイツ…かなり無理をしているな。」


ケビンの名を出す時、マークも悩ましげに目を伏せた。
ケビンが苦しんでいるのを見て、マークも心を痛めている様だ。

そう言えば、マークはかつてベトナム戦争に行った事があるらしいから、ケビンの辛さをヨーコよりも理解出来るのかもしれない。



「私……どうすればケビンの力になれるのかしら……。
私にもっと戦う力が有れば……ケビンの代わりに戦えるのに……。」


だが哀しい哉、ヨーコははっきり言って非力だ。

ケビンの代わりに戦うなんて夢のまた夢。

マークも負傷して満足に戦えない今、ケビンに頼るしかない。

ケビンの為に何も出来ない自分の無力さが、ケビンを苦しめてしまっている様で胸が痛い。

自分がもっと強ければ、と思わずにはいられない。




だが、マークは首を横に振ってヨーコを優しく諭す。


「なに、戦う事だけが全てでは無い。
戦えなくとも、ヨーコがアイツにしてやれる事など幾らでもある。
アイツが折れそうになった時に傍で支えてあげればいい。
アイツが進めなくなった時に、その手をそっとひくだけでもいいのさ。
それはヨーコにしか、出来ない事ではないかな?
だから、そんなに思い詰めるな。
そんな調子ではヨーコの方が先に参ってしまうぞ。」


「えっ………私…そんなに思い詰めていたのかしら……。」

そんな自覚はなかったのだけれど。

「こちらが心配になる位はな。
だが、こんな状況でもそこまで他人を思いやれる優しさは、間違いなくヨーコの長所だ。
もっと自信を持ったっていい。
ヨーコの優しさは、必ずアイツの力になるさ。」




マークの励ましは、ヨーコの胸に優しく響いた。

胸にあった見えないけれど針が刺さったかの様に痛む傷が、優しくそっと塞がれていく。


(私にも、ケビンの為に出来る事がある……。)


そう思うだけで、胸が満ち足りた気がした。


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