街の治安を護る砦であった筈の警察署は、街を包む凶悪な闇に呑み込まれようとしていた。
既に署内はかつて人間であった………ケビンの同僚であった者達の成れの果てに埋め尽くされ、外はケビンが護るべき存在であった筈の市民達が飢餓の本能のままに徘徊している。
警察署がゾンビ達に突破されるのは既に時間の問題だ。
突破されたが最後、そこに待つのは死のみである。
それでもまだ全ての希望が潰えた訳ではない。
かつてこの警察署が美術館として使用されていた時代から遺されていた換気用の小さなトンネル。
それがこの警察署の何処かに隠されているらしい。
そこを通っていけば、外部に救援を呼びに行ける筈だ。
美術館だった時の古い見取り図から、その場所自体は大体の目星は付いている。
だが、それを見付けるには、署内に散らばった5枚のプレートを集めなければならない。
「探せったって、何処にあるってんだ。」
言っても仕方が無いが、そう呟かずにはいられない。
この広い署の中の何処にあるのかも分からないプレートを宛もなく探すのは、ゾンビ達からの逃走に疲れた精神を摩耗させていく。
その上………署内のゾンビ達は皆ケビンの同僚だった者達なのだ。
皮膚が腐りかつての面影が喪われてしまっていても、ケビンにはそれが誰だったのか……分かってしまう。
彼等を撃つ時に、微かに手が震えてしまう。
………笑える話だ。
警察署に辿り着くまでにも、ケビンは散々ゾンビ達を屠ってきたというのに。
このゾンビ達は、もうかつての仲間達では無い………飢餓に支配された哀れなただの化け物だと………分かっているのに。
それでも銃口を向ける度に、在りし日の彼等の姿が、共に過ごした日々が脳裏を過って、迷いを生じさせてしまう。
ケビンは仕事に真面目な訳ではなかった。
遅刻も欠勤も多く、ケビンの事を良くは思っていない同僚も多かった。
警官である事に疲れを感じて、長期休暇を取ろうと休暇届けを出そうとすらしていた。
だが同僚達を憎まれ口を叩きながらも大切にしていたし、一般市民を守る事自体には誇りと使命感を感じていた。
遅刻や欠勤を同僚達に叱られ、入ってきた新人達をしごいてやり、細やかながらも市民を助けて、行き付けの酒場で酒を呑む…………そんな日々がこれからもずっと続くのだろうと、何の疑いも持つことなく信じていた。
…………だがあの日々の全ては過去の物となり、今となっては望んでも還ってこない物となってしまった。
ラクーン市警はもうお仕舞いだ。
いや、ラクーン市警処かラクーンシティ自体がもうどうにもならない所まで来てしまっている。
まだゾンビと化していない市民達が、 後どれ程残されているというのだろう。
………既に、生きている人間は自分達だけなのかもしれない、とケビンの頭を過る。
共に逃げてきたヨーコとマーク以外に、ここに来るまで誰一人としてゾンビ以外の市民を見かけられなかった事にケビンは愕然とする反面、静かな諦観にも似た感情の摩耗を感じていた。
ゾンビ達を撃ち抜いて飛び散った肉片を浴びる度、額に風穴を開けて倒れ伏すゾンビを眺める度に、生き残る為に戦う事自体が無駄にすら思えてくる。
それでもまだ戦う事が出来るのは、傍に守るべき存在が………ヨーコとマークがいるからだ。
「ケビン……、辛いなら…戦わなくていいのよ………。」
その時、ケビンの顔に微かな躊躇いを見たのだろうか。
横にいるヨーコが気遣わし気にケビンを見上げる。
その理知を湛えた瞳は、不安を孕ませながらも他人への思い遣りに溢れていた。
…………ヨーコは優しい。
こんな状況じゃ、他人を気遣う余裕など本当は無いだろうに……。
今だって、その手は恐怖で微かに震えているというのに………。
「……ヨーコ…。…俺は大丈夫さ。
心配はいらねぇ。」
ヨーコの気遣いは、嬉しい。
その優しい言葉に甘えて戦いから逃げる事が出来るのならば、どんなに楽になる事だろうか………。
だが、ケビンはヨーコ達を守らねばならない。
その為には、ここで弱音を吐いて逃げ出す訳にはいかないのだ。