デビットの幼少期は……お世辞にも恵まれていたとは言えない…劣悪な物だった。
母親らしき存在が居たのは微かに覚えているのだが、病気だったのか事故だったかは忘れたが彼女は幼いデビットを遺して夭逝した。
父親はデビットか生まれて直ぐに事故で死んだらしい。
だからデビットは父親の顔を見た記憶すらない。



幼くして両親を喪ったデビットは、父方の叔父に引き取られた。

この叔父というのが中々のロクデナシで、幼いデビットは日常的に容赦ない暴力を振るわれていた。
元々デビットと引き取った理由というのが、デビットの両親が遺した遺産を使い込む為だったというのだから、そのロクデナシ加減も察せるだろう。
方々で借金を重ね、まともに働いた試しがなく、女癖も悪かった叔父の鬱憤の捌け口兼便利な奴隷扱いをデビットは受け続けていた。
叔父の下にいた時に、青アザが無かった日は無かった記憶がある。
食事もマトモに与えられた試しがなく、あのまま叔父の下で暮らしていたら、冗談でも何でもなくデビットは生きていなかっただろう。


だが、そんな状況は叔父の死で一変した。
……街のチンピラと口論になりナイフで刺されたのが死因だった、とはかなり後になってから知った。



親戚の家を転々としたデビットは最終的に関係など殆どないと言って良い程の遠縁の親戚に引き取られた。
その家では最低限の生活費だけを与えられ、後は一切の関わりを持たれなかった。
暴力を振るわれる事こそ無かったものの、デビットはその家で名前を呼ばれた事も目を合わせて貰った事すら無かった。


まるで居ないモノの様に存在を無視される日々だったが、既にデビットの感覚は麻痺してしまっていた為それを異常だとは感じていなかった。


そんな暮らしが何年も続いた。


世間体の為なのか学校には通わせて貰っていたのだが、既にかなり屈折してしまっていたデビットはロクに学校に行かなかった。
高校に通い始めてからかなり荒れた生活を送る様になり、終には遠縁の親戚の家を飛び出した。


喧嘩にナイフやら銃が出てくるのは日常茶飯事だったし、潜った修羅場の数は数える事すら出来ない。
金が必要な時は盛り場辺りで女を引っ掛けた。
自慢じゃないが容姿はかなり整っている部類だったので、金を貢いでくれる女は幾らでも寄ってきたのだ。


そんな感じの生活を何年も続けた。

………金に困った事は無い。
喧嘩にしたって、負け知らずだった。
欲しい物は何だって力ずくで手に入れる事が出来た。


………それでも、俺が満たされた事は無かった。
何時だって餓えた獣の様に何かを求めていたのに、何を手にしてもその餓えた心は満たされなかった。



荒れまくった生活を送っていたから、警察に取っ捕まった事もある。
刑務所等に送られた事こそ無かったが、冷たい手錠を掛けられたのも一度や二度の話では無かった。



最終的にはそんな生活も、恩人とも呼べる人物と出会えた事で変わり、今は手に職を着けて働けていたのだが………。



もし………。
デビットがやってきた数々の罪を、ヨーコが知ってしまったら………。


彼女は何と思うのだろう。


軽蔑する……?……嫌悪感を抱く……?
……いや、それはないだろう。

ヨーコは、………優しい。
デビットが今まで出会った人間の中で、誰よりも。


ヨーコが仄かにデビットに助けて貰った感謝以上の感情を感じているのは、薄々デビットも気付いていた。
出会った当初は偶然命を助けてやった同行者程度にしか感じていなかったデビットも、優しい癖に頑固な位に勇敢で実はとても芯が強いヨーコに………次第にどうしようも無い程に惹かれていた。
何をしても、何を手に入れても、決して満たされる事の無かった心の渇きは……ヨーコの傍にいるだけでまるでそれは幻であったかの様に跡形も無く消え去っていたのだ。


デビットが過去の罪を隠さず伝えた上で、ヨーコへの思いを伝えても。
変わらない優しさで、直向きな心で……暖かな日差しの様な微笑みで。
きっと………ヨーコは受け入れて仕舞うのだろう。
ほんの短い間行動を共にしただけなのに、基本的に他人をあまり信じないデビットにすらそう確信させてしまうほど、ヨーコの度量はデビットとは比べ物にならない程に広いのだ。


それはきっと……デビットが何よりも求めていたもので………。


だが、……だからこそ、………こんなにも汚れきってしまっている自分の手で汚してはいけないのだ。
ヨーコの微笑みを、その純真無垢な優しい心を、デビットが汚す事は許される事ではないのだ。


変えようが無い過去はデビットの心を重く縛り付けている。
例えどれ程デビットがヨーコを愛しているのだとしても、……誰かに心から愛されるという事をとうの昔に忘れてしまったデビットが……周りの人間に愛されて育ったのであろうヨーコを幸せになど出来るのであろうか……?
………答えは、否だ。




デビットは傍らで静かに寝息を立てるヨーコを見やった。


ヨーコは………疑う事を知らないのか、それともデビットを信頼しきっているのか……。
安心した様に眠っている。

その寝顔がどうしようもなく愛しく、「この女を自分の物にしたい」という欲求が沸き上がり、その柔らかそうな頬に触れたくてデビットは手を伸ばしたが。
その危険な欲求を無理矢理に抑え込んで、デビットはヨーコの頬に触れかけた手を下ろした。



今は、今だけは、ヨーコの傍に居よう。
そして、ヨーコを護り、この街から脱出する。

だが、……無事にこの街から出る事が出来たなら……。

ヨーコの傍から、去ろう。

自分はヨーコの様な人間の傍にいて良い人間じゃない。
ヨーコを汚してはいけないのだ。

例え、もう自身がどうしようもなくヨーコに惹かれているのだとしても。
ヨーコからその純真さを奪ってはいけないのだ。


ヨーコがデビットに好意を寄せてくれているのは、命の危険が隣り合わせの状況故の一時の気の迷いであるに違いない。
この街を無事脱出出来て、命の危険を感じなくても良い『日常』を取り戻せたら………きっとヨーコにはデビットは必要なくなるのだ。
そしてヨーコには、きっとデビットなどよりももっと相応しい誰かがきっと現れる。
きっとその相手はデビットとは違いヨーコを幸せにしてやる事が出来るのだろう。

それがどんな相手なのかなんて想像も出来ないし、そんな相手が現れる事を想像するだけで、胸を掻き毟られるような痛みを感じるけれど……。

それでも、愛しているから、誰よりも愛しているから………デビットはヨーコの傍にいてはいけないのだ。



もっと早くに……この手が汚れてしまう前にヨーコに出会えていたら……。
そんな考えても意味の無い事ばかりを考えてしまう。

例え恵まれない環境にあったのだとしても、何時だって手を汚す事を選んでしまったのは紛れもない自身だというのに………。
全くもって意味のない後悔だ。



(今の内に、ヨーコに必要とされている内に、ヨーコを自分に縛りつけてしまえば良い。
俺以外の誰も見ない様に、俺だけを必要とする様に。
……簡単な事だろう。
今までだって何度もそうやってきたじゃないか。)

……そんな危険な考えさえ頭を過る。


しかし、それだけは出来ない。
デビットはそうやって壊してしまった、壊れてしまった女がどうなるのかをよく知っている。

そればかりは、ヨーコにしてはならないのだ。
力ずくで手に入れる事だけは、してはならないのだ。




だが日が立つにつれ、理性を壊さんばかりにヨーコを求める心は病的に強まっていく。
こんなにも愛しく感じる存在は初めてで、何をしても護りたくて、そして………手に入れたい。
感情は奔流となり荒れ狂い、全てを押し流そうとしてしまう。
きっと理性が勝てるのは後僅かな時間だけだ。

このままでは、間違いなくデビットはヨーコを力ずくで自分のモノにしてしまう。
力ずくで手に入れる方法しか知らないデビットは、間違いなくヨーコを壊してしまう。
そして……ヨーコから純真さと優しさを奪ってしまう。



あぁ……笑える話だ。

ヨーコにとって、ゾンビ共なんかよりも危険な“敵”がデビット自身だなんて。

一刻も早くこの街から脱出して、ヨーコの傍から離れなくては、取り返しの無い事を、ヨーコを……汚してしまう。



だけれども、どうか今だけは、ヨーコの傍に居させてくれ。
ゾンビ共からヨーコを護る盾としてでも良い、ヨーコに必要とされる事を赦して欲しい………。


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