「ヨーコ。」


部屋の扉を開けるなりデビットはヨーコを呼んだ。


「どうしたの、デビット?」


名を呼ばれたヨーコがその足元を犬にじゃれつかれながら、パタパタと可愛らしい足音を立てて駆け寄ってくる。


いつもは部屋に入ってからヨーコを呼んでいるから、何事かあったのだろうか?と心配そうにヨーコはデビットを見詰めた。
小首を傾げてデビットを見上げてくるヨーコの目には、デビットだけが映されている。



デビットはそのままヨーコと二人で席に座って互いに向かい合った。


「………少し、話したい事がある。」


ヨーコは何だろう?と不思議そうにしながらも黙って頷く。



デビットは一つ一つ言葉を選びながらヨーコに、ヨーコと『クロ』の関係について自分が思っている事全てを語った。


自分の思いをヨーコに話すのはあまり慣れていない事だけに少し気恥ずかしかったが、何時までも黙ったままでいるのも自分の性に合ってないから、一思いに打ち明ける。




デビットの話を全てを聞き終えたヨーコは驚いて目を丸くした。




「デビット……ごめんなさい…。
私、全然気付いてなかったわ……。
あなたがそんな風に感じていたなんて………。
…せめて一言言ってくれれば良かったのに……。」


「…………言える訳が無いだろう。」


「どうして?」


鈍いヨーコには本当に分かってないらしい。
自分の口から言うのは、どうしようも無い程気恥ずかしい。


「…………からだ。」


あまりもの気恥ずかしさから、らしくもなくデビットは小声で早口に言い切った。


「えっ、……ごめんなさい聞こえなかったわ。
もう一度言ってくれないかしら。」


可愛らしく首を傾げてくるヨーコがデビットを追い詰める。

ここは曖昧に誤魔化して流してしまって欲しいところなのだが、ヨーコは残念ながら一度でも気になった部分はハッキリさせないと気がすまないたちである。
勿論デビットには黙秘を貫く事も出来ると言えば出来るのだが、そうするとしょんぼりとしたヨーコを少なくとも3日は見続けなければならない。
ヨーコをそんなにしょんぼりさせるなんて、デビットは絶対にしたくない。

詰まるところ、ヨーコの追及を逃れる事は実質不可能だ。


……こうなったら、仕方がない。





「飼い犬に、嫉妬しているなどと、お前だけには言いたくなかったからだ!」




もうヤケクソになったデビットは、不必要な大声でハッキリと言った。


突然の大声に、床に寝そべっていたクロは跳ね起きて驚いた様に辺りを見回している。


ヨーコは呆気にとられたようにポカーンとしていたが、次第に意味が飲み込めたのか、クスクスと笑い始めた。



「デビットったら……!
そんな風に思ってたの?」


案の定ヨーコに笑われたが、どうしてかあまり嫌な気はしない。
それは多分、ヨーコが馬鹿にした様に笑っているのではなく、本当に無邪気に笑っているからだろう。


「……だから、言いたくなかった。」


「フフッ、デビットって面白い人よね。
………でも、少し嬉しいわ。」


ふっ、とヨーコは穏やかに微笑んだ。



「嬉しい……?何故?」


「クロに嫉妬するって事は、それだけ私の事が大切って事よね?
………私はデビットの事を愛しているし、デビットは私の事を愛してくれていると思っているわ。
それを疑った事は無いの。
………でもね、時々思ってしまうのよ。
『私はあなたにとって、どの位大切なんだろう。』って。
………デビットはあまりにも何かに対する執着が薄いから……。」


確かに。
デビットにとって執着している物事なんて、ヨーコに関する事くらいなものである。


「私の事を大切にしてくれていて、私があなたにとって大切なものなんだって事も分かっているの。
だからこそ、時々気になるのよ。
私にとってあなたは今まで私が出会えた人の中で一番大切な人よ。
きっと、それはこれからも変わらない。
……じゃあ、デビットにとっての私ってどうなのかしら、って。
私はあなたにとっての一番でいられているのかしら、って。」


デビットにとってヨーコがどれ程大切な存在なのか。
………きっと、それは言葉だけでも行動だけでも伝えきる事は出来ない。



何と引き換えにしてでも守りたくて、どんな存在にも渡す事など出来ない。
そんな、存在なのだから。



「……そんな事を気にしていたのか。」


「まさかクロにまで嫉妬してしまう位だったなんて、思ってもみなかったけど。」


ヨーコはクスッと静かに笑った。


そして足元にいたクロの頭を優しく撫でる。


「クロは何だか少しだけデビットに似ているのよ。」


「…俺に?」


予想すらしていなかった唐突なヨーコの発言にデビットは戸惑った。
自分とこの犬が似ているとは一体どういう事だ?


「あの雨の日……私が見付けた時のクロの寂しい目が、……私とデビットがあの街で初めて出会った時の、デビットの目によく似ていたの。
何だかその目を見ていると、放っておく訳にはいかなくなったわ。」


あの街………ラクーンシティで初めてヨーコと出会った時、……デビットには何よりも大切なものなど存在していなかった。
………マークは例外と言っても良いが、マークに対する感情は恩を返したいといったものが主で、信頼はしていたし大切な存在であったのは確かだが、今ヨーコに対して感じている物とは全くの別物である。


ヨーコと出会うまでデビットの心にはどうしても埋めようの無い空虚や孤独があった。
他人に心を開く事が出来ず、その必要など無いと本気で思っていた。
きっとヨーコがデビットに見出だしたのはそれらである。



………クロもまた、まだ乳離れしたかしていないかで親から引き離され、小さな箱に閉じ込められて雨ざらしの場所に捨てられていたのだ。
ヨーコが見付けた時には栄養失調で衰弱して死にかけていたし、獣医に診てもらったところ何者かに暴行を加えられた跡があったらしい。
その暴行が加えられたのが捨てられる前なのか後なのかは判別出来ないが、子犬の心に深い傷を刻むのには十分過ぎる。

拾ったばかりの頃はデビットはおろかヨーコにすら牙を剥いて唸る程の人間不信だった。
だがヨーコが諦めずに、全てを包み込む様なその優しく慈愛に満ちた心で接している内にクロはヨーコに心を開き、最近はデビットにすら気を許しているかの様な態度をとる様になった。



クロもまた、デビットと同じくヨーコに救われた者なのだ。



それを思うと、気に食わない犬ではあるしヨーコを渡す気に等はならないが、多少の親しみがクロに対して沸いた。



「他にも、目付きとかが良くないし他人に心を中々開かないけど、本当は他人を思いやれる優しい心を持っている所とか………。」



ヨーコはつらつらとヨーコが思うデビットとクロの類似点を挙げていくが、その内容は聞いているデビットが気恥ずかしくなるレベルのデビットへの惚気ばかりだった。




「…………そうか……分かった、もういい。」


「あら、デビットったら……照れているの?
顔がちょっと赤いわよ?」


ヨーコに言われ自分の頬に手を当てると、仄かに熱くなっていた。
………ガキじゃあるまいし、こんな事で照れるとは思われたくない。


「っ……。
顔が赤いのは、さっき酒を飲んで来たからだろう。」


「デビットはお酒に強いから殆んど酔わないじゃない。
マークと飲んだ時は、マークの方が潰れてもデビットは顔色一つ変えていなかったと思うのだけど。」


そういえばそんな事もあったなとデビットは思い出す。
ヨーコと同居する様になって少し経った頃にこの家でマークと飲んだのだ。


「それは……マークが弱いだけだろう。」


「でも、マークはウイスキーを4本は飲み干していた筈よ。
別にマークはお酒に弱くないと思うわ。」


「っ……。」


言い返しても、ヨーコには勝てる気がしない。
デビットはせめてもの抵抗として押し黙る。


そんなデビットを見てヨーコはクスッと笑って、その柔らかな唇をデビットの唇に重ねた。


「デビット、愛しているわ。
心配なんかしなくても、私にとっての一番はあなただけよ。」


そう言ってヨーコは、デビット以外には誰にも見せた事無い笑顔で微笑みかけた。


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