★ 「……………」 リンは黙ったまま答に窮した様に顔を背ける。 初めて見せたリンのその様な態度に、ヨーコも動揺を隠せなかった。 本当は………こんな事を訊く積もりは無かったのだ。 何故だかリンにその事について訊いてはいけない、そんな予感がしていたのだから。 ……………でも。 どうしても、知りたくなったのだ。 何故リンは………普通は知らない筈の事を、沢山知っているのかを。 何が何処にあるのか、どうすれば先に進めるのか、予め知っていたかの様に行動出来たのかを。 薬品保管庫やセキュリティーセンターで、部外者なら絶対に知らない筈のパスコードを何も見ないで入力出来たのか、を。 ……ヨーコは別にリンを敵だと疑っている訳では無い。 …リンの行動は怪し過ぎる。 最初から全て知っていたんじゃないか、本当は……こんな事態を引き起こした当事者なんじゃないか………。 悪意を持って、一緒に行動しているんじゃないか。 …リンを疑い始めたらキリが無い。 でも、ヨーコは信じているのだ。 ……確かに、リンはヨーコ達の知らない事を沢山知っているに違いない。 そしてその事を、誰にも言おうとはせずに秘密にしている。 ………それでも、リンは絶対に悪意を持っている訳では無いのだと。 ヨーコ達が傷付く事を極端に恐れ、自らの身は顧みずにただひたすらヨーコ達の為に行動する……。 不器用なまでに優しく、誰よりも強く見えるのに……危うい程の脆さも感じさせる。 …………そんなリンが、ヨーコ達を害しよう等と思うとはヨーコにはどうしても考えられないのだ。 ヨーコはリンの事をよく知っている訳では無い。 出会ってまだ一日も経たない間柄だ。 それでも、ヨーコを庇って傷付きながらも浮かべた微笑みは、絶対に嘘ではないと断言出来る。 それに………、リンが秘密を知られたく無いと本気で思っているならば、幾らでも隠し通せただろう。 それなのに………疑われかねない行動を取ってでも、ヨーコ達を助けてくれる。 …………そんなリンを、敵だと疑うなんて……ヨーコには出来なかった。 でも…………。 リンが抱えた秘密が、リンを独りにしてしまっている様で…………。 そんなリンを見て居られなかったのだ。 ただ……それだけの積もりだったのだ。 ………だが、リンは押し黙ったまま苦し気にヨーコから目を逸らす。 ……その顔には、強い葛藤が浮かんでいた。 ………………。 「………もしかして、リンはここで働いていたの……?」 そうは訊ねたものの、勿論ヨーコはそうでは無いだろう事は知っている。 ここの職員であった筈のモニカはリンの事を知らない様だったし、記憶が無いから断言は出来ないがここで働いていた筈のヨーコ自身も、リンの事を全く知らないのだ。 違うと分かりながらもヨーコがそう訊ねたのは、助け船の積もりだった。 リンが頑なに言おうとはしない事を無理に訊いてはいけないのだ。 誰にだって言いたくない……言えない事はあるのだから。 だが、ヨーコから訊ねてしまった以上、リンは何らかの答えを返さないといけなくなった。 何となくで誤魔化して流す訳にはいけない程の秘密だったようだ、リンにとっては。 だからこその助け船だった。 ヨーコが出した、《嘘》の助け船にリンは僅かに顔を上げた。 その瞳に一瞬だが逡巡が過る。 だが、直ぐに苦し気に目を逸らす。 そして、ゆっくりと……首を横に振った。 「……………。 ……いや、そうじゃ、ない。……………そうじゃ、ないんだ。」 そこで、リンはやっとヨーコを正面から見詰める。 その目には不安が微かに揺れていたが、強い決意が色濃く浮かんでいた。 「…………何でかは、……理由は、……言えない。 多分………今だけじゃなくて、これから先も、ずっと………言えない。 …………何も話さない…私の事を、…………信じられないのは、分かっている。 …………それでも、………信じて、ほしいんだ。 私は、……絶対に、ヨーコ達を裏切らない。 何があっても、………ヨーコ達を助けたいんだ。 それだけは、本当なんだ…信じてほしい。」 …………リンの強い意志の裏に、狂おしい程の渇望がある事にヨーコは気付く。 (お願いだ、信じてくれ!…私を、…………信じてほしいんだ!!) リンの心の叫びが聞こえてきているかの様な錯覚すら感じた。 《嘘》で誤魔化す事も出来たのに……リンはあえてそこには逃げなかったのだ。 縋りつく様に見詰めてきたリンに、ヨーコは優しくそっと微笑んでリンの手を取った。 「大丈夫よ、リン。 私は……あなたを信じているから。 …………でもね、忘れないで。あなたは……独りぼっちじゃないってことを。 抱えた秘密がリンを苦しめるのなら、私に相談してもいいのよ。 ………それがどんな秘密であっても……私はリンを信じるから。」 リンは驚いた様に目を見張って、堪えきれずに目を伏せる。 「……話せなくて…済まない……ヨーコ……。 ………ありがとう…こんな私を信じてくれて……。 …本当に……ありがとう……。」 |