世界を変える願い事







「……………」


リンは黙ったまま答に窮した様に顔を背ける。
初めて見せたリンのその様な態度に、ヨーコも動揺を隠せなかった。



本当は………こんな事を訊く積もりは無かったのだ。
何故だかリンにその事について訊いてはいけない、そんな予感がしていたのだから。

……………でも。
どうしても、知りたくなったのだ。
何故リンは………普通は知らない筈の事を、沢山知っているのかを。
何が何処にあるのか、どうすれば先に進めるのか、予め知っていたかの様に行動出来たのかを。
薬品保管庫やセキュリティーセンターで、部外者なら絶対に知らない筈のパスコードを何も見ないで入力出来たのか、を。


……ヨーコは別にリンを敵だと疑っている訳では無い。

…リンの行動は怪し過ぎる。
最初から全て知っていたんじゃないか、本当は……こんな事態を引き起こした当事者なんじゃないか………。
悪意を持って、一緒に行動しているんじゃないか。
…リンを疑い始めたらキリが無い。

でも、ヨーコは信じているのだ。
……確かに、リンはヨーコ達の知らない事を沢山知っているに違いない。
そしてその事を、誰にも言おうとはせずに秘密にしている。
………それでも、リンは絶対に悪意を持っている訳では無いのだと。

ヨーコ達が傷付く事を極端に恐れ、自らの身は顧みずにただひたすらヨーコ達の為に行動する……。
不器用なまでに優しく、誰よりも強く見えるのに……危うい程の脆さも感じさせる。
…………そんなリンが、ヨーコ達を害しよう等と思うとはヨーコにはどうしても考えられないのだ。
ヨーコはリンの事をよく知っている訳では無い。
出会ってまだ一日も経たない間柄だ。
それでも、ヨーコを庇って傷付きながらも浮かべた微笑みは、絶対に嘘ではないと断言出来る。
それに………、リンが秘密を知られたく無いと本気で思っているならば、幾らでも隠し通せただろう。
それなのに………疑われかねない行動を取ってでも、ヨーコ達を助けてくれる。

…………そんなリンを、敵だと疑うなんて……ヨーコには出来なかった。


でも…………。
リンが抱えた秘密が、リンを独りにしてしまっている様で…………。
そんなリンを見て居られなかったのだ。
ただ……それだけの積もりだったのだ。


………だが、リンは押し黙ったまま苦し気にヨーコから目を逸らす。
……その顔には、強い葛藤が浮かんでいた。


………………。



「………もしかして、リンはここで働いていたの……?」


そうは訊ねたものの、勿論ヨーコはそうでは無いだろう事は知っている。
ここの職員であった筈のモニカはリンの事を知らない様だったし、記憶が無いから断言は出来ないがここで働いていた筈のヨーコ自身も、リンの事を全く知らないのだ。

違うと分かりながらもヨーコがそう訊ねたのは、助け船の積もりだった。
リンが頑なに言おうとはしない事を無理に訊いてはいけないのだ。
誰にだって言いたくない……言えない事はあるのだから。
だが、ヨーコから訊ねてしまった以上、リンは何らかの答えを返さないといけなくなった。
何となくで誤魔化して流す訳にはいけない程の秘密だったようだ、リンにとっては。
だからこその助け船だった。


ヨーコが出した、《嘘》の助け船にリンは僅かに顔を上げた。
その瞳に一瞬だが逡巡が過る。
だが、直ぐに苦し気に目を逸らす。
そして、ゆっくりと……首を横に振った。


「……………。
……いや、そうじゃ、ない。……………そうじゃ、ないんだ。」


そこで、リンはやっとヨーコを正面から見詰める。
その目には不安が微かに揺れていたが、強い決意が色濃く浮かんでいた。


「…………何でかは、……理由は、……言えない。
多分………今だけじゃなくて、これから先も、ずっと………言えない。
…………何も話さない…私の事を、…………信じられないのは、分かっている。
…………それでも、………信じて、ほしいんだ。
私は、……絶対に、ヨーコ達を裏切らない。
何があっても、………ヨーコ達を助けたいんだ。
それだけは、本当なんだ…信じてほしい。」


…………リンの強い意志の裏に、狂おしい程の渇望がある事にヨーコは気付く。


(お願いだ、信じてくれ!…私を、…………信じてほしいんだ!!)


リンの心の叫びが聞こえてきているかの様な錯覚すら感じた。

《嘘》で誤魔化す事も出来たのに……リンはあえてそこには逃げなかったのだ。



縋りつく様に見詰めてきたリンに、ヨーコは優しくそっと微笑んでリンの手を取った。


「大丈夫よ、リン。
私は……あなたを信じているから。
…………でもね、忘れないで。あなたは……独りぼっちじゃないってことを。
抱えた秘密がリンを苦しめるのなら、私に相談してもいいのよ。
………それがどんな秘密であっても……私はリンを信じるから。」


リンは驚いた様に目を見張って、堪えきれずに目を伏せる。


「……話せなくて…済まない……ヨーコ……。
………ありがとう…こんな私を信じてくれて……。
…本当に……ありがとう……。」




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