★ 『リンっ!』 ヨーコの目の前でリンがジムを庇って巨大な蛾に拐われていった。 気を喪ったのか、リンはピクリとも動かない。 ヨーコが見ている中、巨大蛾はB5Fの排気孔へと入っていった。 『早く助けなきゃ!』 ヨーコは、まだ腰を抜かしてへたりこんでいるジムを無視して来た道を引き返す。 その時。 『ヨーコ!ダメだよ!危ないよ!!あんなのに勝てっこないよ!リンの事は諦めるんだ!じゃないとヨーコが死んじゃうよ!!』 リンを助けるために自ら危険へと飛び込もうとしているヨーコを、ジムは震える声で引き留めようとした。 ジムのその言葉に、ヨーコは微かな怒りを覚える。 『リンは、あなたを助けて拐われたのよ……? ……それでいて…あなたはリンを助けようとは思わないの……?』 『だって………オレじゃあムリだよ。リンはさ、強いから平気であんなのの前に飛び出せたんだ……!でも、オレは違う…!恐いんだ……!あんなのと戦うなんて、オレにはムリだ……!』 平気……。……きっとそんな筈はない。 『リンだって………全く恐くなかった訳なんてないわ……。 それでも、あなたを助けたかったのよ……。 ………あなたには、その勇気が無いのね……。』 ………ヨーコにはジムを全面的に非難する積もりはない。 彼が怯えて立ち竦む気持ちは分かるから。 ヨーコもジムと同じくらい怖いと思っている。 ………それでもリンを見捨てる事なんて出来ない、という気持ちが恐怖よりも上回っているだけだ。 『待ってよヨーコ!!』 ジムの呼び止める声を無視して、ヨーコはダクトへの扉を開けた。 B5Fの通路の先には巨大なシャッターが降りていた。 (どうしよう……これじゃあ通れないわ……。) シャッターを制御する端末は見当たらない……。 困り果ててふと足下をみると、通気孔のような穴が開いていた。 そう大きな物ではないが、通れなくは無いだろう。 穴の先は非常用通路へ繋がっていた。 ここを通れば先に進めるはずだ。 狭く暗い通路を進んで行くと、路の先にゾンビが一体立っていた。 まだヨーコの存在には気が付いていない様だが、後少しでも近付けばヨーコに襲いかかってくるに違いない。 (頭をちゃんと撃てば、近付かれる前に倒せるはずよ……!) 扱い慣れない故にもたつきながらも、ヨーコはハンドガンを構えてゾンビの頭を狙う。 引き金を引くと反動で腕が上がってしまったが、弾丸は頭に当たって、腐敗した肉片と脳漿が飛び散った。 その凄惨な光景にヨーコは思わず目を背けてしまう。 『馬鹿か。敵から目を離すな!』 背後から怒声とほぼ同時に発砲音が聞こえた。 『えっ……?』 慌てて前を向くと、頭が半壊したゾンビがヨーコの目の前まで迫り、その手をヨーコまで後少しの所まで伸ばしていた。 ヨーコ背後から放たれた弾丸が、ゾンビの活動を完全に止め、ゾンビは後ろに倒れこむ様に力尽きる。 『倒したかどうか位は確認しておけ。』 淡々とリロードを行いながら、デビットが言った。 『助けて……くれたの…?』 『邪魔なゾンビを片付けただけだ。』 ヨーコを助けたのはついでだとでも言いたげだ。 『……助けてくれて、ありがとう、デビット……。』 デビットがどういう意図だったにせよ、助けられた事には変わりがない。 それにしても、デビットもリンを助けに来たのだろうか……? 少し意外だ。 もし誰かがついてくるのだとしても、それはデビットではなく……。 『ねぇデビット……、ケビンは……?』 『あの警官なら、ジムと一緒にいる。』 ………そうね、ジムだけをあそこに残していく訳にはいかないもの……。 ケビンが残った理由は分かったけど、デビットは何でついてきたのだろう? 『グズグズするな。先に行くぞ。』 『あっ……待って……。』 考えて立ち止まってしまっていたヨーコを置いて、デビットが先に進んでしまったのでヨーコも慌てて後を追い、再び通気孔を潜った。 『ここは……。』 どうやらBエリアに出た様だ。 確かこの先には電算室があるはず……。 今はシャッターが降りているけれど確かこのシャッターは横にある端末で操作可能だった……。 辺りを見ると、人が倒れている。 まだ息をしている様だけど、深い傷を負っている様だ。 ……あれでは助からないだろう。 (リン……何処にいるの……?) 早く見つけなくては、リンも手遅れになってしまうかもしれない。 ヨーコが焦っていると、不意にシャッターがゆっくりと開き始めた。 デビットを見るが、彼が端末を操作した訳ではない。 なら、一体誰が……? ヨーコとデビットが警戒して武器を構えると、シャッターの向こうで何かが倒れた音がする。 半分程シャッターが開いた時、ヨーコはそこに倒れているリンを見付けた。 リンの周りには踏み潰された何かの幼虫達が転がっている。 『リンっ!しっかりして……!!』 慌てて駆け寄り抱き起こすが、リンは目を覚まさないばかりかぐったりとして顔色が悪い。 外傷は無いのに……何故……? その時デビットがリンの手に握られた、半分食べられているグリーンハーブとブルーハーブを見付けた。 『毒を受けたのか……?』 『そんなっ…。…リン……!』 『ブルーハーブが効く毒だったなら、直に目を覚ますはずだ。 ……効かない毒ならば、俺達に打つ手は無い。』 (神様……っ!…お願いします…! リンを……助けて下さい……!!) ヨーコは真剣に神に祈った。 その祈りが通じたのかは分からないが、リンの顔色が徐々に良くなっていき程なくして。 「うっ……。」 リンが薄く目を開けた。 「リン……!気が付いたのね……!」 嬉しさで薄く涙を浮かべながら、ヨーコはリンを覗きこんだ。 「部…長……?……助けに……来てくれたんですか……?」 ヨーコの顔を見て、リンが心から嬉しそうに笑った。 どうやらヨーコを誰かと勘違いしているらしい。 「リン…?私は《部長》じゃないわ……。」 その言葉で意識がはっきりしたのか、リンは完全に目をさましてしっかりとヨーコを見詰めた。 「あっ………済まない……ヨーコ……。……人違いしてしまった様だ。」 「もう大丈夫なの……?」 リンはしっかりと頷いた。 「ああ、ブルーハーブが効いたみたいだ……。 ……助けに来てくれてありがとう……。心配をかけて……済まない……。」 リンは心底申し訳無さそうに謝った。 「そんな……いいのよ…。 リンにはいつも助けられてばかりだもの…。」 「だが、………私がもっと注意していれば……。」 皆を危険に晒さずにすんだのに……。とリンは項垂れる。 「そんな事……あなたが責任を感じる事ではないわ……。」 ヨーコはリンを優しく抱き締めた。 リンは、素直にヨーコに身を預ける。 「ヨーコ…………済まない………ありがとう……。」 |