★ 唐突に隔壁が開放され、ヨーコ達はどうするべきか分からなかった。 どう考えても不自然なタイミング。 誰かが自分達を招き入れようとしているかの様だ。 ただ、ヨーコにはそれが悪意に満ちたものの様に思えてならない。 (何故なの……? ……この先に進んではいけない……。 …そんな気がする…。) ヨーコが不安を感じて立ち竦んでいると。 『やった!これで先に進めるよ!!』 『あっ!待って……。』 おしゃべりな男性……ジムが、ヨーコが止める間も無く隔壁の向こうへと進んでしまった。 『おい!ジムっ! ………仕方ねぇ、先に進むか。 おい、ヨーコ、デビット、リン。先に進むぞ。 此処に留まったってどうにもならんからな。』 ジムが呼んでも帰ってこないのを見て、ケビンは先に進む事にしたようだ。 どうしよう……。止めた方が良いのだろうか………。 しかし止めるにしたって、その理由に確たる物はない。 どうすればよいのか分からずヨーコが躊躇っていると、ヨーコの手をリンが優しく握った。 その手の温もりに、地下の冷たい空気で冷やされていたヨーコの手が温められる。 「………大丈夫。……何があっても、ヨーコ達は守る。」 真剣にそう告げるリンの顔は、何かの覚悟を決めている様だった。 そしてリンの手に引かれてヨーコもまた隔壁の向こうへと進む。 『わおっ!ケビン!ヨーコ!見てみなよ!電車だっ! これで脱出出来るんじゃないか?』 ジムのはしゃぐ声が聞こえる。 隔壁の向こうはプラットフォームの様だった。 電車が止まっているが、動くのだろうか? ジムが走り寄って調べている様だ。 ジムは地下鉄駅員だと言っていたから、詳しいのかもしれない。 奥にエレベーターらしき物もあるようだけど、それは壊れているのか動きそうには無さそうだ。 『こいつはあの隔壁を開閉する為の操作盤か? ……誰かが動かした形跡があるな……。』 ケビンが訝しげに隔壁の操作盤らしき物をチェックする。 勝手に機械が動くはずなんて無いのだから、ここにはこれを動かした誰かがいるはずなのだ。 しかし、その誰かは何故ここにいない……? 隠れているにしたって、何故……? 「…………。」 横にいるリンは何かを警戒する様に辺りを見ている。 ピンッとはりつめたその横顔が、ヨーコの警戒心も高まらせた。 ふと物陰で何かが動いた気がした。 「!」 リンが素早くヨーコの腕を引き、それにほんの僅か遅れて銃声が響く。 銃弾はヨーコの僅かに横を掠めていった。 『まさか、あんたに会うとはね。 怖くなってもう戻ってこないと思っていたわ。』 嘲りを顔に浮かべた女性が、手にした銃から硝煙を立ち上らせて物陰から現れる。 ヨーコは彼女の事など記憶にない。 ないのだが……。 (うっ………何故なの? ……頭が痛い……。……。) 『……モニ、カ……?』 頭が割れそうな頭痛の中、ふと浮かんだ名を呼んだ。 フンッと鼻を鳴らす彼女は肯定も否定もしない。 『ヨーコっ!何があった!?』 エレベーターの方を調べていたケビンが血相を変えてやって来た。 だが、モニカに銃口を向けられて、ヨーコに近寄る事が叶わない。 『あら、あんたなんかに仲間がいたとはね。 そいつなんて、あなたのナイトでも気取っているのかしら?』 モニカはハンドガンをリンに向ける。 リンは何も言わずに静かにモニカを睨み付けていた。 更には、モニカからは見えない様にハンドガンを持っている。 何かあればモニカを撃つ積もりの様だ。 こんなにも敵意をはっきりと露にするリンを見るのは、ヨーコは始めてだった。 そんなリンの様子以上に、ヨーコはモニカの持っているケースが気になっている。 確かあれは特殊な仕様になっていて、丁重に扱わねばならないカプセル等を収納できる物だ。 『それは……、カプセル………?』 モニカに訊ねる積もりもなく、何となしにヨーコは呟いた。 『まさか、あんた達もこれを?』 ヨーコの呟きを聞き、モニカはあからさまに態度を変えた。 ヨーコを嘲る様なものから、警戒し敵意を見せる物へと。 どうやらヨーコの呟きは的を射ていた様だ。 モニカの持っているケースの中身はカプセルなのだろう。 それが何のカプセルなのかはヨーコには預かり知らぬことだが。 その中身はモニカにとって余程大切な物の様だ。 モニカはヨーコにハンドガンを突き付け、引き金に指を絡めた。 『もしそうなら……。』 モニカの目に冷たい光が宿る。 きっとモニカは何の躊躇もなく撃ってくると、ヨーコは確信した。 『やめて!何の事か分からないわ!』 ヨーコはありのままの事実を述べたが。 『フン……そんな言葉には騙されないわよ……。バカにしないで!』 モニカは信じようとはせず、苛立ちを募らせたかの様に眦を吊り上げる。 モニカは引き金を引こうと指に力をかけようとした。 だが、急に気が変わったかの様に声色を変える。 『……そうだわ…あんたIDカードを持ってるわよね? それを寄越しなさい。』 モニカに言われてIDカードを探すが、それらしき物は中々見付からない。 あちこちを探し、ズボンのポケットに手をやると、カードが出てきた。 これがモニカの言うIDカードなのだろうか? 何故自分がこんな物を持っているのか、ヨーコには分からなかったが。 その理由について考える間も無く、モニカにIDカードを掠め取られた。 『ありがとうヨーコ……。久しぶりに話せてよかったわ。』 そしてヨーコを嘲笑う。 『せいぜい元気でね。』 モニカは出てきた時と同じく唐突に去っていった。 「行った様だな。」 モニカが去って行った事を確認して、リンが警戒を解く。 リンは手にしていたハンドガンを仕舞い、何処かホッとしていた。 モニカを撃たずに済んで安心しているのだろう。 ゾンビ達には臆する事なく立ち向かっていくリンも、流石に同じ人間相手に銃口を向けるのは恐かったのかもしれない。 ケビンがヨーコに駆け寄って来る。 『何だアイツは?ヨーコの知り合いか?』 『……分からないわ…。……多分そうだとは思うけど……。』 記憶が無いから、断言は出来ないが。 そう言う意味でヨーコは言ったが、ケビンは違う意味で取った。 『多分?まぁ、記憶に残らない程度の付き合いってことか? にしても、おっかねぇネエちゃんだったな。 ヨーコが撃たれるんじゃないかとヒヤヒヤしてたんだぜ。 助けに行きたかったが、下手に動くと逆に相手を刺激しかねなかったからな。 助けに行けず、恐い思いをさせて済まねぇ。』 本当に済まないと思っているのだろう。 ケビンはヨーコに頭を下げた。 『……そんなこと、無いわ……。 銃声が聞こえた時、ケビンが直ぐに来てくれて、嬉しかったもの……。』 来てくれただけで、本当に少しだけだが安心したのだ。 ケビンが気に病むことなど、一つもない。 『あいつに何か取られていたが、大事な物だったんじゃねぇのか?』 『……私には、皆が無事だった事の方が大事だもの…。』 何故自分があのカードを所持していたのか、そもそも何の為の物なのか、その事すら思い出せないヨーコにとっては、大事な物かどうかさえ分からない。 そんな物よりも、自分達が撃たれなかった事の方が大事なのは事実だ。 『ヨーコ!大丈夫!?』 ジムが後れ馳せながらも電車の陰から顔を出した。 そしてキョロキョロと辺りを見回す。 『あいつはもう居ないよね?』 あいつ………モニカの事を指しているのだろうか? ジムはモニカが何処かに去って行った事を確認して、ヨーコに駆け寄って来た。 『電車は残念だけど、動かないみたいだね。多分電圧が足りないみたいだ。電圧を回復させようにも、どうすればいいか分かんないし、別の脱出方法を探した方がいいんじゃない? 少なくともオレはそうするべきだと思うけどね。』 確かに……。電圧を回復させる方法を探すのも、別の脱出方法を探すのも大差は無さそうだ。 『まぁどうするにせよ、此処を探さなきゃな。 此処は地下だし地上よりはゾンビ共も少ないだろうから、多少は安全だろう。』 ……そのケビンの意見には賛同出来ない……。 何故だか、此処はある意味地上よりも危険な気がするのだ……。 ゾンビ達よりも、危険な物を想像することは出来ないのだけれど……。 それでも頭の片隅で、何かが警鐘を鳴らし続けている。 リンに意見を求めようとすると、彼女は何かを探して辺りを見回していた。 |