世界を変える願い事







唐突に隔壁が開放され、ヨーコ達はどうするべきか分からなかった。

どう考えても不自然なタイミング。
誰かが自分達を招き入れようとしているかの様だ。
ただ、ヨーコにはそれが悪意に満ちたものの様に思えてならない。


(何故なの……?
……この先に進んではいけない……。
…そんな気がする…。)


ヨーコが不安を感じて立ち竦んでいると。


『やった!これで先に進めるよ!!』

『あっ!待って……。』


おしゃべりな男性……ジムが、ヨーコが止める間も無く隔壁の向こうへと進んでしまった。


『おい!ジムっ!
………仕方ねぇ、先に進むか。
おい、ヨーコ、デビット、リン。先に進むぞ。
此処に留まったってどうにもならんからな。』


ジムが呼んでも帰ってこないのを見て、ケビンは先に進む事にしたようだ。

どうしよう……。止めた方が良いのだろうか………。
しかし止めるにしたって、その理由に確たる物はない。


どうすればよいのか分からずヨーコが躊躇っていると、ヨーコの手をリンが優しく握った。
その手の温もりに、地下の冷たい空気で冷やされていたヨーコの手が温められる。


「………大丈夫。……何があっても、ヨーコ達は守る。」


真剣にそう告げるリンの顔は、何かの覚悟を決めている様だった。

そしてリンの手に引かれてヨーコもまた隔壁の向こうへと進む。


『わおっ!ケビン!ヨーコ!見てみなよ!電車だっ!
これで脱出出来るんじゃないか?』

ジムのはしゃぐ声が聞こえる。

隔壁の向こうはプラットフォームの様だった。
電車が止まっているが、動くのだろうか?
ジムが走り寄って調べている様だ。
ジムは地下鉄駅員だと言っていたから、詳しいのかもしれない。
奥にエレベーターらしき物もあるようだけど、それは壊れているのか動きそうには無さそうだ。


『こいつはあの隔壁を開閉する為の操作盤か?
……誰かが動かした形跡があるな……。』


ケビンが訝しげに隔壁の操作盤らしき物をチェックする。
勝手に機械が動くはずなんて無いのだから、ここにはこれを動かした誰かがいるはずなのだ。

しかし、その誰かは何故ここにいない……?
隠れているにしたって、何故……?



「…………。」


横にいるリンは何かを警戒する様に辺りを見ている。
ピンッとはりつめたその横顔が、ヨーコの警戒心も高まらせた。


ふと物陰で何かが動いた気がした。


「!」


リンが素早くヨーコの腕を引き、それにほんの僅か遅れて銃声が響く。
銃弾はヨーコの僅かに横を掠めていった。



『まさか、あんたに会うとはね。
怖くなってもう戻ってこないと思っていたわ。』


嘲りを顔に浮かべた女性が、手にした銃から硝煙を立ち上らせて物陰から現れる。

ヨーコは彼女の事など記憶にない。

ないのだが……。


(うっ………何故なの?
……頭が痛い……。……。)


『……モニ、カ……?』

頭が割れそうな頭痛の中、ふと浮かんだ名を呼んだ。

フンッと鼻を鳴らす彼女は肯定も否定もしない。


『ヨーコっ!何があった!?』


エレベーターの方を調べていたケビンが血相を変えてやって来た。
だが、モニカに銃口を向けられて、ヨーコに近寄る事が叶わない。


『あら、あんたなんかに仲間がいたとはね。
そいつなんて、あなたのナイトでも気取っているのかしら?』


モニカはハンドガンをリンに向ける。
リンは何も言わずに静かにモニカを睨み付けていた。
更には、モニカからは見えない様にハンドガンを持っている。
何かあればモニカを撃つ積もりの様だ。
こんなにも敵意をはっきりと露にするリンを見るのは、ヨーコは始めてだった。


そんなリンの様子以上に、ヨーコはモニカの持っているケースが気になっている。
確かあれは特殊な仕様になっていて、丁重に扱わねばならないカプセル等を収納できる物だ。


『それは……、カプセル………?』


モニカに訊ねる積もりもなく、何となしにヨーコは呟いた。


『まさか、あんた達もこれを?』


ヨーコの呟きを聞き、モニカはあからさまに態度を変えた。
ヨーコを嘲る様なものから、警戒し敵意を見せる物へと。

どうやらヨーコの呟きは的を射ていた様だ。
モニカの持っているケースの中身はカプセルなのだろう。
それが何のカプセルなのかはヨーコには預かり知らぬことだが。

その中身はモニカにとって余程大切な物の様だ。
モニカはヨーコにハンドガンを突き付け、引き金に指を絡めた。


『もしそうなら……。』


モニカの目に冷たい光が宿る。
きっとモニカは何の躊躇もなく撃ってくると、ヨーコは確信した。


『やめて!何の事か分からないわ!』


ヨーコはありのままの事実を述べたが。


『フン……そんな言葉には騙されないわよ……。バカにしないで!』


モニカは信じようとはせず、苛立ちを募らせたかの様に眦を吊り上げる。
モニカは引き金を引こうと指に力をかけようとした。
だが、急に気が変わったかの様に声色を変える。


『……そうだわ…あんたIDカードを持ってるわよね?
それを寄越しなさい。』


モニカに言われてIDカードを探すが、それらしき物は中々見付からない。
あちこちを探し、ズボンのポケットに手をやると、カードが出てきた。
これがモニカの言うIDカードなのだろうか?
何故自分がこんな物を持っているのか、ヨーコには分からなかったが。
その理由について考える間も無く、モニカにIDカードを掠め取られた。


『ありがとうヨーコ……。久しぶりに話せてよかったわ。』


そしてヨーコを嘲笑う。


『せいぜい元気でね。』

モニカは出てきた時と同じく唐突に去っていった。




「行った様だな。」


モニカが去って行った事を確認して、リンが警戒を解く。
リンは手にしていたハンドガンを仕舞い、何処かホッとしていた。
モニカを撃たずに済んで安心しているのだろう。
ゾンビ達には臆する事なく立ち向かっていくリンも、流石に同じ人間相手に銃口を向けるのは恐かったのかもしれない。


ケビンがヨーコに駆け寄って来る。


『何だアイツは?ヨーコの知り合いか?』

『……分からないわ…。……多分そうだとは思うけど……。』

記憶が無いから、断言は出来ないが。
そう言う意味でヨーコは言ったが、ケビンは違う意味で取った。


『多分?まぁ、記憶に残らない程度の付き合いってことか?
にしても、おっかねぇネエちゃんだったな。
ヨーコが撃たれるんじゃないかとヒヤヒヤしてたんだぜ。
助けに行きたかったが、下手に動くと逆に相手を刺激しかねなかったからな。
助けに行けず、恐い思いをさせて済まねぇ。』


本当に済まないと思っているのだろう。
ケビンはヨーコに頭を下げた。


『……そんなこと、無いわ……。
銃声が聞こえた時、ケビンが直ぐに来てくれて、嬉しかったもの……。』


来てくれただけで、本当に少しだけだが安心したのだ。
ケビンが気に病むことなど、一つもない。


『あいつに何か取られていたが、大事な物だったんじゃねぇのか?』

『……私には、皆が無事だった事の方が大事だもの…。』


何故自分があのカードを所持していたのか、そもそも何の為の物なのか、その事すら思い出せないヨーコにとっては、大事な物かどうかさえ分からない。
そんな物よりも、自分達が撃たれなかった事の方が大事なのは事実だ。



『ヨーコ!大丈夫!?』

ジムが後れ馳せながらも電車の陰から顔を出した。
そしてキョロキョロと辺りを見回す。

『あいつはもう居ないよね?』

あいつ………モニカの事を指しているのだろうか?

ジムはモニカが何処かに去って行った事を確認して、ヨーコに駆け寄って来た。

『電車は残念だけど、動かないみたいだね。多分電圧が足りないみたいだ。電圧を回復させようにも、どうすればいいか分かんないし、別の脱出方法を探した方がいいんじゃない?
少なくともオレはそうするべきだと思うけどね。』


確かに……。電圧を回復させる方法を探すのも、別の脱出方法を探すのも大差は無さそうだ。


『まぁどうするにせよ、此処を探さなきゃな。
此処は地下だし地上よりはゾンビ共も少ないだろうから、多少は安全だろう。』


……そのケビンの意見には賛同出来ない……。
何故だか、此処はある意味地上よりも危険な気がするのだ……。
ゾンビ達よりも、危険な物を想像することは出来ないのだけれど……。
それでも頭の片隅で、何かが警鐘を鳴らし続けている。


リンに意見を求めようとすると、彼女は何かを探して辺りを見回していた。




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