世界を変える願い事







部長は獅堂を呼び出した。

居場所は不明だが恐らくは無事である月代よりも、無事かどうかすら分からない獅堂を優先したのだ。

十数秒の呼び出し音の後、微かな息遣いが聴こえてきた。
獅堂、なのだろうか。


「ねぇ、聴こえる?聴こえているなら返事をして。」


“この声……、部長っ!?何で部長が……?”


通信機から返ってきたのは、確かに獅堂の声だ。

「獅堂、そっちは無事か?今何処にいる?」

春竜は獅堂と部長の通信に割り込んだ。


“なっ……ハルまで……?”


「俺と部長は、今一緒にいる。獅堂が近くにいるなら合流しよう。」


“…そうか……俺は今倉庫だ。二人は今何処に?”


獅堂に訊かれて春竜は、今いる通りの名を告げた。


“………遠い。多分合流は無理だ。………それよりハル……気付いているのか?此所が……。”


「ゲームの中かもしれない事なら気付いている。」


“そうか………。”


「ねぇ一輝君。心羽は傍にいる?」


“尾白……?いえ、見ていません。……まさか尾白も何処かに……?”


「分からない。でも、その可能性は高いわ。
凜も何処かにいるみたいだから……心羽もいると思うの。
でも、通信機が繋がらないみたいだし……もし心羽の行方の手掛かりを掴んだら、必ず連絡して……。」


“……分かりました。”


そこで通信は途切れた。



獅堂との合流は無理そうだが、無事が確認出来ただけ良しとしよう。



「月代は……。」


月代とも連絡を取ろうとした矢先、春竜はゾンビが現れたのを見付けた。
まだ遠くにいて此方には気付いていない様だが………。

春竜がゾンビを警戒している間に、部長は月代を呼び出していた。


“……もしもし……?”


通信機から聴こえてきたのは、少し警戒している月代の声だ。
ノイズ混じりだが、間違い無い。


「凜なのねっ!?良かった…やっと…繋がったわ……。」


“部長っ…!?”


月代は驚いた様に息を詰まらせる。
月代もまさか部長や春竜がここにいるとは思わなかった様だ。

それは春竜もなのだが。


「あまり長々と説明している暇はないから手短に説明するわね。凜、画面を見て頂戴。」


部長もちらりと遠くのゾンビを見詰めた。


「私は今ハルと一緒にいるわ。一輝君は一緒じゃないけど、彼も無事みたい。
……でも、心羽と連絡が取れないの。」


“待って下さい。どういう事ですか?部長達もここに……?”


「えぇ。私もハルも気が付いたらこの街にいたの。私は運良くハルと合流出来たのだけどね…。」


“部長はこの街の事……知っていますか?”


一拍置いてから、月代はやや緊張しながら部長に訊ねた。


「……ゲームの中の街だと言う事は、ハルから聞いたわ……。
偶々出会ったシンディ達から凜の事を聞いたの。」


“シンディ!?彼女達は無事なんですか!?”


シンディの名を出した途端に、急に月代の声が焦った様に大きくなった。
余程驚いたのだろう。


「えぇ。取り敢えずはね。今の所怪我をしている人は居ないわ。」

通信機の向こうで、月代が安堵の息を吐いた様な気がした。

「凜は今何処にいるの?」


“アンブレラの地下研究所にいます。”


部長が、(そこって近いの?)と目で訊いてきた。

アンブレラ地下研究所………確か…バイオハザード2の舞台になっていた場所だったはずだ。
……少なくとも、今すぐ行ける場所ではない。

春竜は首を横に振った。


「……遠いわね。……今合流するのは難しそうだわ。取り敢えずは別々に行動しましょう。」


“…分かりました。”


その時、ゾンビが此方を見た。
ゾンビは春竜達の存在に気が付いた様で、かなり速いスピードで向かって来る。
さらに、何処からかゾンビ達がワラワラと沸いてきた。


「部長、ゾンビ達が追ってきています。……ここも危ない。早く行きましょう。」


「私とハルはシンディ達と一緒に行くわ。……心羽の事が何か分かったら連絡するわね。」


春竜が急かすと、部長は頷いてからやや早口で月代に伝えて通信を切った。だが、ゾンビ達は春竜達を包囲しようと迫ってきている。



『全く…何処から沸いてきているんだか……!
ユイ、ハルっ!走り抜けるわよっ!こんな数相手にしてられないわっ!』



その時、春竜達の傍にいたアリッサが素早くハンドガンを構えて、包囲しようと近寄ってきたゾンビの頭を狙い撃った。

アリッサが放った銃弾は一発でゾンビの頭の大半を吹き飛ばし、ゾンビ達の包囲網に穴が開く。

そこを逃さず走り抜けるアリッサの後に春竜と部長も後に続いた。



(凄い腕だ……。)


春竜はアリッサの射撃技術に感嘆する。

春竜がアリッサに渡したハンドガンには、ゾンビを一撃で倒す程の威力は無い。
あの一瞬でヘッドショットが出来るとは……。

……頼もしい限りである。


だが、この数のゾンビ相手には多勢に無勢。
逃げるが勝ちだ。







この暗闇を走るような逃走の先に何があるのか、春竜はまだ知らない。




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