世界を変える願い事






シンディ達がケビン達と離れ離れになってしまってからもう数時間が経っている。

町中をゾンビから逃げ回る内に、シンディはすっかり疲弊してしまっていた。

体力のあるアリッサとマークにはまだ余裕がありそうだが、二人程には体力に自信の無いシンディやジョージは正直もう走る事すら辛い。

何処かで休む事が出来るのなら良いのだが、町中がゾンビだらけでとてもじゃないがそんな場所は無い。

(ケビン達は無事なのかしら……。)

他人の心配をしている場合では無いかも知れないが、シンディはケビン達を心配していた。

(皆、大きな怪我をしていなければいいのだけど……。)

……大きな怪我と言えば、リンの事も心配だ。

治療したとは言ってもあれはあくまでも応急処置。
あの腕の傷は、ちゃんとした医療機関に診てもらうべきものだ。

リンは怪我が治っていないのにまた無茶をしてそうな気がした。

(リン……無茶をしてないかしら……。)

シンディはリンの事をよくは知らない。あの時が初対面である。
それはヨーコもだが。

それでも治療した後にリンが辿々しくも一生懸命に礼を言ってきたのは、シンディの心に残っている。

(そう言えば……リンもヨーコも……何時お店に来たのかしら…? )

あの時は気にならなかったが、よく考えたら不思議だ。

リンは気が付いたら何時の間にか店内にいて、机に突っ伏していた。
……最初は具合が悪いのかと心配したのだけれど……、リンはただ寝ていただけの様で、シンディが声を掛けると直ぐに目を覚ましたのだった。
リンは起きた後、何かに凄く驚いていた。
そしてそのすぐ後に、最初のゾンビが入って来たのだ。
あの時はリンの行動にただ驚くだけだったが、彼女はゾンビからウィルを守ったのだろう。

ヨーコはその後に何時の間にか店内にいたのだ。

疑いを抱く訳でもないが不思議である。


シンディ達が公園の前を通り過ぎる時、遠吠えが聴こえて凄まじい速さで何かが走ってきて、シンディに体当たりをしてきた。

『きゃっ!』

シンディはその衝撃に耐えきれず、尻餅をついてしまう。

『シンディっ!』

シンディに体当たりをしてきたのは犬だった。

だが、唯の犬ではない。ゾンビになっている。
所々皮膚が剥げ落ち筋組織が露出して、目は白く濁っていた。

可愛らしい犬の面影を遺しているが、シンディには恐怖しか感じない。

マークが素早くハンドガンを抜いて発砲するが、ゾンビ犬は軽やかに銃弾を避けてしまう。

ゾンビ犬は牙を剥いてシンディに飛び掛かろうと、跳躍した。

(ダメ…避けられない……!)

シンディが思わず目を瞑る。



「せぇぇいっ!」

何かが飛んできて、何かにぶつかる音。

『ギャインっ!』

犬の悲鳴。何かが地面に転がる音。

『危ない所だったわね。立てる?』

そして知らない誰かの声が聴こえた。



恐る恐るシンディが目を開けると、日本人の少女がシンディに手を差し伸べて微笑んでいた。

『あなたが、……助けてくれたの?』

『偶々、ね。咄嗟に近くにあったゴミ箱を投げちゃったわ。』

少女が示した様に、ゴミ箱と犬の死体が転がっている。

首の骨が折れたのか、ゾンビ犬の首が有らぬ方向へ曲がっていた。
もう動く事は無さそうだ。


『それより……あなた達、この先に行く積もり?
もしそうなら止めた方が良いわよ。
さっきの犬みたいなのばかりだもの。
この公園の中を通って行った方がまだ安全なんじゃないかしら。』

『それは本当かい?』


ジョージが訊ねると、少女は頷いた。

『えぇ、本当よ。
だって私はそこから逃げて来たんだもの。
あっちはゾンビみたいな連中ばかりだったわ。
まあ、この様子じゃこの辺り一帯がそうなのかも知れないけどね。
でも、あっちに行くのは本当におすすめ出来ないわ。
道が細くて、逃げ場が殆ど無いの。』

『そうか。なら君の言う通り、公園を抜けた方が良さそうだな。
それはそうと、君は此所に来るまでに誰か他の生存者にあったか?』

マークの言葉に少女は首を横に振る。

『あんたこれからどうする積もり?
良かったら私達と一緒に来る?』

アリッサが訊ねると。

『そうね……。…えぇ、お願いしてもいいかしら。』

と少女は頷いた。



『私はユイ・ホシノ、日本の高校生よ。ユイって呼んで欲しいわ。』

そう少女は自己紹介した。

『日本の高校生、か。今日は不思議と日本の高校生と縁があるな。』

ジョージの言う通り、リンに続いて二人目である。

よく見たらユイが背負っている小さなリュックはリンが持っていた物と全く同じ物だ。

日本の高校生の間では、このリュックが流行っているのだろうか。


『皆はこれからどうするの?』

『避難所を目指しているが…どうにも場所が分からない。
…そもそも其所が安全なのかさえ、不明だ。
こんな事態になってしまった以上街から出るべきだとは思うのだが、街中至る所が封鎖されていて街を脱出する方法が無い。』

ジョージの言葉に、ユイは少し考えこんだ。

『成る程ね。
……何処かに救助部隊がいればいいのだけど……。
私が逃げてきた方向には何も無かったわ。
と、いうよりあんな状況で生きている人がいるのかしら……。』

『君が逃げてきた所はそんなに酷かったのかい?』

『まぁね。私が無事な事が奇跡に思える位には、凄かったわ。』


ユイは見るからに何の武器も持っていない。

よくそれで生き延びれたものだとは思う。


『全く………何がどうなってるのかしらね……。』


ユイが溜め息と共に吐き出した言葉は皆が思っている事だった。




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