世界を変える願い事



ゾンビが侵入してきた窓は、デビットによっていつの間にか塞がれ、全ての窓と入り口の扉にバリケードが築かれた。

これで一応ゾンビが侵入してくる可能性がある場所は全て塞いだはずだ。
そう長くは保たないのは分かってはいるが、多少の時間稼ぎにはなるだろう。


(さて、これからどうしようか。)

やるべき事は分かっているのだ。
この区域が封鎖される前に此処から逃げ出さなくてはならない。

しかし、それをどうやってケビン達に説明するのかが問題である。

……どう考えてみても、凜の残念な英語力では何一つ伝えられそうにない。
……凜は英語が出来ないことを心底後悔した。


「はぁ、せめて日本語が分かる人がいたらいいんだが。」


まぁ無い物ねだりだろう。
そう諦めかけたその時だった。


「あの………私、少しなら…日本語…分かります。」


控え目で静かな声が聞こえた。

ハッと声がした方を見ると、いつの間にかこの場にヨーコがいた。

そう言えば、ヨーコは一応両親が日本人。
多少は日本語が分かっても何ら不思議ではない……!



「それは本当か……!?」

ふって湧いた様な一縷の希望に、凜は思わず歓喜しヨーコに詰め寄りかけた。

「は、はい。」


凜の様子に若干引きながらも、ヨーコは確りと頷く。

「有り難う!貴女のお陰で何とかなりそうだ!!」

喜びの余り、凜はヨーコを抱き締めたくなった。


『おい、あんた……コイツが何を言っているのか分かるのか……?』

その様子を見ていたケビンがヨーコに訊ねる。

『は、はい。』

『そうか……。なら、コイツが何者なのか聞いてくれないか?』

ヨーコは頷き凜に向き直った。

「えっと、……そこのお巡りさんが、あなたは誰ですか…?って訊いてます。」


「私?…私は月代凜。日本の高校生だ。
ファミリーネームが月代で、ファーストネームが凜。
残念ながら英語は殆ど分からないんだ。」

『えっと、…彼女は日本の高校生のリン・ツキシロさんだそうです。』

ヨーコがそう伝えると、ケビンは若干疑う様に凜をまじまじと見た。
凜が女性だというのが信じられないのかもしれない。

『…日本の女子高校生……ね。
俺はケビン・ライマン。この街の警官さ。
そういや、あんたの名前は?』

「あの…私はヨーコ・スズキ、です。」

『へぇ、ヨーコか。いい名前だな。大学生か?』

『え…えぇ。』


何を訊かれたのか凜には分からないが、何故か曖昧にヨーコは頷いた。

ケビンとヨーコに続くように、店内にいた全員が簡単な自己紹介をする。


凜はそれを聞くフリをしながら自分の所持物を確かめていた。


(服は……家で着ていたものだな。
靴は何時も履いているもので間違いがない……。
……?)


凜はそこで漸く自分が何かを背負っていることに気が付いた。

リュック、だろうか。

肩から下ろしてみると、小振りながらも頑丈そうなリュックだった。
やけに軽い。

(はて……。こんなリュック……持っていた覚えが無いんだが…。)

もしかしたら、このリュックが現状を解決するカギになるかもしれない。
中身を確かめようと、リュックを開ける。

ところが。

(あれ?空、か?)

リュックの中は薄闇が広がるだけで、中身は一見無いように見える。

一瞬がっかりしたが、気を取り直して中を漁ってみることにした。

すると何も無いはずだったのに、手を突っ込むと何か硬いものが指に触れた。
手に触れたそれを持ってみると、ずっしりとした重みが返ってくる。


(このリュック……こんなに重く無かったんだが。)

何せ背負っていることにすら中々気付けない程の軽さなのだ。

ヨーコ達に気付かれないように、そっと手に持っている物を見た。


(!!
おいおい…!)

驚きの余り声が出そうになるのを凜は必死に抑える。

凜が手にしていたのは、ハンドガンだった。

確か、サムライエッジだったか?
バイオハザード3でジルが持っている物だ。

まさかと思いもっと中を漁ると、出るわ出るわ……。

今から何処かに戦争にでも行くのか、と訊きたくなる程の大量の銃火器がリュックには入っていた。
どう考えても、このリュックには入りきらない量だ。
そもそもロケットランチャーなんて大きさ的に入れるのは不可能だろう。
このリュックはあれか?ドラえもんの四次元ポケット的な何かなのか?

しかもこのリュックに入っていたのは、凜が見たことがある、というよりも。
どれもこれも全てバイオハザードのゲームの中で使用した事がある武器だった。
予備の弾もかなり入っているようだ。

(も、もう訳が分からん。)

しかしよく考えたら、そもそもバイオハザードのゲームの世界(?)にいる時点で意味不明だ。
このリュックの事なんてそれに比べればどうだっていいや、と凜は半ば思考放棄した。
考えても分からないものは分からない。
今は武器を大量に持っていることを喜ぶべきだろう。

だが。

(……よく考えたら……使い方が分からん。)

こういった武器とは縁が余り無い、日本の(基本的には)一般の高校生である凜に、初めて触れる銃器の使い方など分かろう筈も無かった。

ハンドガンですらろくに扱える自信が無い。

もっとも、身体能力はある筈だから、射撃が上手いケビン辺りの撃ち方を見て覚えれば済む話なのだが。

(……それまでは銃は使わないでおこう…。)

仲間を誤射したりしたら目も当てられない。
密やかに凜は心に決めた。



そうこうしている間に自己紹介タイムは終わったようだ。
実は全然聞いちゃいなかったのだが、凜にとっては知らない相手でもないのだから良しとしておこう。

窓の外を見て、余り時間の余裕は残されてはいなさそうだ、と凜は判断した。


「ヨーコ。ここも長くは保たない。
早く逃げないと。」

「そう、ね。…でも、何処に逃げるの?
周りは囲まれているわ……。」

「ここの屋上はどうだ?外から見た時には行けそうに見えたのだが。
そこから屋上伝いに逃げればいい。」


ゲームのルート的には、酒倉庫から屋上に出て隣のアパートの屋上に飛び移ればここを脱出できる。
気が付いた時にはこの店に居たので、外から見たというのは大嘘だが、ヨーコは別段不審には思わなかったようだ。

『あの…ここの屋上から逃げたらどうか、ってリンは言っているわ。』

ヨーコは頷き、ケビン達に伝えてくれたようだ。
ケビン達もまた了承してくれたようである。
これで後は逃げるだけだ。
だが……。

凜はちらりとマークの横に座ったまま黙っているボブを見た。
顔色が、悪い。もう今にも死にそうな顔をしている……。


ゲームでは避けようのないボブの未来を思って、凜はやるせない思いを抱いた。





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