甘い香り

最悪だ、今日は厄日だ。

髪にベットリと付いた液体を洗い流しながら花礫は、数分前のことを思った。


本日は久しぶりに街に降りれるということで朝から機嫌がよかった花礫は、いつもは適当に流している无のおやつ自慢に付き合っていた。

「花礫!今日ね、ホットケーキ!!見て甘いのかかってる」
「おー。蜂蜜な。うまそうじゃん」
「花礫、食べる?持ってくる」

そう言って自分の分を机に置き、キッチンに走っていく无を見て、ほのぼのした気分に浸っていた。

(今日は與儀も居ないから静かで良いな)

多少の物足りなさを感じながらも、街で買うものを頭の中でリストアップしていた所に无が大きなビンをもって戻ってきた。

「花礫ー!!甘いの!!」

笑顔で走ってきた无だが、あと少しという所で躓いて転けてしまった。
その拍子に手に持っていたビンを手放してしまい、无を起き上がらせようとした花礫の頭に激突した。

ガンッ

「……っ!?」

声にならない声を上げ蹲る花礫を見て无は、パニックになった。

「花礫!大丈夫?お、俺ツクモちゃん呼んでく…」
「…ってー。おい、大丈夫だから落ち着け。お前はおやつ食っとけ。俺は風呂入ってくるから」

頭にビンが激突したが、幸い怪我はなく、蜂蜜がベットリと頭に付いただけで済んだので、早急に洗い流すために无を大人しくさせ、風呂場に向かった。

そして、冒頭に戻る。


「くそ、全然落ちねえ。何なんだこの蜂蜜」

ガシガシと頭を洗うが、ベタつきはなかなかとれずおまけに匂いまで甘ったるいのが漂っており花礫の気分は一気に下がった。

(こんなんじゃ今日街行けねーな。ついてねー)


風呂から上がるとその事をツクモに話し、街にはツクモと无だけが行くことになった。


夜になり无の土産話を聞きながら本を読んでいた花礫の元に、任務から帰った與儀が抱きついてきた。

「花礫くーん!ただいま〜。あ、无ちゃんもただいま」
「おい、抱きつくな」
「與儀お帰り!!俺、ツクモちゃんに勉強教えてもらいに行くね」

気を効かせたのか、偶然なのか无がいなくなったことで抵抗を辞めた花礫は、そっと與儀の背中に手を回した。

しかし、花礫の肩に顔を埋めた與儀は、バッと離れた。

「花礫くん!!今日街で誰かと抱き合ったでしょ!!」
「は?何言ってんだ?俺は街には行ってねーぞ」
「何で嘘つくの?酷いよ!!」

俺が嫌いなんだったら言ってくれても良いのにー!!

泣きながら叫び、話を聞かない與儀に苛々してきた花礫は、叫んだ。

「何だよ、お前は俺が言ったら別れんのか?
お前の気持ちはそんなもんかよ。……分かった、もういい。出てけ」

無表情に言い放ち、與儀を部屋から追い出し鍵をかけた。


(酷いよ花礫くん。あんなに甘い香り漂わせて…)

落ち込みながら自室へ向かっていたら、反対側からツクモが手に何かを持ってやって来た。

「與儀、お帰り。どうしたの?」
「ただいま。ツクモちゃん。何でもないよ?大丈夫!それより、それなあに?」

ツクモが持っていたものは消臭スプレーだった。

「今日、花礫くんが无くんに蜂蜜をかけられたから匂いが消えないって言ってたから。持っていこうと思って」

それを聞いた途端に與儀はサーっと顔を蒼くした。

「ツクモちゃん!!これ俺が持っていくから!!!」

ツクモから消臭スプレーを奪い取り、元来た道を全力疾走した。

そして、花礫の部屋の前まで来て大声で話し出した。

「花礫くん!!ごめんなさい。俺…勘違いしてた。顔を見て話したいからドアを開けてよ」

暫くすると、ガチャッとドアが開き、目元が赤くなっている花礫が顔を出した。

「何だよ勘違いって…。お前は俺と別れても良かったんだろ?」

泣いていたのか、花礫の声は掠れていた。

「花礫くん……。本当にごめんなさい。俺、花礫くんから甘い匂いがしたから街でこの匂いが似合う可愛い女の子に出会ったんだと思ったんだ。
花礫くんはまだ15歳だから俺なんかが人生をダメにしちゃいけないと思って、その…本当は誰にも触れられない所に閉じ込めておきたいくらいなんだけど、幸せになって欲しくて、酷いこと言っちゃった。さっきツクモちゃんに会って、その…勘違いって気付いたんだ。本当にごめんなさい」

ガバッと土下座する勢いで頭を下げる與儀を見て、花礫は優しく微笑んだ。


「もういいって。お前に疑われた時は悲しかったけど、こうやって戻ってきたし。それより、さっさとその手に持ってるもん寄越せよ」

プイッと横を向きながら與儀に手を差し出し、消臭スプレーを催促する。


與儀は顔を上げ、目に涙を溜めながら花礫に抱き付いた。

「花礫くん、大好き!!もう、花礫くんが俺のこと嫌いになっても一生離さないから。変な嫉妬しちゃってごめんね」
「いいから、早くそれ寄越せ!この匂い嫌いなんだよ。お前だってこの匂い嫌だろ?」

與儀から逃れようと身動ぎするが、力強く抱きしめられているため抜け出せない。
そんな中、ふわりと優しい香りが花礫の鼻を擽った。

「なぁ、與儀」
「ん?何、花礫くん」
「その…お前の着けてる香水ってどこのだ?」

恥ずかしそうに與儀に問い質し、聞き取れないほど小さな声で、

「……この香り俺も着けたい……///」

花礫は、自分の言ったことが恥ずかしくなり、與儀の肩口に顔を埋めた。

きゅん

「花礫くん……」

可愛い事を言った花礫に愛しさが増した與儀は、とびきりの笑顔で可愛らしい恋人を抱き上げた。

「うわっ!?何すんだよ」
「んー?花礫くんが可愛くて我慢できないから俺の部屋にお持ち帰りするの!部屋に香水もあるしね!!」
「なっ////」

恥ずかしすぎて固まった花礫を連れ、自室へ軽やかに向かう與儀。


その後、花礫からは、ほんのり甘い優しい香りが漂うことになる。




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