Rock Day〜はじめの第一歩〜

「そういえば、喰くんっていつからベースやってるの?俺と会った時にはもう上手かったよね?」

新曲発表に向けて、練習している中、與儀はふと疑問に思い、喰に尋ねた。

「え、小5くらいからかな?」
「え!?そんなに早くから!?すごいね!じゃあもう10年くらいだね!」
「まあね。でも、まだまだ未熟者だよ。花礫君に比べたら上達が遅い方だよ」


喰のベースの腕はプロの中でもかなり上位に入るのだが、本人は自覚しておらず、常にどうしたら上手くなるのかを模索している。


それだけなら良いことなのだが、雑誌の取材なども喰個人にきていたら、自分は取材されるような腕は持っていないと言い断ってしまうのだ。


本日も、ベース専門誌からの取材を断っており、事務所の社長であるイヴァに與儀は、喰が取材を受けるように説得しろと言われていた。


「で、でも喰くんはすごく上手いじゃない!いつも努力してるし、アレンジも素敵だし…」
「與儀君……?」


與儀の言いたいことが分からなくて、首を傾げる喰。
そんな二人を見て近寄ってくる影が二つ。

「おいおい、與儀。俺の喰を口説くのはやめてくれ」
「與儀……俺今日はもう家行かねーわ」
「えっ?花礫くん!?ち、ちょっと!朔さん!俺は真剣にイヴァさんから言われたことをしてただけだよ!!」

にやにや笑う朔に文句を言われ、花礫に冷たい目で見られ今夜の予定をキャンセルされたため、與儀は焦って弁解する。

「イヴァさんって……。また取材の話?僕は絶対に受けないからね!」


喰はそう言い放つとスタジオを出ていってしまった。


「あーあ。またイヴァさんに怒られるよ」
「アイツは頑固だからな」
「……別に取材なんか受けなくても良いんじゃね?俺も受けたくないし…」
「ダメなの!!喰くんのファンの子が待ってるんだよ?花礫くんだって、作曲もしてるんだからちゃんと自分の作品について語ってよね!」

與儀は花礫にも注意をすると、朔に向き直り、質問した。

「朔さん、喰くんの従兄弟でしょう?喰くんって、なんであんなにベース上手いのに自覚ないの?もっと自信もっても良いのに……」
「ん? そうだな、もう10年くらい前か……」


***

「ツキ兄ぃ!コレなぁに?」

朔の部屋に遊びに来ていた喰は部屋に立て掛けてあった大きなケースに目をやり質問した。

「ん?ああ、それはベースって言う楽器だよ。バンドメンバーがお古をくれたんだ」

高校でバンドを組んでいる朔はドラムをしている。
小学生の喰は朔のライブを一度も見たことはないが、バンドメンバーとは何度か会ったことがあったため、納得し、ベースを興味深そうに見つめていた。

(平門さんが持ってたおっきな楽器だよね……)


「おっ、喰。興味あるか?なんならそれあげてもいーぞ?」
「………良いの?」
「おう。でも、俺は教えれないけどな。今度平門にでも頼んでみるか」
「本当? ツキ兄、ありがとう」

喰はさっそくベースをケースから出し、一つ弦を弾いた。

ボーン♪

「おお。すごいね!音が出たよ!」
「ああ、出たな。でも、お前にはちと大きすぎるな…」


ベースと同じくらいしか身長のない喰が一生懸命楽器を持つ姿はとても愛らしい。
しかし、子供が持つにはこのベースは大きすぎるようだ。喰をすっぽりと隠してしまっている。


喰は朔に子供扱いされ不満気だが、事実、一人ではこのベースを持ち運べないと理解しているため、ほっぺを膨らまし拗ねるだけに終わった。


「……良いもん。弾けたら良いんでしょ?ツキ兄、教本買って?」
「(可愛いな…)ああ、良いぜ。平門には明日にでも教えて貰おうな」

喰がベースのネックを持ちながら上目使いでおねだりしたため、朔は顔を崩しながらも喰の欲しいものを買ってやることになった。


朔が原付を飛ばして買ってきた教本は、子供でも分かりやすいと店員に勧められたものだった。

喰は嬉しそうに本を抱えると、勉強するからと自室へ帰っていった。

「あ、おいっ!喰!ベース忘れてるぞ!?」

それから暫くは朔は喰のベース持ちになっていた。







「んと…ここがこうで……」
「喰、勉強熱心だな。さっき平門にも連絡したから明日はみっちり教えてもらえよ〜」

喰の部屋で教本と向き合う姿を見ていた朔は、その真剣さに心を打たれ、平門に指導の約束を早急に取り付けた。


「やった!あ、でも…僕平門さんとちゃんと話したことない……」
「大丈夫だって。俺も付いててやるからさ」
「……うん」


不安そうな喰だが、朔が一緒なら大丈夫だろうと思い、明日に向けて自分でできる限りの勉強をした。



次の日、喰が学校から帰ると、朔はもう帰っており、平門を連れて喰の部屋へやって来た。

「初めまして、喰君。よろしくね」
「は、はじめまして。今日はよろしくお願いします」


喰は緊張しながらも挨拶をし、ベースを取り出した。


「じゃあ、まず、チューニングからしようか━━━━━」



平門は丁寧に喰にベースのケアの仕方から教え始めた。





***

有意義なレッスンを終え、喰は興奮しながら朔に本日の感想を言った。


「ツキ兄!すごいよ!!平門さんってすっごくベース上手いよね!教え方も上手いし」
「そうだろ?平門は自慢のうちのベーシストだ!アイツの演奏はプロ並みだぞ?ホントに一緒にバンドを組んでるのが信じらんねーよ」

朔は、喰の言葉を受けて、嬉しそうに平門について話し出すが、喰は朔が平門を褒める度に、胸がチクリと痛むのを感じた。

(ツキ兄、平門さんの事ばっかり……僕だって今日頑張ったのに…)

朔に認めてもらうには平門を越えなければいけないと思った喰は、絶対に上手くなってやると自分の心に誓った。


「ツキ兄!僕、頑張るね!!……あのさ、いつか僕が上手くなってバンドを組む時は、ツキ兄ドラムやってくれる?」
「ん?おお、良いぞ〜。でも平門を越えるのは難しいぞ?(笑)」
「………頑張るもん」

朔は冗談で言ったことだが、喰は真剣にとらえ、平門を越えなければ朔と一緒にバンドを組めないのだと思ってしまっていた。


(頑張るもん……打倒平門さん!!!)


それから喰は血の滲むような努力をし、子供ながらも大人顔負けの演奏をするようになった。


しかし、喰が上手くなるのと同じように、師である平門も上手くなる。これではいつまでたっても朔とバンドを組めない。






高校生になり、軽音楽部に入ることになった喰は、與儀と出会った。
彼はギターボーカルをしており、歌声が素晴らしいと思った。
彼に誘われ、バンドを組む事になったが、弱小軽音楽部だったため、ドラムをできる人が居なかった。


喰は朔の事が頭に浮かんだが、彼は大学を卒業してからも、バンド活動を続けており、平門と共にプロを目指していると思い、頭から消し去った。


「どうしようか、喰くん。知り合いにドラムできる人いないの?俺はね、居るには居るんだけど……………その人怖くて話しかけらんないの」
「なにそれ…。……まあ、僕も居るには居るよ。でもその人は別のバンド組んでるからね…」
「えー、怖い人じゃないんだったら、掛け持ちでも良いからお願いしてみてよ〜」


與儀に押しきられる形で、喰は朔をバンドに誘うことになった。


(絶対断られるし……僕、平門さんを越すことなんか出来ないのに……)

重い足どりで家に帰り、朔に連絡した。


朔は久しぶりに会おうと言い、電話で済ませるつもりだったが、喰は朔の家まで行くことになった。


「久しぶりだな!元気だったか?」
「まあね。朔さんも元気でしたか?」
「なんだよ〜、昔みたいにツキ兄って呼べよ〜。敬語もなしな!!」


朔の部屋へ行くとすっかり大人になった朔がスティックを握りながら出迎えた。
中学の後半くらいから、喰は朔の事をさん付けで呼ぶようになり朔はそれが不満だった。


「別にどう呼んだっていいでしょ。……それで、あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」
「ん?何だ?」
「……アンタ、掛け持ちって出来る?」


喰は勇気を出して朔に尋ねた。朔は、目を丸くして驚いたが、ニコリと笑い答えた。


「ああ。大丈夫だぞ。てか、あのバンド解散することになったんだ」
「…………え?」


朔から思いもよらない事を聞き、固まる喰に朔は説明し始めた。



「平門がな、一緒に組みたい人が出来たんだと。それにボーカルのヤツがな、女なんだけど、もうすぐ結婚するんだってさ。だから、続けるのは無理になったんだ」
「そ、そうなんだ………」
「喰、お前と一緒にバンドを組みたいんだ。お前、ドラム探してるんだろ?俺にしとけよ」
「えっ……」



朔にバンドを組みたいと言われ、嬉しく思ったが、平門の事を思うと素直に喜べない。
喰は、與儀に会ってもらってから決めようと思い、約束を取り付けて、今日のところは帰ることにした。


「あーあ。悩んでるな〜。俺はお前が成長するのをずっと待ってたんだけどな〜」


喰が帰った部屋で一人、朔は呟いた。







後日。與儀と対面し、意気投合した朔は正式にメンバーに加入することになった。



***

「って、事があったんだよ」
「………ちょっと待て!平門って、あの平門か?人気バンドの……」
「おっ!花礫、知ってるのか?そうだぞ。アイツいつの間にかメジャーに行っててさ〜」
「朔さん、喰くんが上手い自覚がないのって……」
「ああ。俺のせいだな。正確には平門のせいだけどな」
「「…………」」


笑いながら言い放つ朔に言葉をなくす花礫と與儀。


「ま、俺は平門より喰の音の方が昔から好きなんだけどな……なあ、喰」
「「え?」」


朔は呟きながら、ドアの方を振り返り、喰の名前を呼んだ。


すると、扉を開けて顔を真っ赤にした喰が現れた。


「アンタなに言って……」
「本当の事だぞ?お前が初めてベースを弾いたときから良い音だと思ってた。あの時から、俺の中の一番のベーシストはお前だよ」
「っ!?ふ、ふざけないでよ!!!平門さんの方が上手いじゃない!!僕がこんなに頑張ってるのに、彼には追い付けないんだよ?あの人の才能が僕は羨ましい……」
「………バカだな、お前はお前の良さがあるだろう?お前の俺達に合わせようとする心地良い音が良いんだよ。平門とは違う良さがあるんだ。アイツもよくお前の話してるぜ?お前、雑誌読まないだろ?弟子の事をべた褒めしてるぞ?」


朔から言われた事実に、喰だけでなく、花礫と與儀も驚いた。

「えっ…それってすごいことじゃない!!」
「…………」
「おい?……喰、固まってるぞ」
「ははっ。驚いたか?アイツはお前との対談をいつも希望してるぞ?出版社もお前と平門のツーショットが欲しいんだとよ。なあ、喰。アイツと一緒に取材受けてみろよ。きっと楽しいぜ」











***





後日、トップベーシスト平門とトップベーシストに一番近いと言われている喰が対談をした雑誌が発売された。
師弟関係だと明かされ、彼らの謎に迫ったこの雑誌は、瞬く間に売れ、増刷されるほどだった。


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