「……んら、新羅」
肩を揺すられる感覚に僕は思考へと削がれていた頭を働かせ僅かにびくりと身体を震わせる。
――ああ、思い出してた
未だに上手く巡回しない脳を無理矢理起こす様に被りを振れば、こちらをマジマジと見る臨也と目が合う。無機質だが、前と同じでなにを考えてるのか分からない瞳。
あの時、あの日、あの場所で目にした彼と変わらない。
「ねえ、聞いてる?」
赤茶けた瞳を俄かに揺らがし、不満を少し含ませた声が鼓膜に響き僕は即座に考えを一時的に疎外して普段と変わらない笑顔を向けた。
「……聞いてるよ、なんだい?」
「食べ終わったから食器、返す」
はい、と突き出されたのは空になった皿で彼が食べている間、ずっと上の空だったのだと分かれば不自然に笑みが零れる。多分彼が呼ばなければ私は今もきっと思い出話に浸っていたのだろう。ああ、失態だ。
苦笑を零しながら私は臨也から皿を受け取ると棚の上に置き、代わりに衛生上、透明な袋に入れていた注射器を手に取る。
「臨也、腕出して。注射打つから」
「別にいいよ」
「よくないよ。一日経ったとは言えどまた熱が振り返すかも知れないし、ここは医者の言う事を聞いておくのが患者のする最善の行為だろ」
僅かに渋る姿に、そう言えば臨也は昔から注射は嫌いだったと思い出し記憶を失っても嫌な気持ちは変わらないのだと悟ればおかしくて為らない。渋々といった様子で“…分かったよ”と腕を突き出され、僕は服で隠れた臨也の腕を片手で掴み袖を捲り上げて地肌を露出させた。
昨夜から感じていることだが、矢張り所々見受けられる痣や内出血で色変わりした膚は痛々しく流石の僕も最初は言葉を失った。考えを払い血管部位に消毒液を含ませたガーゼで濡らし、注射器の針をゆっくりと宛てがう。
「…痛かったら言ってねー」
「いたい」
「いや、まだ挿してすらいないよ」
「……、……っ」
表情すら変えないものの眉を俄かに寄せる姿に微笑しつつ、そのまま針を血管へと挿し注射器の中へといれた液体を針を通して体内の血液へと流し込む。慣れているから痛みを与えないようにしたが、それでも多少の痛みは伴うのか息を呑むのが伺えて、何処か落ち着いた自分がいた。本当に本当に勝手だけど。
「………ねえ、新羅」
「なんだい」
挿す時と同様に緩慢とした動作で針を抜くとぷつりと浮き出る血液をガーゼで拭い、新しいガーゼを部位に貼り付ける。
自然と、臨也から紡がれた問い掛けに俺は答えた。――だけど、再び心臓を刔られる様な感覚が、言葉として、投げ掛けられた。
「……君って、俺のこと嫌いだよね」
あの日、僕は確かに彼を抱いた。
あの日、僕は決別をした。
後悔ばっかりで、泣きつづける彼が で、だから僕は友情を取った。
あの日を境に、
僕は臨也を嫌いになった。
(本当は だったのに)空白の部分は次回らへんから徐々に分かりだします。因みに20話で終わらす…予定