「なあ、新羅。俺さ…シズちゃんと付き合うことにしたんだ」
喉がカラカラと渇いた。
先程喉を潤したばかりなのに、僕の喉は異常を起こした様に渇いた。同時に気持ち悪さが滲み出る。きっと彼がいなかったら、きっとフェンスさえなかったら、もしかしたら落ちてたかも知れない。
それ程に、目の前の臨也が発した言葉に、私は動揺を見せた。
先程まで太陽に照り付けられて熱く嫌だったアスファルトが今は冷たくさえ感じられる。
だけど浮かべた表情はいつもの笑顔と変わらなかった。それが一番簡単だった。
「へー、そっか。まさか君と静雄がだなんて奇跡もあるもんだなぁ。君達の関係は火に油だと思ってたんだけど…。あ、心頭滅却すれば火もまた涼し、てとこ?まあ祝福はしてあげる」
「…俺だってびっくり。付き合うつもりなんてなかったんだけどなぁ…。祝福はいらないし」
比較的明るさを保って笑顔を繕って何事もなかった様に返事を返した。今のこの気持ちを、否定したかったから。
でも、自分のことに精一杯で僕は気づいてなかった。僕の言葉で、一瞬、臨也の表情に影がかかったのを。
「なんだい、それ?好きだから付き合うのに変な返答だね」
「シズちゃんと付き合う時点で常識はずれで変だからいーの」
「ふーん」
たわいもない会話を交わしながら昼休みが過ぎて行く、解放される、そう思って僕は足早に教室へと向かうべく立ち上がり、屋上の出口へと向かった。
すれ違った臨也の表情なんて矢張り僕には見えることもなく、大分直りかけた吐き気がもうなくなる、そう思って手を伸ばした瞬間、後ろで声が響く。
「だって、さ…シズちゃんは――」
振り返らず聞いた筈なのに、いやに表情が脳へと映し出された。
「 」
言葉は、耳に、届かなかった。
それなのに、吐き気は、押し寄せる
なんて矛盾。
その日の夜は、土砂降りだった。
昼間は蒸し暑い程に晴れていたのに、それを忘れさせる程に、雨は強く自分を打ち付けていた。
傘は忘れた、置き傘あったけ?かなんてまるで愚問。家まで後少し。歩けばたどり着く筈なのに僕の足は地面から根を生やしたみたいに、離れない。歩けない。
今日の放課後、臨也は静雄と二人で帰った。まあ付き合っていれば当たり前な光景。傍にいた門田君は状況を知らなかったのかいつもは大人っぽいのに少しだけ戸惑っていた。
平和、そう言えば聞こえはいい。
なのになんで、
――俺は上手く笑えないんだろう
そんな気持ちを堪えて無視して有り得ないと自分自身を批判して帰れなくて気づいたら夜になってて、やっと、家に、たどり着ける、のに、
なのになのになのになのになのに、
なんで?
「……どうしたの、臨也?」
目の前にいるのさ
「ねえ、新羅…」
情けない声が響いた。
臨也は自分と動揺に傘をささず艶やかな黒髪を水に滴らせ、雨に打たれて僕の前にいた。
動悸が、うるさい。
「……帰った方がいいよ、そのままじゃ風邪引くから。それとも僕ん家来るのかな?」
気づかれない様に普段通りに振る舞う。だけど臨也は問い掛けた言葉に力なく頭を左右に振った。
そして暫しの間を置いて震えた声が、雨の中、僕の耳へと反響する。
「俺のこと、嫌いになっていいから…、一回で十分だから…」
泣いてるのか雨なのか分からない。
ただ一つ分かったのは、
「……お願い、抱いて」
彼から望んだ、崩壊
――雨の音が、やけにうるさかった
(どうしようもなくて、)
(気づいたら)
(泣いてた彼を、抱きしめた)まさかの崩壊を望んだのが臨也というフラグ。新羅の感情は未だ内緒です´`