「それにしても、エルムも体調不良ならこんな余所者じゃなくてあたしに連絡すればいいのに。あたしだって一応、まだここのスタッフよ」
「助っ人についてはエルムくんなりに気を遣ってのことだろう。それより、シンディくんを余所者呼ばわりは感心しないな、ネグローニ」
友人が自分を差し置いて見知らぬ女に頼ったことへのヤキモチか、単に苦手なぶりっ子に対する嫌悪感か。少し意地悪そうにぼやく娘に、手の空いたらしいマスターが優しい口調で窘め後ろから小突いた。
「ごめんね、シンディくん。この子は私の娘なんだけど…甘やかして育ててしまったせいか、少し気が強くてね。悪い子ではないんだけど…」
「あぁ大丈夫です、気にしてないですよ。
皆さんのことは、エルムちゃんからよく聞いていますから」
「……へぇ、エルムから、ね」
「おーいマスター!こっちにも顔出せよ!」
ギムギムの言う通り、店のことを熟知している先代看板娘であるネグロム隊長に声をかけなかったのはえるりんなりの配慮だが。当然、ネグロム隊長からすればシンディの存在は面白くないだろう。そもそもネグネグとえるりん、年下の女の子2人が仲良くしているのを見るのが好きな俺としては傷付くどころか萌える要素しかないわけで。心底気にしてない素振りを見せると、ギムギムは安堵しつつもまだ何か言いたげな表情だったが、店の隅で盛り上がる常連客連中に呼ばれて慌ててそちらへと向かった。
ぱたぱたと駆けるマスターを見送り、親友が余所者に何を吹き込んだか気になるのだろうもやもやした表情のネグネグを見ていると、こちらに向けられたひとつの視線に気付く。吸い込まれるほどに綺麗な琥珀色の瞳に魅入りつつニコッと微笑みを返せば、次の瞬間、衝撃の一言が耳に入ってきた。
「……お前、なんか鳥くさいな。
カラスみたいなにおいがする」
バレちゃダメとか言ってた矢先にこれ!
えぇ!?こんな可愛い女の子にカラス臭いとか言う?普通!いくらファンクラブができる程のイケメンおねーさまだからって許されないんだからな!!!
「ふふ……さすが、陸衛団副長のニコラシカ様ですね」
「…あ?」
「でも残念…
鳥は鳥でも、カラスじゃなくて…鳩でした♥」
制服のリボンをくいっと緩め、ばささっとベストの下から数羽の鳩を放つ。ヒラヒラと白い羽が舞う中、おお〜という歓声と共に一気に自分が注目の的となるのを感じた。
先程まで疑いの目で探っていたニコさんが一歩引いて小さく感嘆の声を上げたのも、今の今まで目の前のぶりっ子に明らかに嫌悪感を抱いていたネグネグの目が一瞬輝いたのも俺は見逃さない。生真面目な彼女たちはきっと、こういうのを目にするのも初めてだろう。念には念を、余興のために準備しておいて良かった。中央に用意されたステージに飛び乗ると、会場全体に届けとばかりにすぅっと息を吸い込む。
「みんなー!シンディのマジックショー、はっじまっるよー!」
ちなみに今日、常連客の音楽家たちが自慢の楽器を抱えて来てんのも計算済みだぜ♪
バキュンと指して合図を送れば、察したらしいジャズ隊が音楽を奏でる。酔ったら楽器のうんちくについて永遠と語る奴らだが、それだけ音楽への愛は本物だ。即興なのに流石の気の合い方、雰囲気作りもばっちり。
ムード満点の音楽に合わせ、ライトも楽しく踊り出す。きっとえるりんの仕業だろう。照明操作までは指示を出していなかったはずだが、気の利く看板娘は伊達じゃない。
気付けば時刻は午後6時、大宴会が始まる時間。いつの間にか予約客も全員揃っていた。皆がリズムに乗る中スポットライトが自分を照らし、手拍子が拍手に変われば舞台の出来上がりだ。
「お集まりいただきました紳士淑女の皆様…
改めまして私、一夜限りの助っ人アルバイト シンシャと申します。
愛を込めて、シンディって呼んでね♥」
「よっ、シンディ!!」
「シンディちゃーん!!」
手でハートを作って愛らしく言えば、野太いおっさん共の声が返ってくる。この店の客のノリのいいところ、本当に大好きだ。ではまず手始めに、と振り上げた手に視線が集まれば、ふわっとそれを振り払う。瞬間、全卓に色鮮やかなカクテルの注がれたグラスが姿を現し、わっと歓声が上がった。