「おっ、可愛いウェイトレスさんだね」
「わぁ〜、あがとうございます」
「ねーちゃん名前何ていうの?」
「シンシャって言います。シンディって呼んでください♪」
「シンディちゃんか、よろしくねぇ」
「はーい♥」
迎えた夕方、レット・バトラーは宴会に先駆けして飲み会好きなおっさん集団で賑わっていた。そのうちのほとんどはハイドランドとして酒場に来た時に何度か顔を合わせたことがあるこの店の常連客だ。
いつもは腕相撲をして遊んでいるような飲み仲間に鼻息荒く絡まれ、騙して申し訳ないと思いながらも、しかしそれならば最大限できるサービスをしてやろうとくるくるまわり男達に愛想を振りまく。
「邪魔するぜ、おっさん」
しかしまぁ、酒場の女店員というのは大変だな。こんなにもおっさん客に絡まれるものなのか。ぶりっ子キャラにしすぎて笑いを堪えるのが辛くなってきたちょうどその頃、カランカランという音とともに凛々しい女性の声が店に鳴り響いた。いらっしゃいませ〜!と笑顔で振り向けば、思わず げ、という声が漏れそうになる。
「時間作れたから来てみたけど……
なんだ、忙しそうだな」
「パパ?あたし達の席、空いてるんでしょうね」
リキュール諸島の守り神、憲兵騎士軍陸衛団副長ニコラシカと海衛団六番隊隊長ネグローニ。マスター・ギムレットの愛娘であるコバルト姉妹のお出ましだ。
「いらっしゃいませ♪
お客様方の席はこちらに」
「あら、新人?
黒猫はどうしたのよ」
客席周りをしていて手の離せないマスターの代わりにきゃぴきゃぴした声で近付くと、案の定せっかくの可愛い顔を怪訝に歪ませた美少女が詰め寄ってくる。この一連はシナリオ通り。あとは黒猫のエルを知らないアルバイト・シンディを演じるだけだ。
「黒猫…って、何の話ですか?」
「ネグ、まだ言ってんのか。
あいつはただの一般人だろ」
「ああ…そうだったわね。
名前が似てるから間違えちゃった。
黒猫のエル…じゃなくて、エルムだったかしら?」
「ああ、エルムちゃんなら今日は風邪でお休みで……
代わりにシンディがお手伝いさせていただいてるんですぅ」
「風邪…?ふーん、あんたがあいつの代わりに?
この辺じゃ見ない顔だけど」
「つい最近このガレンシアに来たばかりで……あっ、エルムちゃんとはレンタルしていたヤガラが暴走した時に助けてもらって知り合ったんですけどぉ。このお店の話はエルムちゃんから聞いてずっと気になっていたので、今日は社会勉強も兼ねてお邪魔させてもらってます♥」
「ああ…先週あったな、ヤガラの暴走事件」
「同時刻に複数箇所で起こってたアレね。
発情期が原因らしいけど」
「詳しいことはまだ分かってないが、3番隊が調査中だ」
「怪我人がなかったのが幸いよね」
業務の話をし始めた2人を尻目に、話が逸れて良かったとほっと胸を撫で下ろす。
この人たちは苦手なんだよなぁ…
人としては好きなんだけど、変装中はちょっと会いたくない二人組。なんてったって鼻が利く。
ネグロム隊長のそれは黒猫に似ているらしいと噂される友人の看板娘ちゃんをからかういつものお戯れだが、副長の方は俺のカンが正しければえるりんの正体にとっくに気がついた上で妹の隊長ちゃんを抑制して泳がせてる。
ちなみに俺もこの島に来た初日にニコラス副長には釘を刺された。憲兵騎士軍の目の光らせてる範囲内で盗みを働いたら即監獄送りだっけな?今回は別にやましいことなんてしていないが、ハイドランドとしてよく訪れてるこの店にわざわざ変装して潜り込んでるなんてバレたら厄介なことになるに決まってる。看板娘ちゃんと俺の繋がりを知られるわけにもいかないし、ここは何としても触れられずに乗り切りたいところだ。