小説 | ナノ

11〜彼女のバヤイ〜


あれからどれくらい時間が経ったんだろう。

寝転がっていたままの状態から木にもたれ掛かって座る状態が出来るくらいには痺れがとれてきた。けれど歩けるまでは回復してはいない。

「だれかー…」

ついでに声も出るようになった。声を出して助けを求めようとするが人が現れる気配はない。

声を出しても返してくれる声がなく森に溶けていく。

人がほとんど通らない場所に放置されたんだな…。他人事のように思う。

一人が怖いとは言わない。森に一人で入るのはよくあることだ。それに一応くのたまなので実習訓練などで訪れることもある。

小さい時は森の中で迷って怖くて泣いてたな…懐かしいな。

随分前に森の中で迷って一人になった時。あの時は怖くて富松の名前を呼び続けていた。そうしたら本当に富松が現れて嬉しかったのは今でも覚えている。

今思えばその時から私は富松に対する好きが恋愛対象としての好きに変わったのかもしれない。

「…富松」

無意識に彼の名前が口から出た。

あの時みたいに名前を呼んでいたら彼が来てくれるんじゃないかって心のどこかで思っていたのか。

…あの時と富松との関係は冷え切っているんだから無理じゃん。

「名前!」

「え?」

自嘲気味に笑ったら突然草むらから名前を呼んだ人物が出て来た。
しかも私の名前を呼んで。

また見つけてくれた。

久しぶりに富松が名前を呼んでくれた。


嬉しかった。

prev / next
[ back to top ]