室町 | ナノ

ちびちゃんと!



今日は同室の三郎も問題を起こさず、同じ組の八左ヱ門の所属している生物委員会で飼っている生き物も逃げず、平和だった。

ということで僕・不破雷蔵は忍たま長屋の縁側でのんびりとお茶をすすっていた。


「らいぞー!」


しかしそのゆったりした雰囲気に来訪者が。
てこてこと、すこし大きめの本を持ちながら現れたのは、七松先輩が助けて、そのまま世話をしている女の子。


「凜ちゃん。どうしたんだい?」
「らいぞー、ごほんよんでっ」


ようやくたどり着いた、とばかりに顔を明るくさせて、僕に持っていた本を差し出す彼女。


「随分大きいの持ってきたねえ……」
「ちょーじに取ってもらったのー!」


これはたしか、棚の上あたりにあったはず、と覚えていた僕は不思議に思ったけれど、すぐに凜ちゃんから回答が。
ああ、と納得して微笑む。


「中在家先輩が取ってくれたんだね」
「うんっ!すぐにひょいってとってくれたんだー!」
「よかったね」

元気にぴょこぴょこ嬉しさを現すかのように跳ねまわる凜ちゃんに僕は笑う。

彼女は僕の一つ上である中在家長次先輩ともとても仲が良い。
もともと彼女が「とーさま」と呼んでいる七松小平太先輩の同室、ということもあってか、すごく気安い感じで七松先輩のように中在家先輩を呼ぶ。
そしてなんやかんやで、その中在家先輩は彼女の養育係のような役目も荷っているらしく、あれやこれやと、彼女の興味が沸いた本をすぐに貸しだしては読んでやる、ということをよくしているのだが。


「今日は中在家先輩はなにか御用事でもあったのかい?」
「!! らいぞーすごい! どうしてわかったのー!?」

びっくりする凜ちゃん。
にっこりと笑う僕。


「だって僕のほうに来たっていうのはそういうことでしょう?」
「ううう、さすがだねらいぞー!」

そのとおりですー!
ちょーじはとーさまをつれてたんれんにいっちゃいましたー!

悔しそうにしながらも僕に顛末を話してくれる凜ちゃん。
それを少しおかしいな、と思う。

普段なら、彼女をひとりにしてまで中在家先輩も七松先輩も鍛錬に向かったりなんかしないはずなのに。


「……ちなみに、鍛錬に向かう前は何をしてたんだい?」
「とーさまがとしょしつのごほんでお手玉みせてくれてたのー!」


あーなるほど。
僕は中在家先輩の用事を、すぐに把握した。


「じゃあお二人が戻ってくるまで僕と一緒にこの本、読んでいようか」
「うん!」

ばんざい!とすると凜ちゃんは縁側に座る僕の隣にぴたりと寄り添った。

わくわく、と言った素振りで僕の顔を覗き込む。
その目はとてもきらきらしてて、こちらまでわくわくしてきそうな輝きだ。


「たいとるはー?」
「ええと、……たけとりものがたり、あ、でもこれ……」
「たけとり!たけやとっちゃうのー?」
「ああうん、八左ヱ門とは関係ないかな……」

というか、問題はその点じゃなかったりする。

「ちびちゃん、これは絵本じゃないみたいだよ」
「ええ?でもいっぱいかいてあるよー?」
「ああうん、これは図説だね」


どうやら先輩は急いでいたらしい。
たしかに表題の「竹取物語」は子供向けの絵本ではあるが、これはそれに関しての論考本だ。

さて、どうしたものかと僕が考えていると、


「おーい、ちびちゃーん!」
「あっ!かんちゃんー!」


いたいた、と長屋の廊下の影から出てきたのは同級の尾浜勘右衛門。

なにやら袋を持って、ずいぶん機嫌が良さそうだ。


「雷蔵のことにいたのかー」
「そうだよー!これからごほんよんでもらうのー!」
「なるほどねえ」


とりあえず全てをわかっているような笑顔で勘右衛門。


「ちびちゃん、これ。中在家先輩からもらってきたよ」
「ちょーじから!?」

ぱっと立ちあがり、勘右衛門に駆け寄るとそのままぎゅっと足にしがみついた。


「おいしそうなにーおーい!」
「ふふふ、やはりわかるかちびちゃん……そう、これは中在家先輩特製の焼き菓子!」

ちょーじのおかしー!

ちびちゃんのテンションが上がった。
無理やりにでも勘右衛門が持ち上げている腕をよじ登っていきそうだ。


「まあ待ちなよちびちゃん。せっかくおいしいお菓子なんだ……どうせならみんなで食べようよ」
「おーかーしー!」
「……聞いてないみたいだよ勘ちゃん」
「ふっ」


そうくるとおもってたさー!


と言って、もうひとつ。
自分の懐から包みを取り出した。


「ちょうどお使いで町に行ってたんだ。これ半分あげるからちびちゃんもこれちょうだい?」
「わかったー!」


ぱっとすぐに手を離す凜ちゃん。
着地も素晴らしく決まった。
さすがあの七松先輩の子供である。

「いやまあ血は繋がってないんだけど……」
「らいぞー?どうかしたのー?」
「また何悩んでるんだ雷蔵ー」

お菓子二人でたべちゃうぞー?
と、勘右衛門はにやりと笑う。

「いや、今回は悩んでるってわけじゃないんだ。だからもらうよ?」
「ちえー」
「かんちゃん、らいぞうもいっしょにおかしたべるの!」
「はいはい」


みんなで食べようとか言ってたのは勘右衛門だったはずなのに、ただ単にお菓子が食べたいだけだったようだ。
口をとがらせながらも、いそいそと包みを開いていく。


「おおー!これはまた……!」
「おいしそー!!」
「さすが中在家先輩だなあ」


綺麗に焼き上がったきつね色の菓子が包みのなかで甘い香りを放っていた。
勘右衛門もちびちゃんもきらきらと眼を輝かせ、……じゅる、というよだれの音まで聞こえた。


「二人とも、顔」
「おっと失礼」
「しつれー!」

僕が苦笑しながら指摘すると、急いでよだれを引っ込めた。
勘右衛門はきりっとして、それを真似たちびちゃんも同じようにきりっとした顔になる。


「じゃあこれ三人で分けようか」
「よしきたー!!」
「かんちゃんちゃんと綺麗にわけてね!」
「はいはい」

ぱっと焼き菓子に手を付けようとした勘右衛門に、すかさず凜ちゃんが口をはさむ。
きっと自分の分だけちょっと多めに、なんて考えてたんだろう。
視線をそよがせながらしぶしぶ、といった感じで取り分けていった。


「あ、じゃあ僕お茶入れるよ」
「おお、いいね!」
「あったかいおちゃもすきー」
「ふふ、そうだったね」


嬉しそうに笑うちびちゃん。
ああ本当に幸せそうだ。


「ちょっと待っててね。今持ってくる――」



と、僕はここで言葉を切った。

いや、切らざるを得なかった。


「何の音だ?」
「わからないけど――」


嫌な予感。
僕と勘右衛門は同時にそれを感じた。

そしてそれを呼び起こした音は、


どどどどどどどどどどどどどどど


どんどん迫って来ていた。



「みつけたー!!!!」



ぴたっと一瞬。
音が止んだと思ったら、今度は大きな声。

よく知っている声だ。


僕と勘右衛門は顔が引きつった。
しかしちびちゃんは――笑顔。


「とーさま!」
「おー、凜!」


そう、やってきたのは暴君こと七松小平太先輩。


なにやらぼろぼろになりながら、にかっと豪快に笑って凜ちゃんを肩に抱きあげた。


「な、七松先輩…もう中在家先輩とのお話はよろしいので?」
「おお、終わった!」
「ええと、ちなみに中在家先輩は……」
「あれー?さっきまで一緒だったんだがなあ」

きょろ、とあたりを見回す七松先輩の隣に、た、と小さな足音を立ててまた一人現れる。


「……小平太。急ぎ過ぎだ」
「おお、すまんすまん!」
「とーさま!いっしょにおかしたべよー」


あっ余計なことを!
という顔を勘ちゃんが一瞬して、すぐに引っ込めた。


「そうそう!それを食べに来たんだ!」
「……だからといって廊下を走るな」


ぺしっと七松先輩の後頭部を叩く中在家先輩。
さすがだ……と、僕と勘ちゃんは尊敬のまなざしで見つめる。
中在家先輩は七松先輩の扱いにかけては学園一だと思う。

「いいじゃないか長次ー。私がんばって話聞いたぞ?」
「……本の扱いは?」
「丁寧に!慎重に!」
「お手玉は?」
「もうしない!」
「……いいだろう」


はあ、とため息をもらしながら、中在家先輩はごそごそと懐をさぐり、


「まだあるから、うまく分けてくれ」
「おおー!」
「ありがとうございます!」
「わーい!」
「それもおいしそうですね」

もうひとつの包みからは、またすこし違う形の焼き菓子がでてきた。

僕以外の3人はこれまたきらきらと目を輝かせている。


「よーし、じゃあ私がいけいけどんどんで分けて」
「雷蔵、頼む」
「あ、はい!」
「えー、私がやりたいのに……!」
「自分だけ多くするつもりだろう」


次の瞬間、ふいっと七松先輩が視線を逸らした。


ああ、勘ちゃんと同じことを考えている。

僕は小さく笑った。


「らいぞー、わたしすこしでいい」
「え、なんでだい?」
「とーさまいっぱいがんばったからごほうびあげるのー!」
「ちびちゃん……!」


なんていいこだ!

僕はじいんと感動すると同じく感動したのか七松先輩は凜ちゃんを肩からおろして、そのままぎゅうと抱きしめた。


「えらいなー、うれしいなー!凜はいいこだな!!」
「えへへ、凜いいこー!」
「でもな、私は凜がたくさん食べてはやく大きくなったところが見たい、だから、自分の分は自分で食べような」
「うん!わかった!!」

にこっと笑って、凜ちゃんもぎゅうぎゅうと七松先輩の首に抱きついた。


ああ、いい光景だ。


僕は本当に心が穏やかになって、


「勘ちゃん、それは凜ちゃんの分だよ」
「はいすみません!」


とりあえず勘ちゃんのつまみ食いを阻止した。




(やっぱりみんなで食べるとおいしいね、と。凜ちゃんはまた満面の笑みでそう言った)



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