序章


幼い頃、女子らしい習い事が苦手だった。

別に嫌いじゃなかったけれど、それよりも双子の兄と姉が通う道場に混ぜてもらって体術を学ぶ方が好きだった。

だから魚屋を営んでいる自分にだけやたら過保護な両親に何度も道場に通いたいと訴えたことがある。

けど絶対に認めてもらえなかった。

駄目な理由は毎度同じだった。"病気が悪化するから"と何年もそう返され続けた。症状のない病気があると言われても素直に納得できずに憤りを感じていた。

『母さん…私、どこも痛くないよ?絶対病気なんかしてない、もう小さくもないし。だから道場に通いたいの、お願い母さん』
『……氷咲々…』
『兄さんと姉さんと道場に通いたいの。お作法とか書き物とかお琴も楽しいよ、でも』
『…ごめんね、氷咲々。それはできない…痛みはないかもしれないけど貴女は病気を抱えてる、体はまだ脆い。母さんたちが守らなくちゃならないの、大事で、大切だから…』

どこを歩いても美人だと評判だった母は、白く細長い綺麗な指で私の頬を優しく撫でそう言った。よく分からなかったけれど、その時の母のどこか儚げで切なそうな表情を見たらそれ以上何も言えなかった。

自分とお揃いの透き通った海色の双眸から雫がこぼれ、ぽたりと私の頬に落ちてきたことを覚えている。

その雫の意味を、ずっと、知りたかった。




:





数年後

「―――鬼さんこーちら、」

血、血、血、辺り一面に尻餅をついて後退る鬼の赤黒い血と異臭が広がっている。普通の人間ならば吐き気を催し鼻と口を塞ぐであろうそこで、女は平然と鬼に近付きゆっくり追い詰めていく。

「あ"あ"アぁアアあ!!くそ!クソ!人間の癖にっ…く、来るな…!ギャア"ア"ァア!!!」

ぐちゃ、ぬちゃ、と気持ちの悪い音だけが静寂な闇に響く。

鬼は頸を切られなければ手足をもがれても再生ができる。何度でも、何度でも。人間もそうなればいい、あぁ羨ましい。あの時、何度思っただろう。

「手ーの鳴ーるほーうへ」

女の顔を鷲掴みにできる巨大な手と体格をもった鬼はまた手足をもがれ、目玉を血走らせ泣き喚く。支えがなくなり頭から地面に項垂れる姿は実に滑稽だ。

さっきまで女を喰おうとしてきた勢いはもう無い。

「オ"まえはなんだ…!にんげんじゃないのか…!ナゼ、何故再生ができる…!?」

血走った目玉の視線を追うと、先程隙をつかれ目の前の鬼に噛み千切られ破れた右袖に辿り着く。

…が、そこに肘から下はない。ぽた、ぽた、ぽたりと滴る鮮明な血が地面に水溜まりをつくっている。

「……さぁ、なんでだろう」
「っ、オカシイオカシイオカシイ、再生、再生できるのは俺たちだけだ、なのに、ナノに…!!」

静かに答え、女はちいさく笑った。鬼はそれが気に食わなかったのか物凄い形相でギョロリと女を睨みつけ醜い声で叫んだ。

その間にも破れた袖から血を滴らせた色白い腕がゆっくり、ゆっくりと伸び生えてゆく。月明かりに照らされたそれは異形であり、鬼も大きく目を見開いて信じられないと凝視している。

静かに口を開く。

「…はー……わりと時間かかるから肩から噛み千切るのはやめて。あと私共喰いはお断りなの」

チャキ、ときらり煌めく刀が鞘に戻される。

「っ…くそ、クソ!なんで…ッアアぁあ!!」

鬼は女の言葉に怒り狂うと目玉をひっくり返し、ズブブッと一気に両手足を再生させた。女が刀を鞘に戻した隙を見て再び飛びかかる。

"――――食える!!!!!"







「…無理よ、哀れな鬼」

"――――全集中"

スッと頭を折れ、腰を低く屈める。

柄に手を添えたまま、一呼吸。

次の一瞬で姿を消し、鬼の間合いに入る。

鬼の血走った目と、透んだ海色の瞳が交わった時、女の美しい居合い斬りにて鬼の頭が宙を舞っていた。

血飛沫とともに転がり落ちた頭、少ししてドサッと胴体も地面へ倒れるとそれぞれゆっくり砂のように溶けてゆく。

「……お、マ…エは、」

少しずつ溶けていく頭だけの鬼は低い声で呟いた。

女は少し考えてから消えゆく鬼の前に片膝をつき、耳元でちいさく囁いた。

「――――」
「っ!ば、かな……」

当然、鬼は驚いてそんなことがある筈ないと困惑した表情をして消えた。

しばらくして立ち上がり、どうか成仏をと祈り目を伏せた。女は切っ先に滴る血を薙ぎ払い、純白の美しい刀剣を静かに鞘に納めた。

妖しく輝く三日月が、こちらを見つめていた。




"我は人間と鬼の半身であり、鬼狩りだ"


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