えどがわさまのおこころのままに


「快斗、シャンプー変えたの?」
 心の奥が粟立った。
 バクバクとうるさい心臓を誤魔化すようにして、純粋な疑問をぶつけてきた青子に向き合う。週明けのクラスメイトに「髪切った?」と聞くような物と同じだ。決して他意はない。
「ん…ああ、使ってたの切れたから」
「ふぅん…でも良い匂いだね! ミルクみたいなの、好きだよ」
 眩しいばかりの笑顔を残して、青子は友人に呼ばれて教室を出て行った。
 知らず知らずにため息をひとつつく。シャンプーが変わったなんて、本当に女の子はマメだ。
 教室に残っていた友人たちに軽く挨拶をして、週末の放課後という独特の空気を纏った校舎内を歩く。
 下駄箱で鉢会った白馬が、こちらを訝しげに見て居るのを無視して、少し早足で横をすり抜ける。
「最近、元気がないようだと、紅子さんが心配していたよ」
「は? なにそれ、俺はいつも通りだぜ?」
「…………」
 まだなにか言いたげな白馬には目も向けず走り出した。



 今日は週末、明日からは二連休。暴君な恋人との約束が待っていた。
 恋人の家は住宅地の一角にある。
 とはいえ、家の景観は日本家屋や一般的な民家と異なり、洋館のような雰囲気をもたらしているので、そこだけが異質な別世界のようだ。
 家主の長期間不在のために手入れのされていない庭を横切って、正面から屋敷に足を踏み入れる。
 人の気配のない、ツンとした空気を身に浴びながら、自分のために用意されている部屋で家主を待つ。
「めいたんてい……」
「ふざけるなよ」
 独り言のつもりで呼んだ名前に、愛しい人が返事をしてくれる。
 喜ばしいはずなのに、声の主の言葉は冷たく、突き放すようで、快斗の背筋を悪寒が通り過ぎて行った。
「オレがその名前で呼ばれるの、嫌いだって知ってるだろ」
 自分の腰丈よりも小さい、まだまだ成長しきっていない体。
 そこから放たれる威圧感に体を震わせながら、静かに頭を垂れた。
「ごめん…」
 考えるよりも先に出てきた謝罪の言葉を鼻で笑い、恋人は部屋の中央にあるソファに腰かけた。
 庶民が想像するような、ふかふかの立派なバーガンディー色のソファ。
 足がついていないのに、ゆるやかに組まれるとそれだけで威厳と威圧感が空間を支配する。
「謝るより先に、やる事ってものがあるよな」
 声変わりを迎えていない甘やかなボーイソプラノが、快斗の喉元をくすぐる。
 ゾッと言い表せないような興奮を覚えて、ゆっくりと四つん這いになると、恋人の足元に近寄った。
 傷のないすべすべとしたを目で楽しみながら口を開き、白のソックスの端を食む。
「ん……っ」
 皮膚には間違っても傷をつけないように、慎重にソックスを脱がせると、綺麗に切りそろえられた爪が覗く。
 床にソックスを落として、だらしない犬のように舌を突き出した。
「江戸川様」
 自分の口から出た言葉に心臓がバクバクとうるさいほどに音をたてた。
 毛足の長いカーペットの上に額をつけ、媚を売る。
「舐めさせて、ください……」
 絞り出した声を聞いた恋人が笑ったのが、雰囲気で解った。
「いいぜ、舐めろよ」
 許可が出たので、たまらずに顔をあげてむしゃぶりつく。
 小さな足は、口を限界まで開けば全てを飲み込めてしまいそうだったが、そんなことをすれば躾がなっていないと怒られてしまう。
 自制心をフルに活用して、小さな爪先を味わうようにねっとりと舐めあげる。
「ん、ん」
 ちゅう、と音を立てて吸えば、もう片方の足で頭を撫でられた。
 やっていることはどう考えても酷い事なのに、その動きがあまりにも優しく、快斗の胸に幸せがじっとりと広がる。
「随分と上手くなったじゃねぇか」
「教えてくれたから……それに、おいしい」
 この舌技は恋人が一から仕込んでくれたものだ。
 お手本と称されて指をしつこいほどに舐められた、あの快楽は忘れられない。
 はぁ、と甘く熱い吐息が漏れ、快斗は爪先から足の裏へと舌を移した。
「ぁ…すごく、きれい」
 傷のない土ふまずを必死に唾液で濡らしていると、ソックスを履いたままの足が、快斗の顎の下にあてがわれる。
 そのままぐいっと顎を持ち上げられて、自然と頭上の恋人の顔を拝むことになった。
「そんなに美味しいか?」
「うん、うん…美味しい」
 本当に美味しいかなんて、そんな問題ではない。
 ただ心にしみ込んでくるような愛しさと、彼の足を舐めているのが自分というだけで、口内に広がる味は世界のどんな美味にも勝る。
「とっても美味しい…なぁ、もっと、舐めていいだろ?」
 足で抑えられているうちは、舐めることが許されない。
 何度か我慢できずにむしゃぶりついた時に手酷い叱咤を受けてから、快斗は二度とするまいと誓っていた。
「そうだな……今日の快斗は良い子だし、好きなだけ舐めていいぜ」
 そう言って差し出された手に、快斗はうっとりと、とろけた目をしてむしゃぶりついた。
「ん、…っ、ぁ……」
 まだ短い指を、一気に付け根まで飲み込んだ。
 無我夢中で舐める自分の頭を優しく撫でてくれるその感触を堪能しながら、快斗は愛撫に専念した。


end.



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 あとがき
 このたびは「えどがわさま!」Webアンソロおめでとうございます!
 非18禁ですがアダルティな雰囲気で申し訳ないです…。
 侑里さん、お誘い頂きましてありがとうございました!


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