始めましょ


「快斗〜、お客様よ〜」
夏休みのしょっぱな…暑さに負けじと、さぁて休みは何をして凄そうかとダラダラ迎えた午前中。
「客だぁ?」
母親の朗らかな声に伸びを一つして立ち上がる。どうせ幼馴染みの青子かなんかが来たんだろうと重い腰を上げて部屋のドアを開けた快斗。
「なんだ…よ…?!」
すると、目の前に思いもよらぬ珍客がいて、黒羽快斗(17)は口を開いたまま固まった。
「……」
「こんにちは、快斗兄ちゃん」
無理もない。
そこには怪盗キッドの宿敵である江戸川コナンがにっこり笑って立っていたのだから。
小学一年生の江戸川コナン…何故こんな小さい彼がキッドと宿敵なのかは割愛するが、犯行日に捕まえる捕まえない劇と、そのたびに共闘したりしなかったりと繰り返しをすること早数ヶ月。
いつまでもこんな事を繰り返していては自分の目的は達する事が出来ない。痺れを切らした小さな名探偵の取った行動は、キッドの正体を掴んで家に押し掛ける事だった。
黒の組織の事でも数々の協力をしてもらっていたので、そろそろここは本腰入れて自分側に引き入れたい。そもそも江戸川コナンが工藤新一である事を見破られている事もしゃくだったので、同等の立場にいるためにはキッドの正体を見破る事は必要だった。
自分の名誉のためにも。
そうしてやっとキッドの正体をつきとめ今に至る。
「……えっと、君は誰かなぁ?」
とりあえずここは穏便に…何もキッドだとバレたわけではないので他人のフリを決め込んだ快斗。
「やだなぁ、江戸川コナンだよ。この前飛行船から落ちたとこ助けてもらったでしょ?あの時のお礼を言いに来たんだ」
にこやかに笑っていたコナンの眼鏡がぎらりと高慢そうに光る。
正直恐ろしい。小学一年生でこの態度はあり得ない。それに飛行船といえば一つしかない…。とうとう足をつかれたかと快斗もタカを括った。
母親も階下で不思議そうにこちらを見ていたので、中に入れるしかないだろう。
「ああ、この前のな!すっかりお兄さんになっちまって、一瞬分からなかったぜ。わざわざお礼言いに来たのか?まぁ入れよ!」
頬を引きつらせながらも、快斗はコナンを中に引き入れる。
この演技が腹立たしいが、ここでもめるわけにもいかなかったので致し方ない。
コナンを部屋に入れてドアを閉めると、急に母親が入って来ないように鍵もしっかりロックした。
「……へぇ?そんなに母親にバレたらまずいのか」
「馬鹿言うな。親は俺が何やってるのかしってるっつうの」
もう自分の正体がキッドである事を隠そうとはしなかった。部屋まで入ってこられちゃ流石に開き直るしかない。
「じゃあ俺か」
「ああそうだよ。普通小学生のガキが俺なんかに用って不思議に思って当たり前だろ?」
「結構優しかったりするんだな?」
「ばか言え」
快斗は呆れるよう吐き捨ててベッドに荒々しく腰掛けた。
「俺は元々優しいっつうの。んで?何しに来たんだ?警察にでも通報したのか?」
この場を早いとこ切り抜けたかったので、話の本題に自分の方から入った快斗。
「俺がお前の正体突き止めたぐらいで、喜んでそんな事するような小さい奴に見えるか?」
うっと言葉に詰まりかけるも、すぐに快斗はにやりと笑う。
「……言うねぇ」
「まぁ早い話が、俺をこんな体にした奴らの事は知っているよな?」
「まぁな…」
「つまり俺と関わっているお前も、既に黒の組織からはマークされてるわけだ」
本当にぶっちゃけた話だな…と、快斗は肩を竦めた。でも、コナンの言う事は事実なので反論はない。どうやらあの組織の中には、生前父がマジックを教えたという人間もいるらしい情報は得ているので、いずれは関係するだろう事は分かっていた。
「それで?小さな探偵君はどうするつもりなんだ?おっと、回りくどい言い方はよせよ?」
「なら言わせてもらう。あの組織の中にお前の父親…つまり一代目キッドを殺した犯人がいるとしたらどうだ?」
ゾクリと震えた快斗の体。
彼は何の情報を持ってしてそう言ったのか…どこまで情報を掴んでいるのか分からなかったが、小さな背中が急に大きく見えて、心が歓喜に近い震えを起こす。
父親が殺されたかもしれない事実と、他にもジョーカーという名の切り札を隠し持った頭脳。
小さな体から計り知れない何かが渦巻いて、また彼の中におさまる。見えるはずのないものが見えた高揚感は期待に似ている。
父親を殺したかもしれない犯人……どんな奴なのか見てみたい。
「簡潔に言えば、俺の探し物もそこにあるかもしれねぇって事か…」
一人納得したように口にすれば、コナンが傲慢そうに笑う。
こんな些細なやり取りで、彼が何故ここまで辿り着いたかが良く分かった。
「手を組もうってか…」
はぁ〜っとため息ついて、仰いだ天井。
「でもお前は組まざるをえないよな」
余裕の笑みでコナンは快斗の椅子に腰掛けた。
ほら、やはり切り札を持っているのだ…彼は。
手を組まなければ怪盗キッドの正体をバラす事だって出来ると…脅しに近いと言えたが、どうしたってそのうち組まざるをえない時が来る事を予感している。
「共同戦線か…ま、悪くねぇけどな」
まさかこの探偵に自分の探し物の情報を与えられるとはな…と思いつつも、きっといつか辿り着いていた答えならそれでもいいのかな…なんてちょっと気持は軽い。
そうだ…こんな時が来たのだ。

「何考えてるんだ?」
快斗が何かを言いたそうに落ち着かない様子でいるのを感じ取ったコナン。何だか小動物みたいだな…と思わずにいられない。
「いやーあのさ…」
照れくさそうにしながら立ち上がる快斗を見上げると、そのまま手を差し出して来たので、なんだ?とコナンは顔を顰める。
「休戦の握手みたいなもん?とりあえず情報供給しなきゃならねぇしな…」
まさかそっちから寄って来るとはな…と不適な笑みを浮かべたコナン。
「噂通りにハートフルな奴で助かるぜ」
「褒めんなよぉ。照れんだろぉ…ふん、ようやく俺様の事を認めたか」
コナンは手を伸ばすと細いその手を握り返した。
「……しょうがねぇからな。友達から始めてもいいぜ?」
明るく無邪気に笑うその顔が、とてもあの怪盗キッドだと誰が思うだろうか。見たままではただの高校生だというのに…。
最初正体を突き止めた時も同じ事を思った。若いんだろう事はある程度想定していたものの、まさかここまで若いとは…。
本来なら自分と同じ年である事にしてももちろんだが、背負ってるものが過酷なのはお互い似すぎている事が何とも言いようがない。
「だからあめぇんだよ、黒羽」
「は?」
がっちり握った快斗の手を握ったコナンは、彼の隙を狙って引き寄せた。
「うわっ!」
小さな体に油断した快斗は前のめりになって床に手をついた。

「な、なんだよ…」
顔を上げると、小学生にしては何て底意地の悪そうな顔をしているのか…少なくとも快斗にはそう映った矢先。
「友達から始める?は、暢気な事抜かすなよ?俺はそんなためにここに来たんじゃないぜ?」
コナンの瞳が快斗を射抜く。
「はぁ?じゃあ何だっていうんだよ?」
「決まってるだろ?友達以上から始めに来たんだっつーの」
「な…?」
なんだと?と眉根を寄せて固まる快斗。さっぱり何の事だか分かっていない。
仕方ないなと手を自分の口元に持って行くと、コナンは指先に軽く口付けて見せて目線を上に上げる。
顔は、どうだと言わんばかりに勝ち誇り、自身に満ちあふれている。
小さいくせにやる事が小生意気すぎる。
「ぎゃ、ぎゃあああああああああああ!変態ぃぃぃぃ」
思わず鳥肌。そして叫ばずにはいられなかった。
即座に手を引っ込めると、まるで腫れ物に触れるみたいに撫でて、ふーっと息を吹きかける快斗。
「てめー、俺の大事な商売道具に何してくれんだ!」
「病原菌扱いかよ。おめぇがいつもやってる事だろうに」
「それとこれとは違う!」
「何が違うんだてめー…」
やれやれと一息入れて肩を竦めたコナン。
とりあえず目的は達せたからいいのか…これからが本当の闘いだといのに、どうしてなかなかこの雰囲気はなかなか悪いものじゃない。
窓の外からこうして外を眺める余裕があるくらいには。
おそらくこの怪盗を信用してなければ出来ない事だろうな…と、自分の人選に間違いがなかった事に今更ながら確信した。
「コナンく〜ん、うちでお昼食べて行かない〜?」
そこへドアをノックしながら扉の向こうで母親の嬉々としたお誘いが入った。母親は外見小学生の可愛いお子様にデレデレだった。
コナンは椅子から降りるとドアの鍵を開けて営業モードの笑顔を振りまいた。
「は〜い、じゃあごちそうになりま〜す!」
「あら可愛らしい〜。じゃあうんとサービスするわね!」
「ありがとうございま〜す」
それから母親を階下に見送り、振り返るコナンのどや顔。
どうやらこいつとは腐れ縁以上の仲になりそうだと心中呆れて苦笑した快斗であった。


end.



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お誘いありがとうございました。webアンソロ掲載おめでとうございます。

し純村中


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