A3!短編 | ナノ

▼ 可愛いのは誰

 別に至くんが飲み会に行くことが嫌だった訳じゃない。だけど他の女の子に優しい顔をして「可愛い」と言うのは嫌だよ。


 今日、至くんは大学時代のゼミ仲間との飲み会だ。これまで何回も誘われていて、毎回面倒くさそうに断ってたけど、さすがに今回は断りきれなかったようだ。それに今日はゲームのイベントがないらしくて本人の中でも、まあ行ってもいいかという気持ちになってたみたい。
 もちろんゼミ仲間ということで女の子もいるのは聞いている。全く何も思わないかと聞かれると嘘だけど、だからといって彼の交友関係までに口出そうとは思っていない。それに自分で言うのも恥ずかしいけど、恋人関係は上手くいっていると思っていたからそこまでは気にしていなかった。


 至くんはほぼ定時で上がったものの、私は定時で仕事が終わらなかった。定時の時間などとっくに過ぎ、時刻は21時を過ぎている。週の真ん中なのに残業なんて疲れるったら全く。

「はぁ、帰ろ……」

 やっとひと段落つかせた書類を片付け、まだ残っている上司に「お疲れ様でした」と挨拶をして私は会社を出た。




「あれ、」

 そして会社からの帰り道、ある建物の前で10人前後の団体がいた。遠目だけど分かる、その中には至くんがいたんだ。なるほど、この建物で飲んでたのか。外にいるってことはお開きなのかな。何やら至くんは女性とお話をしているようで、その様子を伺う。

(至くん、楽しそう……)

 車が通ったりと辺りも賑やかだから、何の話をしているかは分からない。分かるのはお酒のせいか何なのか、頬を染めている女性と、その人と笑顔で話す至くん。至くんが楽しそうなら嬉しいと思う反面、どこかで妬いている自分がいた。そして、

「うん、可愛い」
「……!?」

 至くんは優しく微笑み、女性を見ながら可愛いという言葉を発したんだ。今の一瞬だけ車が通らなかったからかその言葉だけきちんと聞こえてしまった。……もしもあの女の人に向けて言ったのなら嫌だと、自分が一気に負の感情になるのを感じた。
 その後も女の子と話し続ける優しい表情をしている至くんの顔は、「だるい。飲み会なんて面倒くさい」なんて言っていた飲み会前までの彼の顔ではなかった。もちろん話の前後を聞いていないのでどういう流れで言ったのかは分からない。でもいつもの営業スマイルではなく優しい顔をして話す至くんに、頬を染めていた女の人。会社の飲み会ですら営業スマイルを崩さない至くんがあんな顔をするなんて。そしてその人と話の中で「可愛い」と出た言葉。やっぱりあの女の人に言ったのかななどいろいろ考えてしまい、私をモヤつかせるには十分な要素だった。

(だめだ、いろいろ考えちゃう。……帰ろう)

 これ以上いてもいろいろ悪い方向にしか考えられない。そう思った私は止めていた足を動かして足早と家へと帰宅したんだ。
 帰宅してスマホを見ると至くんから『飲み会終わったよ』と連絡が来ていたことに気付く。いつもならどうだった? とか、楽しかった? とか聞けたんだろうけど、先程の光景が忘れられなくて、でも聞くに怖くて聞けない私は『お疲れ様』とだけしか返せなかったんだ。




△▼△


 結局至くんのことを考えてはモヤモヤして、気持ちは晴れることなく次の日を迎える。重い朝を迎えて、いつも通り仕事で、資料を運びに廊下を歩いている時だった。


「ねぇ、諸星さん」

 向かい側から歩いてくる至くんに名前を呼ばれた。だけど彼の目は見れなくて、私の視線は彼のネクタイまでで精一杯だ。

「……茅ヶ崎くんどうしたの?」
「今日お昼一緒に食べようよ」
「、え、えと……」
「……昼に何か用あった?」

 至くんから昼食に誘われる。嬉しい、いつもならすごく嬉しいのだが、昨日のことがどうしても引っ掛かってしまって即決できない自分がいた。そんな歯切れの悪い私の返答に、至くんの顔が少しだけ険しくなっているのを感じる。

「あ、何もないよごめんね! 多分大丈夫だと思う……!」
「……ねぇひな。お前昨日のLIMEの返事から変なんだけど、何?」
「っ……」

 そして至くんの声色は低くなり、不機嫌にさせてしまったのが分かった。ああ、やっぱり昨日のLIMEの返事の仕方よくなかったな。あの後すぐにおやすみって言って切っちゃったし。
 至くんの言うことが図星で何も言えずに黙ってしまっていると、至くんの後ろ側から部長が歩いてくるのが見えた。

「な、なんでもない! あ、部長お疲れ様です! 茅ヶ崎くんまたね!」
「あ、ちょっ……」

 タイミングよく部長が歩いてきたおかげで、私は至くんから逃げるようにその場を後にしたんだ。
 ……どうしよう、こんな状態でお昼を一緒に食べるのは気まずいし、できれば避けたいところだ。それなら話せばいいと考える自分もいるけど、話をして変に喧嘩とかになりたくないし面倒くさいとか思われたくない。自分の性格上、どうしてもそういうことを言えないのだ。
 
(あーあ、こんな時すぐに言える側の人間だったら良かったのに)

 素直に言えない自分に呆れつつ、ひとつ溜め息をついて私は仕事に戻ったんだ。



 そして昼休憩の時間になる。タイミングが良いのか悪いのか、昼の時間にも仕事が差し掛かりそうになってしまった。いつも通りにやれば終わったんだろうけど、至くんのことを考えていたら仕事が遅くなってしまったようだ。私情を挟むなんて情けないと思いつつ、今はそれに甘えよう。ひとまず至くんには連絡を一報、仕事が終わらなかったから一緒に食べれないかもしれない、先に食べていてほしいという旨を伝えた。


「ふぅ……」

 印刷室でコピー機の前でミルクティー片手にコピーが終わるまで待機をする。コピーが終わればひと段落だ。至くんには申し訳なかったけどお昼はひとりで食べよう。何食べようかなと呑気に考えていると、印刷室のドアが開いた。

「あ、お疲れ様でーー」
「お疲れ」
「え、なんで……」

 入ってきたのはニコリと笑っている至くんだった。至くんには先にご飯を食べてもらっていたはずなのにどうして……と驚いている私を無視し、至くんは私に近付く。そして印刷室に誰もいないことを確認すると笑顔を崩し、真剣な表情で私を見た。

「ひな、さっきの続き。俺何かした?」
「っ……な、何もしてないし、何もないよ……! 至くんの気のせい!」

 話す準備など当然していなかったので、私は言葉に戸惑ってなんとかごまかそうとする。でも気まずさで彼の目を見ることができなくて、そんな私の態度をよく思わなかったに違いない。至くんは冷たい声で静かに話し続けた。

「ふーん。でも昨日のLIMEも冷たかったし、今日目合わせてくれないし、午後にも回せる仕事を理由に昼も一緒に行ってくれなくて、それでも気のせいって言うの?」
「や、その……」
「昨日俺が飲み会行ったから怒ってる? それなら行ってほしくないとか言ってくれればいいのに」
「違……! 別に飲み会に行ってほしくないとかそういう訳じゃ、」
「じゃあ何」
「………」

 全て事実という自覚があるので、問い詰められては何も言えなかった。昨日たまたま至くんを見かけて、女の子に可愛いって言ってたのがモヤモヤする。そう素直に言えばいいものの、気まずくなるとどうしても私は怖くて素直に言えない。
 少しの沈黙後、至くんが近付いて来たので私は少しずつ後ずさると、すぐ壁まで追い詰められてしまった。そして至くんは私の顔の背後の壁に肘をつく。顔を上げればすぐそこに至くんの顔があり、距離がとても近い。ゆっくりと彼の顔を見上げると、至くんは眉を下げて悲しげな表情を浮かべていた。

「……俺が何かしたなら言って。理由が分からないのにひなに避けられるのは辛い」
「あ……」

 その表情を見て、きゅうっと心臓が締め付けられる感覚になってしまう。私がこんな顔をさせてしまっているんだと思うと胸が苦しくなり、無意識に唇を噛み締めた。こんな至くんの表情をこれ以上見たくないーーそう思った私は、怖さもあるけれど意を決して少しずつ話し出した。

「昨日、たまたま飲み会終わりの至くんを見たの」
「……そうなんだ。話しかけてくれればよかったのに」
「だってまだみんないたし……。その時に、至くんが、」
「うん」
「……女の人に、可愛いって言ってた」
「え」

 言いにくさで私はだんだんと声が小さくなってしまったけど、ひとまずは言い切る。至くんは私の言葉を聞くと、最初はぽかんと口を開けてなんのことだと言わんばかりの表情をしていたけど、目線を上に泳がせた後、「ああ」と何かを思い出したようだ。

「それ、ひなのこと」
「えっ?」

 思いもよらない至くんの言葉に、今度は私が口をぽかんと開けてしまう。なんだって、私のこと?

「そう。飲み会で彼女いるかって話になったんだよね。それでいるって言ってどんな子かって聞かれたから可愛いとか愛しいとかいろいろ言ってたかも」

 至くんはスラスラと話し続け、それを聞くとつまり私の勘違いだったことが分かる。そしてさりげなく恥ずかしい言葉も混ざっているのに至くんは何事もなさそうに言うので思わず照れてしまう。

「あ、えと、あの……」
「俺が他の子を可愛いとか言うと思ってたの? 俺ひなのことすごい好きなのに信用されてないのか悲しいなー」

 至くんはわざとらしく早口で、棒読みに近いように言っていた。でもそれは誤解が解けたからで、私が一方的に勘違いをして至くんに悲しい気持ちにさせてしまったのは変わらない。

「わ、待って、違うごめんなさい! 至くんかっこいいから心配になっちゃって」
「いいよ。ヤキモチ妬いてくれたんでしょ? 可愛いから許す」

 そんな気持ちにさせてしまったので、私は慌てて謝罪すると、至くんは目を細めてクスッと笑ってくれた。そして綺麗な顔を近付け、私の唇にリップ音と共にキスを落としたんだ。


「っ、至くん、ここ会社……」
「いいじゃん誰もいないし。てかコピー終わったし行くよ」
「えっ、どこに?」
「昼一緒に食べる。まだ時間あるしいいでしょ。食堂でいい?」
「う、うん……! あ、書類持つよ!」
「いい。俺が持ってくから」

 そして至くんは印刷が終わった書類を持ってくれ、印刷室を後にした。書類をデスクに置いた後、食堂に向かってお昼ご飯を一緒に食べたのであった。



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