▼ とある宅配のお兄さん
「えーっと、次は次は……」
某宅配会社で働く俺は、車の中で次の配達の確認をする。確認すると、次に配達するマンションの住所を見てあることを思い出す。
数週間前、このマンションに宅配を届けに行った時のこと。オートロック前で会ったちょっと怖そうなイケメンヤンキーくんと少し話したんだっけ。俺の記憶はその日に戻った。
とあるマンションのオートロック玄関の前にて、ミルクティー色の髪色をした男の子がいた。順番を待って彼が中に入ってから俺も行こうーー。そう思ったけど、それはなかなかできなかった。なぜならインターホン越しにその男の子は怒っていて、オートロックも開かずにいたからだ。
「開けろ」
「開けろっつってんだろ」
「………」
俺は少し離れた場所からそのヤンキーくんを見ていて、遠目でも彼がイライラしているのが分かった。喧嘩でもしたのだろうか。
このままだとなかなか入口が開きそうにない。困ったな、俺も仕事中で次の配達だってあるのに。そう思って様子を伺うように戸惑いながら俺は少しだけ入口の方に近付いた。そしてちらりとモニターに表示されている部屋番号が見えてしまい、そこはまさかの俺が今持っている荷物を届ける先の部屋だったのだ。
「あ、諸星さんのお宅ですか? 僕も宅配便を届けに参りまして……」
どうしよう、と一瞬思ったけれど、仕事だからと自分の中で割り切れたのか反射的にヤンキーくんに話しかけた。すると彼は俺に気付き、恐ろしい血相だったのが少しだけ落ち着いたようだ。
「おー、そーなんっすね。おいひな、宅配便届いたぞ」
ヤンキーくんはドアホンに向かってそう話すと、やがて入口のオートロックが開いたので一緒に中に入った。
ただ少しだけ冷静に考えると、この状況が良いのかが分からない。もし仮にこのヤンキーくんが諸星さんのストーカーだったり、DV男だったりとか、諸星さんにとってこのヤンキーくんが入るのは良い状況なのだろうか。そんなことを考えながら、ヤンキーくんと諸星さんの部屋に向かって行くことになる。部屋は三階でエレベーターを使うため、エレベーターの方へ向かう。
「あ、どーぞ」
「すみません、ありがとうございます」
するとヤンキーくんはエレベーターのボタンを進んで押してくれては扉を押さえてくれ、荷物を持つ俺を優先してエレベーターに入れてくれた。ありがたい。あれ、このヤンキーくん、怖そうに見えたけど普通に優しくていい人なのでは……?
「………」
「………」
そしてエレベーターが閉まり、一瞬の沈黙が訪れる。沈黙なんて宅配業者にとっては慣れてるはずなのに、どうも気まずい。そんな俺は無意識に声をかけてしまった。
「諸星さんとお知り合いなんですね」
「ああ……知り合い、か。大学一緒なんすよ」
「そうなんですね! 彼女さんとかですか?」
ヤンキーくんは俺が話しかけて一瞬驚いたようだったものの、どこか切なそうに答えてくれた。そして彼女かと聞くと、彼の目がより悲しそうになったのが分かった。
「彼女……か。俺は好きなんすけどね」
「あ……」
その表情を見て、聞いてはいけないことを聞いたのかと俺は少し焦ってしまう。そんな俺のことは気にせず、ヤンキーくんは自分を嘲笑うかのように笑ったのだ。
「あー、ったくほんと分かんないっすね。向こうも俺のこと好きだって思ってたのに避けられるんすよー」
「な、なんかすみません……! プライベートなことなのに聞いてしまって」
「いや大丈夫っすよ。ま、はっきりさせるために来たんで」
「そうだったんですね…… ! あ、もう着きましたね」
そんなこんなで話しているうちに諸星さんの部屋に着いてしまった。少しだけ状況を知ってしまったのでやや気まずいながらも俺は部屋のインターホンを押した。すると少しの間の後、中から可愛らしい女の子が出てきた。その子の表情は焦っているような曇っていらような、少なくとも良い表情はしていない。そして俺の後ろにいるヤンキーくんの方は見ずに、俺から荷物を受け取った。荷物を渡し終わった俺はもう帰るだけだ。なので最後にヤンキーくんに「頑張って下さいね」とだけ伝えた。どうかうまくいきますように……。そう思って他の家への配達業務に戻ったのだ。
それから数週間経ってからの同じマンションへの配達である。あの子達どうなってるかな。ヤンキーくんは彼女と話せたのだろうか。その時の記憶を巡らせながら、そのマンションへの配達は終わってしまった。戻るために近くに停めたトラックへ戻ろうとしたその時だった。
「なあ、明日の一限だりーからサボるか」
「何言ってるの! 行かなきゃだめでしょ」
「いいだろ別に。朝までイチャイチャしよーぜ」
「な、馬鹿言わないの!」
「いてっ。照れんなって」
見知った後ろ姿が少し前を歩いていたのだ。ミルクティー色の髪の毛の男の子と隣を歩く女の子ーー。間違いない、今まさに考えていたこの間のヤンキーくんと、先日俺が荷物を届けたあのヤンキーくんが好きな女の子だ。ヤンキーくんはというと、彼女の肩を抱きながら目を細めて笑っている……と思ったら、彼女に背中を叩かれていた。
「そうじゃない! とりあえず明日一限絶対行くからね。課題発表なんだから」
「へいへい……」
かったるそうにするヤンキーくん。そんな彼は彼女を抱いていた手を下ろし、その手は彼女の手を繋いだのだ。
「で、何食うよ」
「んー、とりあえず万里くんオススメのカフェ行きたい!」
「カフェか、了解」
手を繋いで歩き出す二人は後ろ姿を見ても幸せそうだと分かる。よかった、あの後上手く話せたんだろう。そんな微笑ましい二人を見て俺はニヤニヤと口元が緩んでしまう。
(若いっていいなあ……)
さてこの後は〇丁目の方の配達だ。俺はすぐにトラックに戻り、車を動かして歩く二人を心の中で「おめでとう」……そう思いながら次の配達に向かったのだった。
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